——これまでのお話を伺っていると、撮影に小さな遊びを取り入れたり、台本を見なくなってしまったりと、良い現場の雰囲気で撮影ができたんだなと思えてきます。映画の画面にも、台本ではなく役者の芝居から生まれてくるエモーショナルな部分で繋がっていくような感触がたしかに映っている気がします。

渋川:そうですね、現場の雰囲気は良かったな。たしか、越川さんあの撮影のとき体調悪かったですよね? ロケで使ったラブホテルに泊まっていったじゃないですか。

越川:あれは、僕の子供たちが風邪を引いてしまって、家に帰って風邪がうつって最終日に現場に来れなくなったら困ると奥さんに薦められたからだよ(笑)。心配だから帰らないでくれと言われて、それで結局ラブホテルにひとりで自腹で泊まっていきました。

渋川:ああ、体調が悪いとかではなかったんですね。それでも俺よりもすごいエネルギーがあった(笑)。

越川:でもまあ、つねに体調は悪いんだけどね(笑)。

©2015 ユマニテ

——変な質問になってしまいますが、渋川さんや越川さんにとっての良い現場ってどういうものなんでしょう?

渋川:悪い現場っていうのがそんなにないけど、でかい現場はけっこう苦手なところもあるかもしれないですね。飯はすごくいいけど(笑)。どこもだいたい良い現場ですよ。俺が最近出ている映画もそうです。良い現場って何なんだろうね? 俺にとっては、監督が何かを持っている人、たとえば映画が死ぬほど好きとか、そういう情熱がひとつある人だったら、それだけで俺にとっては良い現場になっている気がします。監督その人が持っている魅力というのはポイントとしてひとつあるなあ。

越川:この『アレノ』がそうだったかはわからないけど、僕の理想としてはバンドみたいに映画をつくっていきたい。「KEEくん、ちょっとスタジオ入って音出そうぜ」という感じで。とりあえず俺がワンフレーズやってみるから、それに乗っかってどこまで行けるかやってみようぜ、というつくり方。良い現場というものがあるとしたら、「俺が監督だ!」と役者を押さえつけるやり方ではなくて、セッション・バンドみたいなやり方が僕にとっては一番楽しいですね。たしかに、人数が増えてビッグ・バンドになってくると大変だけど、スリーピースくらいだったら「撮っちゃおうぜ!」という感じでやれます。音楽でも、僕は宅録のものが好きだったりします。もうちょっとやれば名盤なんだけど、でも名盤になる一歩手前みたいなアルバムを偏愛しているところがある(笑)。そういうバンドみたいに映画もつくれるはずだと思ってます。だから、「じゃあ、次は何して遊ぶ?」と僕は言いたくなってしまうし、KEEくんとしてもそういうことが言えるような現場があって、それで同じ監督に長く付き合っていくということがあるんだと思います。

渋川:そうですね、なんだかんだ言って、監督の人間性についていくという感じがしますね。監督に身を委ねて、「好きなように料理してくれ」と。もちろん一緒に芝居をつくっていくんだけど、この監督だったらうまく導いてくれるんだろうという感覚でやっている気がしますし、この監督だったら何を撮るにしても参加したいなと思いながら色んな映画に出ているんだと思います。

越川:『アレノ』は現場にモニターがなかったですし、僕もキャメラのファインダーを覗いたりしないので、どういう画が撮れているのかラッシュが上がってくるまで最終的にはわからない。それを見て、「おお!」と思うところもあれば、「ああ……」と思うところも色々あったんですけど、最後、ベッドの周りでKEEくんと山田さんの姿を撮っているところがあります。その場面のKEEくんが本当に良い顔をしているんです。ものすごくキレイな目をしている。台本にないシーンだったし、特に何かを指示して撮った場面じゃなかったんですけど、そこだけ何度も見てしまいました。あのシーンは本当に撮影期間の最終日に撮ってるんですけど、ここまでKEEくんと山田さんのあいだで積み重なってきたものが、そこに顕われているというか。頭から最後まで決まったことをやるのではなくて、どうなるかわからないままにみんなで探っていったものが、あのショットに集約されている気がしました。たとえば、うろ覚えで恐縮ですが、カサヴェテスが、監督はインタヴュアーに似ているところがあって、良い応えが出てくるまで質問を続けて、一旦良い応えが出てきたら後はひたすら聞き手に回るというようなことを言っていて、それは本当だなと思ったりしました。一度、良い応えが出始めれば、監督の側から何かする必要はもはやなくて、それを見つめ続けていれば良いんだと。そういう瞬間が訪れることが、僕にとってはベストな瞬間です。そういうショットを見ると、「ああ、やって良かったな」と思いますし、やっぱりものをつくるのは面白いなと思ってしまいます。

取材・構成=高木佑介
写真=白浜哲

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