『ママン』クリストフ・オノレ結城秀勇
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今年のカンヌ映画祭で最新作『Dans Paris』が高い評価を得たというクリストフ・オノレの長編二作目『ママン』。
冒頭からカメラは登場人物に肉薄し、ほとんど背景が見えないほどに人物を大きく映し出す。舞台となるのはスペインの避暑地で、海と広大な砂漠が広がっている抽象的な空間だ。そうなれば当然、そこに映し出される人物の身体が非常に重要な役割を持つはずなのだが、しかしこのフィルムがその点で特筆すべき成功を収めているようには見えない。主演のふたり、イザベル・ユペールもルイ・ガレルも、『ピアニスト』のユペールと『ドリーマーズ』のガレルのままでそこにいるような気がしてならない。しかも失敗してそうなったという感じではなく、それをはじめから監督が望んでいるのではないかという気さえした。
ただこのフィルムがまったく面白くなかったのかといえばそうではなく、むしろいくつかの点で非常に興味をそそられたのだ。それはバタイユとも、禁じられた性愛とも、密室劇とも無関係な、(英語の)ポップ・ミュージックが流れるシーンだ。エディット・ピアフの「愛の讃歌」のカヴァーが流れる中、ルイ・ガレルが雨の降る道路を走りながら祈るシーン。そしてラストのタートルズの「ハッピー・トゥギャザー」のシーンにはかなりぐっときた。これらのシーンがただ単に音楽によって物語を駆動する力を得ただけなのか、あるいは他のシーンに波及すべき力がこのシーンの内にだけとどまってしまったのかはわからないが、それを確かめるためにも是非彼の最新作を見たいと思った。
ラストのシーンの背景は、広大な海や砂漠でも、白い壁でもなく、具体的な(しかしありふれた)スペインの街角だった。ルイ・ガレルが登場するシーンで、彼がめくっていた写真集を思い出す。それはまったく同じ形の家が幾何学的に配置された町並みを真上から捉えた航空写真だった。『Dans Paris』では、そんな清潔で均質化された空間の閉塞感を捉えてくれているのではないかと勝手に期待している。