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February 19, 2006

『ウォーク・ザ・ライン』ジェームズ・マンゴールド
須藤健太郎

[ cinema , cinema ]

 ジョニー・キャッシュの伝記映画である。しかし本作が語るのは、ジョニー・キャッシュの半生というより、彼とジューン・カーターのふたりの物語である。ステージ上でふたりが掛け合い歌う姿がスポットライトで照らし出されるように、マンゴールドはこのふたりに焦点を当てるのだ。しかし本作は、ふたりが出会い、一緒になるまでの過程を描いた作品ではない。
 彼とジューンがようやく結ばれ幸せな生活を始めることを示唆するラストに象徴的なように、このフィルムは「始まり」の映画なのである。ひとりの人物の半生、ふたりの人生を物語るにあたって、ここではいくつもの「始まり」が連続的に描かれるのだ。ラジオを通したジューンの歌声との初めての出会い、キャッシュの人生に重くのし掛かる兄の死、ジューンと初対面を果たす舞台裏、ツアー仲間からもらうドラッグ、そのような「始まり」の場面が繰り返されることで、あっという間に2時間20分が過ぎていく。そして、囚人たちからのファンレターに目を落としたキャッシュが、次の場面では刑務所でのコンサートに向け動き出し、気づけばそれが実現しているように、それらの始点は何らかの結果を必ずもたらすのだが、このフィルムにおいてはそこへと至る経過がじっくりと捉えられるということはない。時間が停滞するのを嫌うかのように、単純な物語が心地の良いリズム、小気味の良いビートに乗って滑走していくのだ。
 彼の50年に及ぶキャリアはサム・フィリップスとの出会いによって開始される。ゴスペルを歌い終わったキャッシュに向けて、サム・フィリップスは「ダメだ」と言い放つ。「そんなのじゃ何も伝わってこない」。自分の信心を疑われたと思い怒りを露わにするキャッシュに向けて、サム・フィリップスは続けて次のように言う。「死ぬ前に1曲だけ歌うチャンスがあるとしよう。自分がどういう人間だったか人に伝わるような、君という人を信じられるような、そういう歌を歌え。自分の人生をまるごと詰め込んで、1曲歌ってみろ。それは信仰とは関係ない」。屁理屈や言い訳はいらない。自分が本気で信じていて、そしてだからこそ人も信じられるような何かがつくりたいだけだ。ジョニー・キャッシュとジューン・カーターのふたりの物語であるからには、彼らを演じるホアキン・フェニックスとリーズ・ウィザースプーンがこの映画を背負うことになる。ホアキン・フェニックスはすごい。本気でこの役を信じ、人生をまるごと詰め込んでいるかのような迫力で、彼はキャッシュを演じている。

2月18日 型破りな愛のロードショー