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February 05, 2009
『グラン・トリノ』クリント・イーストウッド梅本洋一
[ cinema]
このフィルムのタイトルであるグラン・トリノはクルマの名前だ。アメ車に詳しくないぼくはスペックを調べてみた。このクルマは72年から76年にかけて生産されたもので、そのスペックはV8、排気量7542cc、出力219/4000、最大トルクは50.6/2600ということだ。その巨大な排気量から考えても、グリーンニューディールが叫ばれる現在、決して作られることはないだろう。排気量の割には出力も219馬力であり、特長はトルクにあるくらいだ。
原作の舞台はミルウォーキーだということだが、撮影は、デトロイト。アメリカの三大自動車会社の本拠のある場所であり、イーストウッド扮するウォルト・コワルスキも50年にわたる長い月日をフォードの修理部で過ごし、今はデトロイト郊外の住宅で暮らしている。
フィルムは長年連れ添ったウォルトの妻の葬儀のシーンから始まる。ウォルトは妻に先立たれた悲しみよりも、葬儀に参列する孫たちの態度の悪さと式を取り仕切る若い牧師の未熟さを腹に据えかねている様子だ。
家に戻ると玄関の脇に置かれた椅子に腰掛け、何缶もパープスト・ブルー・リボンを空けている。このビールは、ドイツ系移民のパープストがミルウォーキーに伝えたビールだと言うが、ぼくは飲んだことがない。My favorite markと言っているくらいだから、きっとおいしいビールなのだろう。それに原作の舞台がミルウォーキーなのと関係があるかもしれない。なにしろミュンヘン、サッポロ、ミルウォーキーと言えば、世界三大ビール都市なのだから。
そんな彼の老後の生活を揺り動かすことになるのが、隣に住むモン族の一家だ。モン族というのももちろん知らなかった。フィルムには、ヴェトナム戦争でアメリカに味方したので、戦後ヴェトナムに住むことができなくなってアメリカに移住したという台詞があった。ヴェトナム戦争当時、ホーチミンルートで焼き畑などに従事していたモン族は地理に詳しかったことから、アメリカが秘密協定を結び、モン族にホーチミンルートの輸送路を攻撃する任務を負わせたという。ラオス国内で来たヴェトナムに対してゲリラ戦を繰り替えたモン族に武器を与え、軍事教練したのはアメリカだった。ヴェトナム戦争の犠牲者はアメリカ人が五万八千人だったのに対し、モン族の犠牲者は二〇万人に及んだと資料は伝えている。
隣家のモン族の若者のタオがモン族の不良にそそのかされて、ウォルトのグラン・トリノを盗もうとしたことから、タオとウォルトの、つまり朝鮮戦争の英雄と16歳のモン族の若者の物語が始まる。若者へのイニシエーション、いかにもイーストウッド的な物語である。大作(『チェンジリング』)と大作(『ヒューマン・ファクター』)の間に挟まれた小佳作かもしれないが、このフィルムには、そうした意味でイーストウッドのそれまでのすべてがあると当時に、デトロイトの自動車産業の現在や多民族国家としてのアメリカというきわめて現代史に開かれたテーマも存在している。『トウキョウソナタ』の黒沢清もそうだが、優れた映画作家というのは知らず知らずのうちに現代の歴史に参加してしまう。
1本の小さな映画の中で、今、ぼくたちが生きていることに関係する多様で多彩な要素に触れざるを得ないのを見ると、映画とは、スクリーン上に刻まれた物語であると同時に、否、それ以上に、世界に開かれ、そこから冷たい風の吹き込む窓であること、そのことを『グラン・トリノ』を見て感じない人はいないはずだ。
ゴールデンウィーク公開予定
投稿者 nobodymag : February 5, 2009 06:16 AM
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