skiptracing インタビュー
映画批評を「見る」

取材・構成:梅本健司、結城秀勇
協力:荒井南、板井仁、品川悠、芳賀祥平、吉澤華乃

「ここは映画を共同で思考するための遊び場です」と、skiptracingのホームページには記されている。今回取材したなかではもっとも新しいこの団体にとって、「映画を共同で思考する」とは、見た後に感想や意見を交換することにとどまらない。それはむしろ、映画について共同で「書く」こと、さらにはその書くという行為の過程そのものを共有することを意味している。たとえば最終的にそれぞれが別個の文章に辿り着く場合であっても、互いの執筆の進行を可視化し、コメントを差し挟みながら書き進めていく。映画批評はいかにして書かれうるのか、その生成の過程に光を当てようとする実践こそが、skiptracingの中心的な試みだと言えるだろう。本インタビューでは、いかなる動機からそのような「プロジェクト」が立ち上げられたのか、また、その「遊び場」がどのように維持され、更新されてきたのかについてお話をうかがった。他に類を見ない試みであることは確かだが、そこで語られる楽しさや困難は、映画批評を書く者であれば誰しも一度は立ち止まって考えることになる、根源的な問いとも重なっているだろう。

プロジェクト誕生の経緯

——まずはskiptracingをはじめた経緯からそれぞれお聞かせください

堅田諒 最初のきっかけは2年くらい前のことでした。当時、われわれ3人は北海道大学の大学院に所属し、私と三浦くんは同じ研究室で映画を、朴さんは隣の研究室で文学を研究していました。私と朴さんは同級生だったのですが、しばらくは廊下ですれ違って挨拶をするくらいの関係でした。ただ、私はアメリカ映画を研究対象としていて、朴さんはアメリカ文学を研究していたという繋がりもあり、三浦くんやそのほかの院生も含めて、リフレッシュがてら勉強会をするようになったんです。最初はジョセフ・コンラッドの『闇の奥』とジェームズ・グレイの『アド・アストラ』(2019)というどこか似た点をもつ2作品をそれぞれ分析して、3、4時間ディスカッションをしました。やってみたら映画と小説の違いはあれど、3人の分析スタイルが共通していることがわかった。理論から作品へ、ではなく、テクストの内部にとどまってそこから論理や法則を見つけていくスタイルです。そうした勉強会がまず最初のきっかけですかね。

朴舜起 堅田さんが言ったように、初めはリフレッシュ気分でした。少なくとも、僕はその成果を何かまとめた文章にして公開することは考えていなかった。一方、三浦くんはわれわれの知らないところでいろいろ考えていたらしい。たとえば、あるとき別に話があるんですと呼び出されたわけでもなく、何気なく同じ部屋で座って芸人か何かの話していたら、三浦くんが唐突に「プロジェクト」と口走ってて、なにそれみたいな感じで話を聞いてたら、skiptracingの話が出来上がっていた。なので、三浦くんには何かしらの理念があったのかもしれないけど、私からしても、やはり勉強会からskiptracingにそのまま移行していった。あるいは気づいたら三浦くんの「プロジェクト」の一部になっていた、という印象です。

三浦光彦 研究者としてテクスト分析と呼ばれるようなものをやるわけですが、その分析の妥当性ってどこで決まっているの?ということがずっと気になっていました。たとえば、論文だったら査読があって、そこで掲載可能かどうかが判断される。そのときの基準は何なのか。突き詰めて考えれば、その基準はさまざまな共同体が都度決めているものでしかない。そんな話を夜中3人でしたのが私にとってのきっかけです。ある分析が正当化され、それ以外の分析が誤ったものとして排除されるメカニズムは何なのかということを考えると、最終的に共同体の問題に行き着くんじゃないか。そういったことを複数人でひとつのテクストについて話す勉強会というスタイルを通じて、考えるようになりました。複数人で作品の分析、執筆していくskiptracingのスタイルは、互いに分析の妥当性を検討しながら進めていくためのものでもあります。

——立ち上げのときに行われた3人の座談会などで話されてはいますが、NotionやGoogleドキュメントを使って、ひとつの映画についての文章を互いに執筆過程を見たり、コメントしたりしながら書くという、そのskiptracingの中心となるプロジェクトについて、あらためて誕生の経緯も含めてお聞かせください。

堅田 立ち上げのときに『アメリカン・スナイパー』(クリント・イーストウッド、2014)についての批評文を書いて公開しました。その執筆過程は、まず3人それぞれが4000字ほど文章を書いて、一度集まって議論をして、それをもとにまた各個人で4000字ほど書いてきて、また議論をするというのを繰り返すやり方でした。さらにそこから後半は各自の文章をパッチワーク的に組み合わせていって、何とかひとつの文章として完成させました。この執筆経験には、自分で考える部分と、他の2人が考えていることに触発されて分析が進む部分、3人で議論して発見する部分などが渾然一体となっていました。一言で言えば、集団で分析を行うということなのですが、それが自分にとってはそれまでに経験したことのない思考が強制的に拡張されるような強烈な体験でした。それでそのやり方をアレンジして続けてみようとなりました。

三浦 その方法を参考に次の『ミュンヘン』(スティーヴン・スピルバーグ、2005)、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(ポール・トーマス・アンダーソン、2007)からは私たち以外の参加者も募集しました。期間を2ヶ月設けて、私たちは同じように3人で、他の方たちは各々で執筆していただきました。そのうちの1ヶ月はNotion だったり、Googleドキュメント上で、互いが執筆している過程を見つつ、各自の論考にコメントができるようになっていて、残りの1ヶ月はそうした機能を閉じて、各自で書き切る。
 当初はそのように進めていく予定でした。ただ、そもそも私たち3人にとって、1本2万字の論考を書き上げるのは負担が大きすぎるという問題があった。これは他の参加者も同じで、1本の論考としてまとめるのが大変だという声が多かったんです。そこで、直近の『イングロリアス・バスターズ』(クエンティン・タランティーノ、2009)以降は、今noteに上げているような、Web上での座談会形式に変え、よりオープンでフランクな形で進めるようになりました。

——なるほど。『イングロリアス・バスターズ』以前のNotionやGoogleドキュメントを使っていたときの状況についてもう少し詳しく聞きたいです。

三浦  参加された方は20人ほどでした。ただ20人全員が執筆するわけではなく、コメントを残したり、途中まで書いてみたりする人はだいたい10人くらい。オープンな状態で書いてる最初の1ヶ月は結構、コメントなどで議論が盛り上がるのですが、やっぱり残りの1ヶ月を自力で完成させるというのは我々含め負担が大きかったと思います。ただ、最初の1ヶ月、オープンな議論をしてて面白かったのは、全員が違う点に着目しているにもかかわらず、議論を重ねるうちに、作品について言っていることが似通ってくるんです。「映画の見るべきポイントはどこにあるのか」という共通の認識が、交流を通して徐々に見えてくる。各自が感じたことと、全員が何となく共通して見ているものが組み合わさって、ひとつの論考が出来上がっていく、といった感じでした。
 参加者は当然、全員違う人間なので違った意見が出てくるのは当たり前なんですけど、それだけだと単なる相対主義になってしまって、分析の妥当性みたいなものは消え失せてしまう。一方にはテクストという不変なものがあって、他方には日々それぞれの環境で移り変わっていく参加者の方々の生活がある。その二つのあいだで、何かしらの妥当性、「正しさ」みたいなものを浮かびあがらせることができるのではないかと思います。そういった気づきも含め、『イングロリアス・バスターズ』のオンライン上での座談会という方向へシフトしました。

——『イングロリアス・バスターズ』からのスタイルは、最初の『アメリカン・スナイパー』のときのように、「何千字書いてきてください」というところからスタートしたのでしょうか?

堅田  『イングロリアス・バスターズ』の回では、そのスタイルではやっていません。『ミュンヘン』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の回も参加者はいましたが、やはりなかなかハードルが高かった。「参加します」と申し込んでくれる人はいても、実際にどれくらい書いてくれるかというと、難しいところがありました。そこで、より多くの人に参加してもらえる方向にやり方にシフトチェンジしました。喋っている感じでもいいし、思いつきでもいいし、ただの感想でもいい。「ここが気になる」だけでもいいのでチャット形式の座談会に参加してもらう。そうすれば、以前よりも共同執筆にも参加しやすくなるだろうと考えました。結果として、前よりは参加者も増えましたし、執筆してくださる量も増えたんですが、しかしまだまだハードルは高いし、より良い方法がないかなと模索中ですね。

メディアとプラットフォーム——執筆過程を「見せる」ことの難しさ

——そのようなskiptracingの執筆過程を共有する試みは非常にユニークであると同時に、プロジェクトの積極的な参加者ではないとどのような活動が行われているのか理解しにくい気がします。skiptracingのサイトに載っている文章の一読者でしかないと執筆のプロセスを把握できない。そういった点はいかがでしょうか?

堅田 まさにその通りですね。オンラインでやるという難しさもあります。参加者を募って承認するという仕方にしないと、誰でも彼でも書き込むことができれば、場が保てなくなる様々な危険性も当然ありますので。

三浦  ルールが複雑すぎて、それはどうにかしないといけないなとは思っています。別の話題に変わってしまうかもしれませんが、今後はZINEの制作を考えて動いています。最初は書き手や読み手の区別がない双方向的なやり方を目指していましたが、それだけだとメディアとしての維持が難しいですし、結局何を目指しているのかもよくわからなくなってしまう。なので、いったんZINEを制作して販売するといった、一方向的な形に移行して、余力があればまた徐々に元の双方向的なスタイルに戻る、という舵の切り方をしたいと思っています。今は転換期なんです。

——確かにプロジェクト立ち上げ当初、YouTubeの説明会で「書き手→編集者→読み手」のプロセスを崩していくことがskiptracingの試みのひとつとしてあったとおっしゃっていました。そこに難しさを感じていると?

三浦  その通りです。「完全にフラットな環境ですよ」と謳ってもうまくいかないし、逆に「私たちは映画研究者なので正しいことが言えます」、でもうまくいかない。そもそもskiptracingがメディアなのかプラットフォームなのか、その位置付けが難しいところです。一応、立ち上げのときはプラットフォーム的なものとしてやっていくつもりでした。ZINEの制作は割と最初から考えていたので、まず最初にプラットフォームとしてやって、人を集めて、その後メディアとして運営していく、というつもりだった。

——そのプロジェクトとは別にnoteに掲載されている日記や新作の短評は当初から予定されていたのですか?

堅田 プロジェクト進行中は2〜3ヶ月何も発信できなくなってしまう。忘れられてしまっては困るということで、こちらから何かを定期的に発信した方がいいんじゃないかと思い、noteでそういった種類の文章を書くこともはじめました。とくに朴さんは書くのがとても速いので、公開日やその次の日にレビューが上がる。noteの記事からわれわれのことを知ってもらって、共同執筆にも興味をもってもらう、という算段もあります。
 あと、『陪審員2番』(クリント・イーストウッド、2024)や『F1/エフワン』(ジョセフ・コシンスキー、2025)の鼎談記事は特殊なやり方で、共同執筆のバリエーションとして考えています。3人で映画館に行って、その直後に喫茶店で話す。それを記事にして次の日には発信する。喋っているうちに不思議なことに、自分だけでは見えていなかったところが見えてきて、3人の考えがなぜだかうまく繋がる瞬間が何度かある。こういう経験は多くの人があるのではないでしょうか。友人と映画を見た後に喋って経験を共有する時間。これも同様に、共同執筆への参加の入口になればと考えています。

——メディアとプラットフォームのどちらとして振舞うのか、あるいはそれらを両立させることについての利点や悩みは他にありますか?

 個人的には、やはりわれわれはあるひとつの理念のもとに共同で動いているわけではないと思う。さっきの執筆の話も、確か私の記憶だとふたりが所属する「映像表現」のゼミ室の扉を開けたら、三浦さんがパソコンをカチカチしながら「そういえばnoteのページ作っておきました」と言ってて、作ったってことは、書かなきゃいけないのかなと思っただけなんです。一種の催眠術ですよね。skiptracingというプロジェクトが立ち上がった時と同じパターンです。
 同じことが執筆過程にも滲み出ている。さっきまでの話に出ていた、他の参加者を募る前のわれわれ3人だけの執筆も、振り返ってみると最初に『アメリカン・スナイパー』、次に『ミュンヘン』をやったとき、三浦さんと堅田さんは現代のアメリカの映画監督で、かつ戦争がテーマというところまでは一応の共通理解として考えていた。だけど、われわれの相互の意見をどういうふうに組み込んでいくかに対しては、話し合いから探っていくというよりは、感覚的に始めてしまうようなところがありました。すると良い方法論が定まらないまま文章が結合していく。これを3度繰り返したせいで、論考には3本とも悪いところが改善されず常に引き継がれ続けている。たとえばどの論考も概ね書き出しは全部三浦くんが考えてくれるんでどれもカチッとしているんです。でも結局途中からは私たちの文章がわけもわからず組み重なっていく。それで、結論でも再度三浦くんがわれわれの意見を一つにしようと頑張ってくれるんですが、もはや最初の三浦くんとは別の人格のような文章になっている(笑)。でもそこがおもしろいし、「何だこれは!」という驚きがある。ただそれを毎回繰り返してるのは、悪いこととも言えるし、そもそも改善していく気など全然ない遊びのようなものとしてわれわれが臨んでいる部分もあるのかもしれません。子供の遊びって、毎回同じこと、同じ失敗を繰り返しますよね。それはそれでいいのかもしれないのですが、ただ私らだけではなく外から来る人たちと共同でやっていくときには、もう少し別のルールを設定する必要がある。そこがプラットフォームとしてやって行くことの難しさですね。だからわれわれの方で限定したものを外に出す、つまりメディア化する方向にいまあるのかもしれないですが、プラットフォームとしてどうするのがいいのかという問題は依然としてある気がします。

三浦 堅田さんが言っていたように、最初はじめたときはある種のプラットフォームのようなものとして、複数の参加者と相互に作用しながら書いていくことをメインで考えていたのですが、1本の作品の執筆に2カ月かけるので、当然その間は別の活動をしてSNS上なりでアテンションを集めないといけないですよね。それがnoteをはじめたきっかけです。私と堅田さんは映画研究だったり、いわゆるシネフィル的な土壌の中でやっている人間なので、そこから外にリーチするのがなかなか難しいんですが、朴さんは公開中の映画についてババッと書いて、それが必ずしもこのプロジェクト自体に参加したいとまでは思っていないような、いろんな読者層に届くところがあると思います。朴さんが書いた記事は映画だけじゃなく音楽やファッションなどいわゆるポップカルチャー全般が好きな人も新たな読者層として獲得している。そうやってnoteやTwitterのフォロワーが増えていくうちに、結局メディアとしてやっていた方が読者を集めやすいという方向になりました。

——共同執筆の話に戻ると、3人はリアルで会える距離にいて、話し合いも密にできる。一方で他の参加者を入れるとなるとオンラインになってしまいますよね。その違いはプロジェクトを運営するうえでどのような影響がありますか?

三浦 オンライン上で2カ月間かけて書くアイディアは、もともとは時空間的な制約から解放されたいという思いから生まれたものです。公開している映画について喋りましょうだと、公開しているときだけ書いたものが読まれて消費されて終わってしまうからです。札幌に住んでいると見られない映画や公開が大幅に遅れる映画も多いので、新作映画を見てから書くまでのスピード感だけだと、東京に住んでいる人たちとの地域格差は埋められない。
 2ヶ月という長い時間をかけるのは、それだけあれば1本見るくらいの時間は取れるだろうということだったんです。映画研究や批評の場では、年間何百本も見ねばならないという規範があって、それはもちろん映画史を身体で体感するためには必要なことであるわけですけど、その側面を喧伝しすぎると時間やお金に余裕のある人だけしか、映画について語れなくなってしまう。育児や家事、労働といった日常生活を送りながら、日常と地続きで映画について考えるための場所として立ち上げたかった。でもそのようにやっていくにしては、SNSとかアテンションエコノミー的なところとあまりに相性が悪すぎるんですよね。読者の獲得も、経済の原理による制約に抗うことも、両立していく必要性があったので、noteをやる他方でサブスクで見られるような映画について2ヶ月かけて書くことをやっている。ただ、2万字のガチガチの文章を書いたところで、誰が読むのか?とも考えているところではある。自分のための書く練習としてはいいですが、はたして面白がってもらえるのかと言われるとかなり厳しい。

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