——『Dressing Up』は2011年に製作された作品です。まずはこの映画が製作から公開されるに至った経緯をお聞きしたいと思います。

安川有果:『Dressing Up』 は2011年のCO2(シネアスト・オーガニゼーション大阪)に提出した企画に始まります。それまでにも何度か応募したことがあったんですが、全然かすりもしませんでした。だけど2011年は審査委員が黒沢清さんや山下敦弘さんという自分の好きな監督でしたし、企画も十分に練ったことで手応えがありました。8月あたりに助成が決まった通知が来て、そこから脚本を2、3ヶ月練り、真冬の寒い時期にクランクインしました。完成後は「大阪アジアン映画祭」で最初のお披露目があって、そのあとドイツの「ニッポンコネクション」にも招待いただきました。

ただ撮影が終わるやいなや、すぐ翌月には事務局に作品を提出しなくちゃいけなかったこともあって、編集はなかなか納得のいくものにはなっていなかったんです。再編集も考えていましたが、ちょうどそのときダメージの大きな出来事と重なって、映画から1年近く気持ちが離れてしまいました。それがあるとき、映画監督の沖島勲さんから自分の新作を撮ると連絡が入って、カメラマンも『Dressing Up』の撮影を担当してくださった四宮秀俊さんだと聞いたので、おもしろそうだなと参加することになりました。沖島監督とは私が映画を撮り始めた20代前半の頃から知り合いで、お互いの映画を見ては手紙のやりとりを続けていたんです。だから『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』(2013)の現場にメイキングで呼ばれたことは本当にうれしかったですね。映画がデジタルになってきた中で、ご高齢の沖島監督が元気に撮影されている姿にはすごく刺激を受けました。先日お亡くなりになられましたが、沖島監督は自分の短い映画人生の中でもすごく大事な監督です。

沖島さんの現場に参加したことで、もう1回ちゃんと映画をやろうという気持ちになって、ようやく『Dressing Up』の再編集に取りかかることができました。しかも、その再編集版の反応が結構良かったんです。応募資格としてはギリギリ間に合う年度だったし、最後のチャンスと思ってさまざまな映画祭に出したんですけど、結果的に「TAMA NEW WAVE」や「田辺・弁慶映画祭」といった映画祭に拾っていただきました。公開のきっかけになった尾道の「お蔵出し映画祭」は存在すらも知らなかったんですけど(笑)、今『Dressing Up』の宣伝をやっていただいている細谷隆広さんに勧められてエントリーしたところ審査員特別賞をいただくことになり、勢いのまま「よし、公開しよう!」ということになりました。

——タイトルの「Dressing Up」とは一般的に「着飾る」「正装する」といった意味だと思うのですが、これはどこから付けられたものだったのですか。またこの映画は主人公の少女である育美に、殺傷事件を起こした犯人であった母の過去が憑依していく物語であるわけですが、どうしてこのような題材を扱おうと思ったのでしょうか。

安川:「Dressing Up」はロックバンドの「The Cure」にある同名の曲に由来しています。最初は私も「Dress up」のことなのかなと思って調べてみたんですが、実際には「仮想遊び」という意味もあったんです。仮想遊びに耽ることは、何かの物真似をしたり、現実の自分とはちがう虚像の存在になることではないかと思い、「ああ、この話のテーマにピッタリだ!」ということで企画の段階から付けたタイトルです。

そうした「仮想遊び」の意味も含めて、この映画はさまざまな構想が組み合わさったものですが、まずはやっぱり感情の衝動を抑えられなくなる人の話を描こうとしたことが大きかったと思います。なぜそういう人を描こうとしたのかというと、当時学校に通いながら大阪駅前の牛丼屋でアルバイトをしていたんですが、そこでは感情を無にしてとにかく手だけを動かす状況で、もはや感情が邪魔になって来ているのではないかと思ったんです。だから「人間性って何だ」「人間っぽいことって何だろう」と思ったときに、スピード重視の合理性を求める状況にどこか違和感がありました。その一方で、たまにレジの前でモタモタしている人に対して、その後ろで舌打ちを続ける親父もいたりして、もしその親父が感情を爆発させちゃったら「ああ、このスムーズな流れって、止まっちゃうよなあ」と思ったりする自分さえもいる。その親父も実際には殴ったりしないから何とかお店は続いていくけど、たとえば感情の衝動を抑えられなくなった人がこの世界に現れたとしたらどうなっちゃうんだろうと考えました。だからスムーズな流れを止める存在が現れて、その存在によって周りの人たちも何かを考える機会があるような話をまずやりたいなと思ったんです。

また、私が小学生のときに起こった神戸の連続児童殺傷事件のことをふと思い出すことがあって、当時中学生だった加害者はもう親の世代なんだなと気づいたんです。そこでその加害者の話ではなく子どもの話にしたらどうだろうということで、自分の将来がなかなか見えずに悩んでいる主人公が、自分の親は過去に凄惨な事件を起こした人だったことを知り、それに向き合っていく物語にしようと考えました。

——本編では事件を起こした加害者は父親ではなく母親に設定されています。父親である男性ではなく、母親である女性にしたのはなぜだったのでしょうか。

安川:たしかに脚本の最初の段階では、過去に事件を起こした父親によってその娘が狂気に苛まれるという設定にしていました。でも父親の気持ちを知ろうとして変になっていくより、それが自分の母親だったほうが同じ女性として強烈かなと思ったんです。母の素性を知りたいと思っていくことで、同じ性である自分と母との区別がつかなくなると同時に、過去の出来事が現在にも影響を受けている構造にしたいなと。

——最終的に主人公の娘とその母親は、おぞましい姿を見せるわけですが、こうした視覚的な造形描写は脚本の段階から念頭にありましたか。

安川:あそこは正直賛否が分かれるところだと思います。元々私は、ああいった造形描写は見せずに行こうと思っていました。だけど引き裂かれた女性といったテーマを追求することと、見た人に楽しんでもらいたいという気持ちによって、ジャンル的な描写に落としこんだほうがテーマ的にも視覚的にもハッキリして良いんじゃないかと思ったんです。

——『Dressing Up』を物語るひとつの重要な役どころとして、育美役を演じている祷キララさんの存在があります。ご本人とはどのようにして出会ったのでしょうか。

安川:クラスメイト役や主人公の友人役を含め、オーディションを何回かやらせていただきましたが、とくに主役の女の子は迫力がないと成立しないなと思っていました。そんな中、柴田剛監督の『堀川中立売』(2010)ですごく印象に残っていたキララちゃんにオーディションへ来ていただくことになり、その場で軽くセリフを読んでもらったところ、結構辛辣な台詞も気負わずにすらっと読んでくれて、とても迫力があって印象に残りました。そこで勘の鋭い方だと思い、彼女に出てもらおうと決めました。

——母の惨劇を繰り返すために職員室へと向かう学校の廊下のシーンでは、育美役のキララさんが遠目から傍若無人に男子生徒たちを従えて歩いてくるところも魅力的です。これから何かが起こってしまうんじゃないかという、ただならぬ予感さえ感じました。

安川:本人は普通のかわいい女の子なのに、なぜか画面に映ると番長感が出るんですよね(笑)。だけどああいうフィクションめいた女の子の存在を求めているのは、意外と男の子なのかなとも思ったりします。だからあの場面では女の子じゃなく男の子たちを引き連れていく設定にしました。

←前へ | 次へ→

最初 | 1 | 2