『トゥー・ラバーズ』のヘンリー・マンシーニ

20111220

 

 ジェイムズ・グレイの『トゥー・ラバーズ』をDVD(この素晴らしい作品が「封切り」ではなくDVDスルーなのは寂しい)で見ていて、不意を突かれた。主人公のレナード(ホアキン・フェニックス)が、片思いしている隣人ミシェル(グイネス・パールトロー)と彼女の不倫相手のデートに同行するシーンでのことだ。「今夜はお洒落をしてきてね」とミシェルに言われたレナードはスーツを着てネクタイをしている。待ち合わせ場所のイタリア料理店に向かうレナード。キャメラは、横に移動撮影しながらニューヨークの夜景を映し出す。レナードたちが住んでいるブライトンビーチの街並みもそうだが、ジェイムズ・グレイは本当に街を映し出すのがうまい。『リトル・オデッサ』でも『アンダーカヴァー』でも街が見事に映っていた。

 だが、不意を突かれたのは、ニューヨークの夜景を映し出す映像(撮影監督はいつものホアキン・バカ=アセイである)からではない。そのシーンに被せられた音楽だ。そのシーンまでこのフィルムに添えられた音楽は、ギターによるイェーディシュ(このフィルムはユダヤの家族についてのフィルムでもあり、その意味で、ジェイムズ・グレイの自伝的な要素もあるのだろう)風のパッセージが主だった。だが、「絶景」の夜景を背景にした音楽は、ほぼストリングズ中心の美しいパッセージ。聞いたことがある。聞いたことがある以上に、口ずさむこともできる。ゆったりしたストリングズが耳に易しく響き、それはニューヨークの夜景とこれ以上ないくらいにマッチする。ヘンリー・マンシーニだ。曲名は『Lujon』(http://www.youtube.com/watch?v=pGS40VGg9-I)。

 最初にこの曲を聴いたのは小学校3年生のとき。ハワード・ホークスの『ハタリ!』に使われていたのを聴いた。『ハタリ!』は何度見たことだろう。もちろん「ヒッチコック=ホークス主義者」として見たことも幾度もあったけれども、小学生時代にも何度も見た。昼間はチームワークを駆使して猛獣狩りをし、今日はサイ、明日はキリンと世界の動物園のために動物たちを捕獲していき、夜になるとキャンプに戻って、酒を飲み、メシを食い、ピアノを囲んで歌う多国籍の人々の話だった。サバンナに夕暮れが迫り、アフリカの大地──当時はタンガニーカ、現在はタンザニア──の地平線が赤く染まり始める。数代のジープと猛獣を乗せたトラックがゆっくりとキャンプ地に向かう。『Lujon』は、ブロードウェイの夜景ばかりではなく、アフリカの夕刻にもしっかりときこえていた。マンシーニが全曲を担当した『ハタリ!』で、一番有名な曲は、ラストに流れる『子象の行進』だろう。『ハタリ!』にマンシーニの曲がなければ、いったいどんなフィルムになっていたか想像も付かない。

 ヘンリー・マンシーニが参加した作品のフィルモグラフィーを見ているとくらくらする。50年代から亡くなる(1994年)直前まで、何本のフィルムに音楽を付けたのだろう。もちろん『ピンク・パンサーのテーマ』、『ムーン・リヴァー』、『酒とバラの日々』、『シャレード』なんていう名曲中の名曲は誰でもが口ずさめるだろう。カラオケで熱唱する人も多いだろう。何しろ1951年にユニヴァーサル映画に入社してから1957年までにすでに100本を越える映画に参加している。50年代の作品と言えば、彼が初めてオスカーを獲た『グレン・ミラー物語』、そしてグレン・ミラーと来れば『ベニー・グッドマン物語』だってマンシーニだ。シネフィルには、彼の名前がクレディットされていたオースン・ウェルズの『黒い罠』を挙げればいいだろう。そして有名(すぎる)なブレイク・エドワーズ=マンシーニのコンビが始まるのが1958年。上記の挙げた曲のほとんどがこの時代。オードリー・ヘプバーンとアルバート・フィニーが組んだ『いつも二人で』のテーマ曲やエドワーズ晩年の傑作『ビクター/ビクトリア』でエドワーズ夫人のジュリー・アンドリューズが歌った『クレイジー・ワールド』(http://www.youtube.com/watch?v=qsQ8tM1rjuA)の2曲も何度聞いたか分からない。『いつも二人で』は、ヘンリー・マンシーニ・オーケストラ版もいいけれども、ジャネット・サイデルが歌ったもの(http://www.youtube.com/watch?v=KbOFh0Pvv0c)がすごくいい。それに『いつも二人で』は歌詞もすごくいいんだなあ。「ちょっと暇だと感じているなら、ぼくと世界を回ってみないかい/偶然着いたどんな場所も、ぼくらの待ち合わせの場所さ/何年もいっしょに旅をして、記憶の中から選んで、大切な想い出を集めよう……」

 もちろんヘンリー・マンシーニを使うのは、ジェイムズ・グレイばかりではない。アルノー・デプレシャンの『キングス&クイーン』やジェイムズ・マンゴールドの『ニューヨークの恋人』の「ムーン・リヴァー」など枚挙に暇がない。けれども『トゥー・ラバーズ』の「Lujon」は、その絶景と音楽の完璧なマッチングゆえにすごく哀しかった。片思いの女性が不倫をしていて、その不倫相手の値踏みをするために、女性に同伴を頼まれていっしょに食事をするなんて、どんな男でも嫌に決まっている。でも、自分に言い聞かせる。ぼくが求めているのは、ぼくの幸せじゃない。彼女の幸せなんだ。じゃ一緒に彼女の不倫相手を見に行ってみよう……。真冬のニューヨークの夜景に響き渡る「Lujon」はそんな中で聞こえてくる。