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May 17, 2007

『リンガー! 替え玉★選手権』バリー・W・ブラウンスタイン
結城秀勇

[ cinema , sports ]

 とりたててなにか言うべきことがある映画ではないのだがこの感動はなんだ。水曜のサービスデイの1000円で見たが、ひと言でいうと極めてコストパフォーマンスの高い映画だ。どんなに面白い映画を見ても、あまりこういった感想は持たないものだ。こちらが支払った対価に対して、非常に大きなものを返してくれてもったいない気持ちがする。これで人生が変わったりはしないが心地がよい。
 ファレリー兄弟がプロデューサーであるという情報から想像できるとおりの映画なのだが、彼らの監督作との差異はスペシャル・オリンピックの後援があることもあってか、下ネタがないことだろうか。下ネタのないファレリー兄弟映画なんてつまらない、かと思いきやこれが意外に良い。むしろどこか王道感が漂ってさえいるように思う。リンクレイターの「スクール・オブ・ロック』を少し思い出す。
 人がいいだけが取り柄の主人公が、とある理由から大金が必要となり、ダメ人間としか言いようのない伯父に言いくるめられ、知的障害者を装いスペシャルオリンピックに出場することになる。彼が「偽物」であることはすぐに同じ出場者であるルームメイトたちにばれてしまうが、圧倒的な強さで6連覇中のチャンピオンの鼻をへし折るため、彼らは協力する……というのだが、いったい何で主人公なら勝てると思ったのかはさっぱりわからない。ただ、彼が健常者だからという理由だけはなさそうだ。
 彼の正体を見破ったルームメイトたちは、「君が特別(スペシャル)じゃないことはわかってるんだぞ」と問いつめる。そのことを彼は重々承知している。彼がこんな人道にもとるような行動をとるハメになったのはひとえに彼が「特別(スペシャル)」ではなく、欲しいものを手に入れるためには長い長い列のだいぶ後ろの方に並ばなければならなかったからだ。けれども彼は自分の後ろに並ぶ人に「それが当然のことだ」という態度をとれなかっただけだ。それだけに、「特別(スペシャル)」なルームメイトたちが彼の嘘を見抜いた理由が面白い。「君が使った手は、僕らも何か欲しいときなんかに使ったりする手なんだよ、だからお見通しさ」。それはありふれた欺瞞なのであって、欲しいものがあるけれど長い列には並びたくない、そんな時には誰でも使う手なのだ。「特別(スペシャル)」であろうとなかろうと。神父だろうが、ゴロツキだろうが、障害者だろうがだれでも、他人を食い物にする。
 そんな中ひとりだけ本当の意味で「特別(スペシャル)」なのは、ヒロインただひとりなのだろうが、彼女の演技が素晴らしいとか、彼女を捉えた奇跡的なショットがあるとか、特にそういうわけではない。ただニコニコしている。そしてあっけなく許す。『スパイダーマン3』のトビー・マグワイアも、ほんとはこんな顔をすべきだったのだと思う。

シアターN渋谷にて18日(金)まで