インタヴュー ゾエ・カサヴェテス Zoe Cassavetes 愛を語る方法は限りなくあるし、そこにはいつも普遍性がある ゾエ・カサヴェテスの長編第1作『ブロークン・イングリッシュ』がまもなく公開される。A.P.C.からリリースされている『Men Make Women Crazy Theory』(2000)は、20分という短編ながら、狭いキッチンやバスルームでの伸びやかなダイアローグを中心に、驚くほど確かな演出に満ちていた。それから実に8年の歳月が流れ、ようやく私たちのもとに待望の初長編が届けられた。

ノラ・ワイルダーはニューヨークのブティック・ホテルで働く30代の独身女性。彼女は職場で着実にキャリアを重ねている。なにかトラブルがあれば、すぐに誰かが彼女を呼びに来る。自分のデスクに足を投げ出して座っている様子など見事にサマになっている。まるで弛まぬ人生の歩みが現れているようだ。
そしてふと、彼女は自分の隣にパートナーがいないことに気づく。昔の男は友人に奪われ、知り合った男には他の女がいて、母親に紹介された男は昔の恋を引きずっている。最低だ。そんな彼女の境遇は日本でも多くの女性の共感を呼ぶことになるだろう。
そのようなキャッチーな側面を持つ一方で、監督のゾエ・カサヴェテスは案外冷静だ。彼女はごく身近な出来事を見つめているだけである。彼女はそれを「ポートレイト」と呼ぶ。実際本作は彼女自身の経験に基づいた物語で、いうなればここにはセルフ・ポートレイトの親密さがある。自身が過ごしたニューヨークとパリというふたつの都市を往来する本作について、彼女が語る言葉は素朴なよろこびに満ちていた。

「脚本を書いているときから、人がこの作品を見てどう思うかということはまったく考えていませんでした。寂しい気持ちになったり、孤独を悩んだりするのはとても普遍的なこと。だからいつも今の自分を正直に描きたいと思う。それにこの作品では年齢も重要だった。20代はみんな駆け回っているけれど、30代になると若いながら責任も出てきて、将来のことも考えないといけなくなる。今の時代は可能性がたくさんあって、選択肢も多い。そんな時代にひとりでいることの個人的な恥ずかしさみたいなものをポートレイトしたかった。ノラのように落ち込んだときは見栄えが良くないもの。心が折れそうになったとき、人はどうやってその状況を乗り越えればいいんだろう? そんなことを考えながらこの作品を撮りました。
ニューヨークで撮影をしたのはもともと暮らしていた街だから。勝手を知っていて便利だし、ロケ場所も知り合いのところを使わせてもらっている。それに加えて、街自体のエネルギーが魅力だった。大好きな街なの。スピードがとても速い街だから、仕事をしたり物事を合理的に進めるのに向いていると思う。そこではノラも仕事や恋愛に追われていて、とても日常的な印象を受けると思う。
逆にパリという街に対してはファンタスティックなアプローチをしたかった。愛の街として夢に描かれるような場所だし、多くの人がクリエーションを楽しんでいる。ニューヨークに比べるととても小さな街なんだけど、風景や光、それに人々の感じがとても素晴らしいし、時間がゆっくりと流れている。そこでは自分自身を改めて見つめ直すことができるんじゃないかと思った。
実は予定調和で終わるようなハッピーエンディングって好きじゃないの。でも友達には「お願いだから今回はハッピーエンドにして」って言われたわ(笑)。私はこの作品をノラの人生の一片を切り取ったような作品にしたかった。ラストシーンの後、ふたりがどうなっていくかは分からない。すぐに別れるかもしれないし、そのまましばらく一緒に過ごすかもしれない。でもこの作品はノラが自分の幸せを見つけるまでの物語だから、彼女はもう大丈夫なんだという風に終わらせたかった」

ジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズのあいだに生まれ、『ミニー&モスコウィッツ』でスクリーン・デヴューを飾っているゾエ・カサヴェテス。映画の撮影現場に産み落とされたような彼女は、ミュージック・クリップやコマーシャル・フィルムを数多く手掛けながら、本当に撮りたいのは映画だと断言する。本作の配役にもジーナ・ローランズをはじめ、ピーター・ボグダノヴィッチ、ベルナデット・ラフォンといった素晴らしい俳優たちが名を連ねている。そんな彼女が映画について語る言葉は、そのまま家族について語る言葉へとつながっていく。

「家族はもちろん大好きだし、そういう環境に生まれ育ったことは映画作家としてとてもありがたいことだと思う。両親は言葉ではなく行動でまわりをリードしていくタイプだった。彼らは映画を作りたいから作っていた。撮影の途中で資金が枯渇したら俳優業で収入を得て、それからまた撮影を再開する。配給までしていたわ。今ではありえないようなユニークな映画作りだった。父はとてもチャーミングで、エネルギーに満ち溢れ、知的で、ビジョンがあった。時代の一歩先を行っていた。誰も目にしたことのないような映像を作っていた。彼のすごいところは、女性の混乱や痛みを理解していたところ。そしてすべての根底には愛がある。愛を語る方法は限りなくあるし、そこにはつねに普遍性がある。父の性格も含めて、私は大きく影響を受けていると思う。18歳のときに父が亡くなって、そのときは映画監督になるなんて思っていなかったけど、彼の反骨精神、映画作りの根底のスピリットを受け継いでいるとするならば、それはずっと持ち続けていたい。
今回、母と一緒に映画をつくることができたのは最高だったわ。だってジーナ・ローランズを演出したくない監督なんていないでしょ? 映画を作ると決まってすぐに彼女に出演をお願いしたの。電話で役柄について話したとき、彼女はすごくためになるアドヴァイスをくれたわ。それから今までやったことのないファニーな役にしてほしいと言われたから、実際の彼女とは正反対のキャラクターにしたの。彼女は私に「結婚したら、ボーイフレンドはどうするの?」なんて絶対に聞かないわ。偉大な女優と一緒に仕事ができただけでなく、本当の母親と一緒に仕事ができたことは、本当にすごい体験だった。彼女は私を監督としてリスペクトしてくれて、お互いの仕事ぶりも見ることができた。また私の作品に出てほしいと思うわ」

あるときはファッション・ブランドのデザインに関わり、またあるときはケーブル・テレビの番組を手掛けるなど、その多彩な活動で知られているゾエ・カサヴェテス。それらの多くで彼女は友人・知人たち—ソフィア・コッポラ、ジャン・トゥイトゥー、アナ・スイら—と仕事をしている。彼女はこれからも同時代のクリエイターたちとともに歩んでいく覚悟だ。

「ソフィア・コッポラとジェームズ・グレイが同世代で本当にお気に入りのふたり。クリストフ・オノレやウェス・アンダーソンもスタイルを確立している監督たちだと思う。歴史の中で他から群を抜いて素晴らしい映画作家がいるけど、彼らもそうだと思う。映画を変えようと日々努力している作家たちと一緒に何かができるのはとてもエキサイティングなことね。彼らを友人に持つというのは本当に素晴らしいこと。特にソフィアは私のことを誇りに思ってサポートしてくれるし、今回の映画作りでもとても助けられたわ。映画を作るうえでの技術的な問題や苦労を相談し合ったり、おかしな話で笑い合ったりできる。みんながとても近くにいる実感がある。そういう人たちと同じ時代に映画を作れるのは本当にエキサイティングなことだわ」

(2008年11月15日、構成・宮一紀)

『ブロークン・イングリッシュ』
12月13日、恵比寿ガーデンシネマ・銀座テアトルシネマ他にて全国公開
公式ホームページhttp://broken-english.jp/index.html