——あなたは好んで何人かの同じ俳優をたびたび起用する一方で、演技未経験のストリート・ハスラーやトランスジェンダーといった実在の人物を主軸に据えた物語を紡いでいます。またその地域のリアルを知り尽くした人物に演じさせることで、彼ら自身が持っている強力な生のエネルギーやリズムが映画にもたらされているように思いますが、なかでもドキュメンタリータッチで非常にリアリスティックな『Prince of Broadway』からは、ダルデンヌ兄弟やケン・ローチを彷彿とさせます。

SB:まさにダルデンヌ兄弟とケン・ローチからは大きく影響を受けていますし、ぼくは彼らをマスターだと思っています。それぞれのどの作品にどんな影響を受けたかについて話すこともできるけれど、きっとあなたの思っている通りだと思います(笑)。社会的な問題をマクロのレベルではなく、個人の物語というミクロのレベルで語っていくところは影響を受けていると思いますし、ひとつの大きな問題を正面切ってすべて当たっていくというよりも、一個人の物語を通してそういった大きなものを描いていくことこそが取るべき方法だとぼくも信じています。

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——また、あなたはジョン・カサヴェテスやマイク・リーを敬愛していますが、役者に対して自由に演じさせる即興的な演技を組み込んでいる部分はありますか。

SB:アドリブはすごく奨励するタイプですが、マイク・リーの場合は一度アドリブ的なものを脚本に落とした後の撮影稿はイジらず、撮影に入ると現場のアドリブはまったく許さないタイプだと聞いています。ただ、彼のワークショップを取り入れた手法は、ぼくも採用しています。物語をより良いものにするという意味でも大きく役立つし、また役者がキャラクターを見つけていくことにもすごく助けになるものだからです。ローチやダルデンヌ兄弟、それからマイク・リー、カサヴェテス──ぼくの大好きな作家を当てられてしまっていますが、本当に彼らそれぞれからすごく影響を受けています。ぼくがアドリブを奨励するのは、予測できない何かが生まれることがあって、それがマジックをもたらしてくれることがあるからです。それから、ぼくが自分の監督作品の編集者であることも理由のひとつにあります。少し自己中心的かもしれませんが、編集をしている時には撮影した映像を見てぼく自身がやっぱり楽しみたいですし、選択肢も多い方がいいです。できれば5テイクあるのなら、それぞれ違う方がぼくも編集をしながら楽しむことができます。感覚としても一旦脚本を忘れて、「フッテージとしてたまたまこういうものを捉えることができました。じゃあこれで何をつくるのか」というドキュメンタリーをつくるような編集スタイルに近いと思います。

——脚本に関して言えば、『チワワは見ていた』以降はクリス・バーゴッチさんと共同で取り組まれています。ただ、あなたがアート・フィルムを愛好しているのに対して、クリスさんはディズニー映画が大好きなようですね。

SB:ディズニーと、ジョージ・ルーカスがクリスは好きなんです(笑)。いまルーカス・フィルムはディズニー傘下ですけどね。彼は『スター・ウォーズ』が大好きなんですよ。

——映画の好みが対照的であるにもかかわらず、ふたりで脚本を書かれていることは興味深いですが、彼の存在はあなたの作品にどのような影響をもたらしていますか。

SB:クリスとは最初にブレイン・ストーミングをして色々なアイディアを出すところからはじめるのですが、大体シーンごとに分けていき、そこからお互いに自分がより自信を持って書ける方を選んで書いていく、そしてそれを見せ合うという作業をやっていきます。たとえば『タンジェリン』の場合は、エンディングがぼくの頭の中にすでにあったので、「まずここはぼくが書くよ」と伝え、彼は「タクシーでの運転手と娼婦のお客のやりとりのシーンはぼくがわかるから任せてくれ」という風な感じで分けることをして、それから擦り合わせていきました。たしかに究極的にはぼくたちは同じなのだと思うのだけれど、一見すると少し違うアプローチを取っています。彼の方がハリウッドのメインストリームでよく使われるような脚本のつくり方──起承転結を3部に分け3幕構成──に則って書いていると言えますが、ぼくは色々な書き方をします。別に物語性がなくキャラクターだけに焦点を当てていくつくり方でもいいし、物語も順序立てるよりはノンリニアにあちこちへ行ってもいいと思っています。だからふたりで書くことによってちょうど中間ぐらいのものに落ちるというのが、近作のぼくの作品がアート映画っぽさとメインストリームのポップさを併せ持っているような部分につながっているのかもしれません。

——リサーチはクリスさんとふたりでされるのですか。

SB:可能な限り、ふたりで必ず行っています。『タンジェリン』の場合もリサーチのセッションはふたりでともに行いました。基本的にはなるべくふたりが参加していたわけですが、クリスとはもともとTVシリーズ「Greg The Bunny」(2005)でご一緒したのがきっかけでした。その時にポルノ女優さんのカメオ出演のキャスティングに携わっていて、彼女たちをシネマ・ヴェリテ風のスタイルで、職業に焦点を置かずに普段の生活の1日を撮る小さなキャラクター考察のような映画──それこそ「ダルデンヌ兄弟の『ロゼッタ』(1999)的な映画を撮りたいね」というところからはじまったのが『チワワは見ていた』だったんです。

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——クリスさんのディズニー好きの影響かもしれませんが、本作の主人公シンディは「シンディレラ」という名前を持っていますよね。あなたの作品を観ていると、キャラクターの名前に面白さを感じます。『チワワは見ていた』では女性名を持つオスのチワワが登場しますし、『Prince of Broadway』のストリート・ハスラーの不法移民の主人公はラッキーで、彼は突如育てることになる小さな子どもにプリンスと名付けます。

SB:名前はいかにもみたいに押し付けたくはないのですが、そのような名前を付けているのは、やっぱり観客の方々が後で映画のことを話した時にパッと思い出せるような、あるいはキャラクターやストーリーが伝えようとしていることを感じさせるようなカラフルな名前だったらなおいいんじゃないかなと思うからです(笑)。たしかにシンディレラという名前はクリスが付けたものです。また、『Prince of Broadway』のラッキーという名前は、演じているプリンス・アドゥが自らラッキーがいいと提案しました。彼のストリート名だそうです。

——興味深いことに、『チワワは見ていた』でも『タンジェリン』でも、あなたの映画では性行為は有償なものとしてばかり現れています。『タンジェリン』ではクリスマス・イヴでも男は女の人を娼婦、あるいは性の捌け口としてしか見ておらず、女は男の人を金づるのようにしか見ていません。そのような中での愛はシンディを傷つけ、親友すらも信用できなくさせています。その一方で、あなたの映画では、無償の行為として、善意や親切、思いやりといったものが一貫して描かれています。その点についてお伺いしたく思います。

SB:そういったことは、ぼくたちが掘り下げたいテーマのひとつでした。たとえばアメリカでは、性産業に従事することはすごく悪いことだと蔑まれ、犯罪を想起させるもの、タブーに触れることだという認識がまだまだあると思います。だからぼくは、そうした一個人への影響というのを探ってみたかったのです。『チワワは見ていた』の中では、ポルノ女優の主人公が、そういう仕事をしているためになかなか恋愛もできないと言う場面がありますが、それは別に彼女のポルノ女優という仕事そのもののせいではなく、むしろ社会がポルノを汚い仕事、タブーなイメージを植え付けているからではないかと思います。そのあたりを掘り下げたいと思っていました。『タンジェリン』でも主人公シンディが唯一恋愛的な関係を持てた相手というのが、自分を働かせているボスのピンプなわけです。彼だけであり、彼女がそこにしか愛を見つけられなかったというのは、描きたかったところでした。ぼくとクリスが描きたかったテーマについては、なかなか触れてくれる方がいままでいませんでした。もしかしたら取材ではあなたがはじめてかもしれません。ありがとうございます。

——そう言っていただけて光栄です。名前に関してさらに言うと、あなたの作品からは、ハリウッドやブロードウェイという名前の響きから私たちが想像するような華やかで幸福なイメージからはかけ離れた、希望の見えない日々を送っている現実のNYやLAの人々の姿が見えてきます。タクシーでラズミックの義母が、「LAは美しく包まれた嘘ね」と言う場面がありますが、あなたはリアルな現実を映し出すことで世界の偽善や欺瞞の化けの皮を剥がしていきながら、その中で最後に無償の行為として親切という嘘偽りのない誠実な身振りが現れているところが感動的です。

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SB:それこそが観客の方々に感じてほしいことなので、すごく嬉しいです。ありがとうございます。

——次作『The Florida Project』では再びクリスさんと組み、一転して今度は35mmフィルムで撮影されるとのことですが、なぜ35mmフィルムを採用されたのでしょうか。どういう作品になるのか合わせて教えてください。

SB:撮り方を含めて色々ミックスしていきたい気持ちがあります。35mmフィルムにした大きな理由はあるのですが、それを言ってしまうとちょっとネタバレになってしまう部分があるので、よりグロッシーでよりクラシックな画にしたかったという風に留めておこうかなと思います。それから35mmフィルムという100年以上にわたって映画に使われてきたメディアをまだまだ活かしたい気持ちもありました。やはり映画監督にとっては、さまざまなキャンバスがたくさんある方が──つまり撮影方法やオプションが多ければ多いほどいいわけですし、100年以上活躍してきたものを簡単に失くすということをぼくは良しとしないからです。『The Florida Project』の内容に関してですが、ホームレスの子どもたちの物語で、フロリダはオーランドのマジック・キングダムが近くにあるモーテルが舞台になります。ひと夏の間に起きる幼少時代の冒険を描いていますが、主人公の女の子の名前がムーニー(Moonee)──Moon(月)にee(~される人/その状態にある人を意味する語をつくる接尾辞)というスペルで、またクレイジーな名前ですよ(笑)。親が大変苦労しているなか、彼女を中心としたモーテルでの生活が描かれています。これまでの作品と基本的に同じ感性ではありますが、スタイルは異なる映画です。エネルギーは『タンジェリン』同様にありますが、ここまでハイパーアクティヴな感じではない作品になる予定です。『タンジェリン』のことをみんなに気に入ってもらえたからといって、ぼくはやっぱり映画作家として同じことを繰り返したくはないので、何かまた違う新しいものにチャレンジしていきたいと思って常につくっています。

取材・構成・写真:常川拓也
2016年12月22日、渋谷イメージフォーラム

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