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October 14, 2005
『前川国男──賊軍の将』宮内嘉久、『吉阪隆正とル・コルビュジエ』倉方俊輔梅本洋一
[ book]

小学生の頃、ぼくは神奈川県立音楽堂へ鰐淵晴子のヴァイオリンを聞きに行った。ぼくが行きたかったわけではなく、母親が息子の「情操教育」によいと勝手に判断して、小学校のクラスで団体販売していたチケットを買ったのだと思う。そこで、後に女優になる天才ヴァイオリニストが何を演奏したかはまったく覚えていない。ぼくが覚えているのは、桜木町から少し歩いた場所にある坂道を上り、その中腹にある駐車場から音楽堂に入ると、とても光りにあふれた空間に出会い、とても和んだことだ。
大学生の頃、ぼくは、短期間だけれど、登山とスキーのサークルに属していた。そのサークルに入った理由は、そのサークルが蓼科に山荘を持っていたことだ。大きな円形と小さな円形がふたつあり、その間を渡り廊下が繋いでいた。大きな円形の建物も小さなそれも円錐であって、中央に暖房が設えられていて、その煙突が円錐の頂点から外部に出ている木造だった。コンパの時、ぼくらはその暖房の周囲で雑魚寝をした。大きなストーブの上には巨大なやかんが置かれていて中には水ではなく日本酒が入っていた。
短期間でそのサークルを辞めた後、ぼくはフランス語を習い始めた。まずアテネフランセに行って習うことにした。お茶の水と水道橋の間の高台にあるアテネフランセは中央線から見ると、ピンク色でとても目立っていた(変だった)。各階には窓のない廊下があり、なんだか暗い感じがした。でも地下に降りると、傾斜地に建つその建物の西側は大きく開かれていて眩しいほどの西日が差し込んでいた。
その頃、ぼくはクラシック音楽好きの友人に誘われて、よくコンサートに行った。いちばんよく行ったのは上野の東京文化会館だった。コンサートの始まる前にそこに着くと、いつも子どもの頃、神奈川県立音楽堂のロビーに和んだことを思い出した。
大学院ではベケットを中心としてフランスの現代演劇を勉強したが、当時の最大のイヴェントは、ルノー=バロー劇団が来日して、ジャン=ルイ・バローとマドレーヌ・ルノーがベケットの『美しい日々』を上演したことだ。場所はアテネフランセから、もっとお堀に近い日仏会館ホール(旧)。地下にあるホールの横にはピロティがあった。
初めてパリに行った僕は、当時、友人が住んでいた大学都市のスイス館に行った。1階のピロティに着くと、ぼくはまた神奈川県立音楽堂を思い出した。最下階はもっとも光が入らず暗いのが常だが、スイス館の1階は光りにあふれていた。
『前川国男──賊軍の将』『吉阪隆正とル・コルビュジエ』を読んでいて、ぼくには今書いたような様々な空間の記憶が甦ってきた。神奈川県立音楽堂、東京文化会館は前川国男の設計、そして、サークルの山荘、アテネフランセ、旧日仏会館は吉阪隆正の設計、そして大学都市スイス館はふたりの師匠・ル・コルビュジエの作品。加えて、アテネフランセからフランス語を習う場所を東京日仏学院に変えたぼくは、小さいけれどもとても趣味の良いホールとその中央にある階段をとても気に入った。さらに東京を離れて美術館に行くとき、ぼくは決まって鶴岡八幡宮の裏にある神奈川県立美術館を訪れていた。それらふたつは坂倉準三の設計だ。思い出してみれば、ぼくの周囲には常にル・コルビュジエ直系の空間があり、坂倉、前川、吉阪という直接ル・コルビュジエの教えを受けた建築家の空間の中で、ぼくはその時代その時代の人生の節目を迎えていたのだった。『前川国男──賊軍の将』の著者は、前川の建築と伴走したジャーナリストであり、同時代の中で前川の姿を明瞭に描き出し、『吉阪〜』の著者は、71年生まれの若さから吉阪の文献を徹底して洗い出すことで、吉阪についての仮説を導き出している。2冊の書物を読んで、ふたりの建築家の努力や個性を知ることができるが、それと同時に、彼らの建築は今なお東京や横浜の建築の中で独自のものであることも理解できる。つまり、彼らは今なお傍系であり、決してメインストリームにはいない。だが、とりあえずぼくの生活の中で、このふたり(そして坂倉準三)の生み出した空間は立派にメインストリームになっている。
投稿者 nobodymag : October 14, 2005 07:49 AM
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