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June 7, 2007

キリンカップ 日本対コロンビア 0-0
梅本洋一

[ cinema , sports ]

 「海外組」が揃った参加した対コロンビア戦は、オシムがめざすフットボールがとても難しいものであることを証明した。中盤に稲本、左サイドに中田浩二が起用された前半は、中盤のプレスがまったくかからず、そのふたりがほとんど消えていた状態だった。後半にそのふたりに代えて羽生と今野が投入されると、まるでカンフル剤が打たれた体のようにチームが甦った。稲本と羽生のプレイスタイルが異なるのは事実だが、今野と中田浩二のそれはあまり変わらないだろう。つまり、どれだけ長い時間をこのチームメイトたちと過ごせたかという時間こそ、オシムのめざすフットボールについて極めて重要なことなのだ。
 絶対的なフォワードである高原はともかく、俊輔は前のペルー戦、そしてモンテネグロ戦と2戦を体験し、インタヴューでもワンタッチ、トゥータッチを心がけたと言っている。中村憲剛と俊輔というやや右サイドに寄ったふたりがこのチームの中心であることはまちがいない。そうしたとき、やはりセントラルミッドフィールダーである稲本はいったいどんなプレイをすればいいのか、押し込まれ中で絞るよりも他に手のなかった中田浩二はどうすればいいのか。そんなことを探っている内に前半が終わり、ふたりは交代を命じられた。
 各国リーグ、チャンピオンズリーグ、UEFAカップ等で圧倒的にクラブで過ごす時間が多いヨーロッパでプレイする選手たちにとって、クラブでの位置取りというのはほぼオートマティスムが支配する領域であって、「考えて走る」ことはないだろう。ヨーロッパの代表監督の多くが、選手たちを所属チームのポジションで使い、その足し算がチームを形成していることは周知の通りのだ。彼らは決してポリヴァレントな役割を求められない。監督側からは、それを求めたくても一緒に練習する時間がほとんどなく、各クラブのポジションの接ぎ木しか可能性がないということになるだろう。かつてのオランダのように目を見張るような「新たなフットボール」がW杯やユーロからは生まれにくくなった原因がそこにあるだろう。
 そうした意味においてオシムのチームは、セレクション・チームであるナショナル・チームの特徴を備えたものであるよりも、クラブ・オシムのような創造性が求められることになる。長い旅から帰国して数回練習して体現できるほど、オシムのフットボールは簡単ではない。確かにジェフのサッカーのように、このフットボールは面白いのだが、フットボールのグローバリティがかつてよりもずっと高度になった現在、彼のようなフットボールがナショナル・チームに可能なのかどうかを判断するのは難しいことだ。アジア・カップのような長い合宿生活が強いられる期間にどれだけ熟成させることができるか。あるいは、オシムは「国内組」プラス俊輔、高原で今のチームを洗練させることを選ぶのか。このチームは、そうした分水嶺に来ているようだ。