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February 25, 2007
『So Lucky』ノエル・アクショテ茂木恵介
[ music]
聴いたことのあるメロディー。当然だ。カヴァーなんだから。聴く度に、それを歌っている歌手が違う。ある時は、むさ苦しい集団が。またある時は、フリフリの衣装を身に纏った悲しき熱帯魚達が。それよりも、乳癌を克服したアブサンの妖精を演じた紫の下着が良く似合う女性の方が有名だろう。そんな彼女の楽曲をギターのみで、シンプルにコードとメロディーを爪弾いているのがノエル・アクショテの新譜だ。時折聴こえる、指が弦を滑っていくグリッサンドの音、右手が弦を捉える瞬間に鳴る音、そして胃の中にまで響いてくる低音。重なることを拒否するのではなく、むしろ重なることを求めるこれらの音の群れは、華やいだ装飾、あるいは衣装を一つ一つ脱がしていく。艶かしくも、愛らしい裸体は、光輝くステージではなく、月夜の灯りに照らされるあるアパルトマンで奏でられるメロディーによって浮かび上がる。
アパルトマンの室内は、ベッドとテーブルしかない、そっけない空間で、テーブルの上には、カレンダーが置いてある。日捲りになっているそのカレンダーを過去の日付に合わせることで、そこで出会った人の顔を思い出す。フィリップ・ガレル、バルネ・ウィレン、ジャン=クロード・ヴァニエ。男は、その姿をスクリーンを通じて見たのかもしれない。そして、男はそれが初めて出会ったかのように、イタリア映画や在りし日のチェット・ベイカー、そしてジョン・フェイヒーの音を聴いた。日付を前に戻すことによって、浮かび上がる顔、そして彼らとのある物語。それは、決して煌びやかなステージで繰り出されるヒット曲の数々によって思い返す、あの時の自分と歌手の間で生まれた瞬間的で特権的な物語ではなく、もっと個人的で持続した物語だ。カレンダーを今の日付に合わせるように再び捲っていけば、重なっていく数字と共に浮かび上がる自らの歩み=物語に気付くはずだ。そして今、ギターを奏でることで浮かび上がった彼女の姿に欲情しつつ、彼女の過去を回想するこの瞬間も日付が変われば、過去になる。
もちろん、こんな話は作り話だ。でも、誰かと再会したり、ある曲を聴くことで再び動き出すものもあるはずだ。ノスタルジックに感じるのかもしれないが、そんなはずはなく、それは絶対的に現在進行形のものだ。だから、ある晩聴いた彼女の歌声によって、ギターを再び弾き始め、ようやく姿を現した彼女の裸は、過去の瑞々しい身体のままではなく、乳房を切除し、多少皺が目立つが、当時よりも引き締まった同い年の女性の身体だ。彼が爪弾いたのは、アイドル然とした当時の彼女の楽曲だけではなく、過去から今に至るまでの楽曲だ。だからこそ、目の前にいる女性の姿は瑞々しいのではなく、現在進行形のカイリー・ミノーグの姿を呈してるのだ。そして、爪弾いている男の顔にも、『Les Invisibles』の頃より皺が目立つようになった。
彼と彼女の生まれて、もう39年が過ぎた。そんな今、彼らの心臓が動き始めた頃を扱った映画が上映された。アクショテは、ガレルの新作を通じ、自分と彼女の心臓がもう39年も動き続けているのに気付く。彼らは革命を失ったのではない。そんな喪失感なんて知らずに、今まで生き続けたのだ。だからこそ、彼らはそんな革命に思いを馳せる。2000年も過ぎたにも関わらず、革命前夜に生まれた彼らは、本当の革命前夜だった両大戦間の在りし日の姿を、現前させようとした。そして、その時世界は本当に革命前夜だった。彼らは、革命を失ったわけではなかった。彼と彼女にとって、それは本当にラッキーだったのだろうか。
投稿者 nobodymag : February 25, 2007 08:26 PM
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