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December 3, 2008

『クリスマス・ストーリー』アルノー・デプレシャン
梅本洋一

[ cinema , cinema ]

 この不思議な家族の話を要約するとかなりの文字数になるだろう。物語は単純ではない。ここでは、血縁、生と死、そして善と悪という根源的なことがらが物語のエンジンになっている。それらが複雑に絡み合って、血縁を抗いがたい求心力にした家族が提示されている。場所は、デプレシャンの他の映画同様、ルベーだ。そして、季節は、タイトルが示唆するように、クリスマス前からクリスマスにかけての数日間。散り散りになった家族は、両親の住むルベーに戻ってくる。一族再会。そして、両親とふたりの息子とひとりの娘がルベーに帰ってくるだけではない。彼らの従弟の画家も、そして、長兄の恋人も、次男の妻とふたりの子どもも、娘の夫と彼らの精神を病んだ中学生の息子も、ルベーにやってくる。そして、この家族には幼くして死んだ息子がいることも書いておかねばならないし、そして──この「そして」も重要だ──、彼らが全員ルベーに戻ってくるのは、年に一度のクリスマスに「一族再会」することが、その目的の中心にあるのではない。母ジュノン(カトリーヌ・ドゥヌーヴ)が重い血液の病にかかり、骨髄移植こそがその病を快方に向かわせる唯一の希望であり、家族のそれぞれは、移植の可能性についての診断書を手にしている。そして、死んだ長男のジョゼフも、ジュノンがかかっているのと同じ病によって、この世を去った。そして、長女のエリザベット(アンヌ・コンシニー)と長男のアンリ(マチュー・アマルリック)は金銭をめぐるトラブルから長い時間顔を合わすことも、言葉を交わすこともない。それらが『クリスマス・ストーリー』の前提である。大家族の中のいったい誰が、ジュノンに骨髄を提供できるのだろう。それが多くの副筋を繋ぐ核になっていくだろう。そしてフィルムは、まさにそのように展開していく。
 ところで、この複雑な物語の多くの登場人物たちの中で主人公はいったい誰なのだろう。幼くしてなくなり、映画には登場しない不在のジョゼフかもしれない。デプレシャンとエマニュエル・ブルデューによるシナリオは、その不在という空白の中心から物語を紡ぎ出しているが、このフィルムの登場人物は全員等価として扱われ、登場すると自己紹介しながら──つまり、これは物語なのだと告げながら──、他の登場人物たちが作る輪の中に入っていき、次第に話者のひとりになっていく。等価という点では、従弟のシモン(ローラン・カペルート)も次男バンジャマン(メルヴィル・プポー)の妻シルヴィア(キアラ・マストロヤンニ)も長女の息子ポール(エミール・ベルリング)、さらにアンリの恋人フォニア(エマニュエル・ドゥヴォス)といった、もし家系図を書くとすると少しばかり周縁的な人々さえ同じように等価であり、ぞれぞれが物語の上でも重要な役割を演じている。まるで不在の中心から紡ぎ出された人々のそれぞれにスポット・ライトが当たり、それぞれが得意のナンバーを一曲ずつ演奏しながら、舞台の背後に退いていくように。エリック・ゴーティエによるキャメラが揺れながら、ひとりの登場人物から別の登場人物へと移動していき、その人が画面の中央に収まると、また別の物語が織りなされていく。だから主人公という物語の関心の中心は、死んだジョゼフのように不在のままだ。
 等価なのは、物語の登場人物たちばかりではない。登場人物たちが発語する夥しい量の言葉が並立し、それぞれが衝突し、クリスマスの一族再会に亀裂を入れていく。亀裂は、登場人物たちの関係にばかり走るのではない。彼らの音響が重層し、それぞれの言葉が破擦音を生んでいくように、このフィルムに盛られたジャズのスタンダード、ラップ、バーナード・ハーマン、ストラヴィンスキーといった多くのジャンルの音楽までもが、騒音と一緒になって、等価に重奏し、重層する世界を作っていく。背後に背負い、ときには正面に貼り付いた「過去の偉大な映画」──『コンドル』『ヒズ・ガール・フライデー』『汚名』『めまい』──もまた、そのどれかが主導権を握ることなく並列されることで同じような重要性を持っている。そのどの要素も、この映画の監督にとっては、欠かすことのできない「血縁」の証明になるだろう。証明しなくてはならないのだ。「わたし」は、このフィルムを今、つくっている「わたし」は誰なのかを。だから「わたし」は、「わたし」が生まれた、つまり、血縁の始祖である場所ルベーに、西欧というキリスト教が形作る世界を誕生させたイエスが生まれたこの日に戻っていかなくてはならない。「わたし」の耳がこれまでに聴いてきた音響と「わたし」がこれまで見てきた映画作品の一覧表を携えて、「わたし」の忠実な俳優たちと一緒にクリスマスに「一族再会」を試みる。
 だから『クリスマス・ストーリー』はアルノー・デプレシャンのこれまでの作業の集大成であり、真摯な信条告白でもある。