『よだかの片想い』安川有果監督インタビュー

顔にアザを持つ女性と映画監督との出会いや別れを描いた本作は、単なる恋愛映画の閾にとどまらない。目の前の相手に恋をすることだけではなく、そこには何かを通して見る/見られることで生まれる葛藤であったり、ものづくりにおいて避けることのできない苦悩であったり、あるいは自らを信じて選択することの悦びだったりが、瑞々しいほどの速度を伴ってスクリーンに放たれていく。それらは劇中にも登場する宮沢賢治の童話『よだかの星』の「よだか」のように、映画を構成するために散りばめられた星々の光となり、ひとつの地点に位置するプリズムに一旦集約されることで、光はふたたび自身の選んだあらゆる方向へと分散されていくことになる。そうした光景をこのフィルムに感じたとき、本作における脚本や演出とも言えるプリズムとは、いったいどのようにして生まれていったのだろうか。『Dressing Up』(2012)以来となる長編作品の公開を迎えた今、『よだかの片想い』に関するさまざまなお話を安川監督に伺った。

写真:隈元博樹

ありのまま、でなくてもいい

取材・構成:隈元博樹、鈴木史
写真:隈元博樹
2022年8月22日、曙橋

——まずは本作が企画された時のお話からお伺いしたいと思います。

安川有果 映画化に関しては、アイコを演じた松井玲奈さんが元々島本さんの小説の大ファンで、なかでも『よだかの片想い』を好きだったことが始まりにあります。その映画化のお話がプロデューサーの柴原祐一さんに渡り、「映画化するとは言い切れないんだけども、何か合ってる気がするから読んでみてほしい」ということで原作を渡されたのが最初でした。私も島本理生さんの小説はいくつか読んでいて、とくに最近だと『ファーストラヴ』が好きでした。そういうこともあって島本さんの初期作品の映画化に声をかけてもらえたことが、願ってもない話だなとまずは思いました。

——そのお話というのは、遡るといつ頃になるのでしょうか。

安川 『ここにはいない彼女』(2019)という舞台をやったそのあとぐらいでした。今から2年半前ですかね。最初は色々な会社をあたって今より規模の大きな映画にしようと思っていたらしいですが、この映画のモチーフとなるアザにスポンサーが付きにくいこともあって、一度動かない時期もありました。ただその後、メ~テレさんが製作に入ってくださることになり、年明けから映画化に向けて再び動き始め、何とか実現できることになりました。

——原作の小説から脚本に至るまでのプロセスについてお聞きしたいと思います。今回は脚本に映画監督の城定秀夫さんが参加されていますが、脚本を進めていく上で具体的な担当箇所や役割などは決めて進めていかれたのでしょうか。

安川 脚本づくりが始まってから撮影までそれほど時間はありませんでした。半年あるかないかぐらいだったんですけど、最初にゆるっとした打ち合わせが行われて、ひとまず城定さんにはプロットに起こしてもらいました。「こんな投げ方で絶対難しいだろうな」と思いながら待っていたんですが、2、3週間後にはすでに映画の構成になったプロットが上がってきていました。ただそれは、あくまでオリジナルの要素を入れずに原作を映画の形にしたプロットで、それを元にまず初稿を城定さんに書いていただきました。それからまたちょっと時間が空くことになりますが、しばらくして撮影の準備が本格的にスタートしました。初稿もとても良かったのですが、見直した時にアイコが非常に可愛らしい感じというか、ちょっとおぼこい感じではありました。原作では恋愛経験のない世間知らずなイメージだったので、それをそのまま反映してくださったと思うんですけど、演じる松井さんは原作の年齢よりも6歳くらい上なんですね。だから原作の24歳っていう設定にしなくても良いかなと思ったんです。松井さんがふと見せる大人びた表情を活かす形で、年齢も少し上げて大人のラブストーリーにできないかというのを私から提案して、そこからちょっとずつ変わっていきましたね。

——アイコという存在はもちろんですが、映画監督の飛坂もこの映画において重要なキーパーソンです。原作では若手有望株の人物として、映画の世界でも成功しているような印象を受けました。

安川 いけ好かない感じですよね(笑)。

——そういう設定ではありますが(笑)。例えば劇中だと自主制作で映画を撮っていたと思しき頃の短編集が出てきますが、その動画共有サイトのリンクをアイコに渡して見せる場面があります。自主映画時代を経て、今後は商業映画を撮り始めていくようなキャリアを迎える監督なのかなとは思いました。

安川 城定さんとは「どの映画監督を参考にしようか?」みたいな話はしていました(笑)。でも原作では映画監督という職業はどこか憧れの存在で、アイコにとって飛坂は遠い世界の人のような描かれ方だったんです。だけどやっぱり私も城定さんも映画をつくっている人間なので、「飛坂はその辺にいる人物だ」ということからどうしても抜けきれず、憧れの存在のようには描けませんでした。そこで、成功して売れていて華やかだから遠い存在だということではなくて、思想的にアイコたちとは違う存在にした方がいいんじゃないかと。飛坂は映画を通して何かをやろうとしている人だけど、彼女はそうじゃない。「目の前の私と向き合ってほしい」という気持ちがあって、そういうところで食い違ってしまう方が良いかなと思ったんです。

——初期作品の頃から飛坂の映画に出演している城崎美和(手島実優)からも、「あの人(飛坂)は映画を通して向き合っている。彼の本命は映画なんですよ」とアイコは言われますよね。

写真:隈元博樹

安川 原作では浮気をしたりとか、分かりやすくクズな描写も飛坂にはあります(笑)。ただ、そういうところをどこまで映画の中でオンにするかっていうこともすごく悩みました。映画が第一だと考えているような芸術至上主義的な人間で、アイコにとって辛い初恋の相手だというような、ちょっと悪の要素を強めに描くことも考えました。だけど中島歩さんに本読みで来てもらった時から、何かもう憎めなさ爆発というか(笑)。

——中島さん演じる飛坂は、独特で捉えどころのない雰囲気が常に漂っていますよね。どのようにキャスティングされたのでしょうか。

安川 中島さんは城定さんが監督された『愛なのに』(2022)にも出演されているんですが、その映画が『よだかの片想い』の撮影時期と丸被りで、当初はスケジュールが取れるかどうか分かりませんでした。だけど「何とかお願いします」ということで出てもらえることになったんです。悪気のない感じが絶妙ですよね。その雰囲気を感じていただければ、映画を見た後もその人物について話したくなるような存在になっているのではないかと思います。

——これは原作にありませんが、飛坂から誕生日に行きたいところを聞かれたあと、アイコと彼は琵琶湖へ向かうことになります。

安川 「ふたりでどこかに行かせたいよね」ということで、城定さんが考えてくださったアイデアでした。ここはアイコのトラウマの元となった琵琶湖を良い思い出に変える場面にもなります。実際にアイコと飛坂は揉めている時間が多いので、一度くらいはデートをしてふたりが楽しく過ごす瞬間が欲しいなと思っていました。だから本人にとって一番辛い記憶でもある琵琶湖に行くことは、すごくしっくりきたんですね。

——その最も辛い記憶が小学生の頃に言われた先生からの一言にあるのですが、一方で周りとは違う自分の存在に飛坂は興味を持っています。だからこそ飛坂に対しては、そのアザに惹かれて映画をつくりたいという意識から私に近づいてきたのではないかと。そういった疑念にアイコは苛まれていくことになります。

安川 難しいですよね。原作は一目惚れというか「あなたの強い表情に惹かれて」とずっと飛坂は言ってますが、「ほんまか?」と思ってました。それが本当だとしても、今までずっとモテてきたような男性の映画監督が、顔にアザのある女性の物語を何が何でも撮りたいって、何故なんだろうと疑う気持ちが拭いきれませんでした。本人にとっての切実な動機が欲しいと言いますか。
そこで、自身が変わらなきゃいけないと思っているんだけど、どうしたら良いのか分からない男性の映画監督が多くいらっしゃるような気もしていたので、飛坂にもそういう面が見えるといいんじゃないかと思いました。 原作にある、宮沢賢治の『よだかの星』が好きだったり、真っ直ぐでピュアな人であるということも動機として残しつつ、その一面があると今の映画監督としてのリアルな葛藤が見えるかなと。

——自身でもそういった意識をセンシティブに気にし始める場面があります。アイコのアパートを訪れた飛坂が「当事者ではない自分が(この題材を映画として)扱うこと自体、(アイコを)利用しているんじゃないかと悩んだ」と彼女に弁解する場面は印象的です。

安川 あそこは私が撮影直前に足して書いたところです。そういうことを何も考えていない映画監督って存在するはずがないと思ったんですよね。そういった葛藤を無視して映画を撮ってしまう監督って怖いなと思っていて、飛坂の考えていることを何かで補わないと彼をどう見ていいか分からなくなっちゃうんじゃないのかなと。彼も考えてはいるけれども、結論は出せないでいるというか。

——飛坂との別れの場面ですが、電話から聴こえる彼の受け答えはほとんど聞こえません。撮影の現場中に奥で本当に小さな声でしゃべっていて、彼がアイコだけでなく観客からもどんどん遠ざかっていくように感じました。

安川 別れる間際に「あなたに会えて夢みたいでした」ってアイコは飛坂に言いますよね。ひどいことをされて今から別れる相手に「こんなことを言うんだ」と。自分だったら一生言わなさそうなセリフだなと思います(笑)。だけどそこに迫力を感じたんですよね。理屈に落とし込もうとすれば皮肉で言ってるくらいに思ったりもしてしまうけれど、演じる松井さんは号泣しながら心を込めて言っている。それは理解の範疇を越えた恋愛の不可解な部分でもあり、理屈では言い表せない感情の動きとしての面白さなんじゃないかなと思ったんですね。

——カメラに関して言えば、アイコのアザというよりも、むしろ彼女の瞳へフォーカスされているように感じました。冒頭は顔の右側を捉えたファーストショットから始まり、飛坂の短編集を見ている場面や後半のアパートのシーンにおいても、カメラは瞳を中心にフレーミングされています。電話の場面も、そうしたカメラの構図が基点になっていると思いました。

安川 カメラマンは趙聖來さんという方で、短編からご一緒して今回で4度目になります。長編で組むのは初めてでしたが、俳優さんの機微やちょっとした動きに素早く反応してくださる方で、動きの読めない喧嘩のシーンは俳優さんの動きに応じてパッと手持ちで寄っていってくれます。そのように直感で動いてくれる感覚がすごく好みだったので、今回もお呼びしました。瞳を捉えたショットが多いのも、カメラマンがアイコの瞳に反応したんでしょうね。松井さんの無表情な瞳の中にちょっとした機微があって、おそらくそこに反応して寄ってくださったのかなって思います。

——また劇中では、街灯や自然光の中で生じるフレアの使用も多く見られました。

安川 アイコのセリフに「見られて嬉しかった」っていう言葉がありますが、それに私もすごく反応した部分がありました。アザを揶揄する同級生に対して「ひどいことを言うな」という学校の先生の言葉で一度は影に入ってしまうけれど、彼女は見られる喜びをもう一回味わうことになる。だからその影から光のある場所に出してあげたいなっていうイメージが湧いたので、序盤からフレアを入れていこうとカメラマンとは話し合ってました。恋愛ドラマを撮るのは初めてだったんですけど、ふたりの出会いや盛り上がってる場面で、何かアイコと飛坂を祝福するような光があってほしいなって。思った以上に増えちゃいましたが(笑)。

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