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August 4, 2009

『3時10分、決断のとき』ジェームズ・マンゴールド
渡辺進也

[ cinema , cinema ]

 アメリカでの公開から2年遅れて、この度日本公開されるジェームズ・マンゴールドの新作は1957年にデルマー・デイヴィスによって監督された『決断の3時10分』のリメイク作品である。名の知れた悪漢を生活苦の農場主が金のために護送するストーリーを持つ、勧善懲悪に収まらないこの西部劇を、オリジナルのストーリーをほぼ変えることなく、そこにオリジナルでほとんど描かれることのない、駅馬車を襲う場面や護送する道中などより西部劇の要素をふんだんに入れてリメイクが行われている。西部劇でありながら、主役を演じる俳優は、ひとりはオーストラリア人のラッセル・クロウ、もうひとりはイギリス人のクリスチャン・ベイル。これまでも俳優の使い方には定評のあるマンゴールド。ここでも俳優の選択に特徴がみられる。

 駅馬車から奪った金を山分けするために立ち寄ったバーで、ラッセル・クロウ演じるベン・ウェイドは昔馴染みの女を見つけて口説きだす。ふたりきりとなったバーで後ろから女を抱きしめ、思い出話をしながら耳元でささやく。
「お前の青い眼を見せてくれ」と。
 捕まってしまったラッセル・クロウ=ベン・ウェイドが、盗賊たちの眼をくらますために連行されたクリスチャン・ベイル=ダン・エヴァンスの農場で、エヴァンスの妻の瞳を見て――グリーンだ――、昔深い仲となった娘の話を始める。
「その娘は瞳が海に吸い込まれるようなグリーンだった」と。

 デルマー・デイヴィスによる『決断の3時10分』にもあるこの台詞が、マンゴールドのこの作品でより強く印象付けられるのは、デルマー・デイヴィス版がモノクロの映画であったからというよりも、ラッセル・クロウの瞳が青いことによるかもしれない。粗野な容貌、常に殴られたように腫上がった顔面。一見悪役顔のこの俳優が良心的な役柄をこなすことを度々見てきたけれども、この俳優には他の俳優には真似できない、その顔にはっきりとした美点を持っていて、それは彼の瞳が色鮮やかな青い瞳だということなのだ。『シンデレラマン』でリングの上でぼこぼこに殴られたボクサーを演じていてもその瞳の色はまだ死んでいないかというように青い色を保ち続けており、『ビューテイフル・マインド』でこの俳優にタイトルの通りの説得力を与えているのはやはりこの瞳の色だとしか思えない。ラッセル・クロウはその青い瞳に役を体現させることのできる希有な俳優なのだ。
 ラッセル・クロウのふたつの台詞によって、瞳の色を印象付けられると、もう出てくる俳優がみな青い瞳をしていることに気付かざるをえない。クリスチャン・ベイル。つぶらな瞳で黒目のほうが多いがその周囲に見える青さ。その息子役の子役。ラッセル・クロウ以上に真っ青だ。ベン・ウェイドの一味チャーリー・プリンスを演じるベン・フォスター(今後他の映画で出てきたときにその名を忘れぬように彼の名をここに記しておきたい)。そして、ピーター・フォンダ。みんな瞳は真っ青だ。太陽の光を浴びた彼らの瞳は、焚き火の光を浴びた彼らの瞳は、敵が襲ってこないかと視線をこらすその瞳は青く透き通る。
 そして、この瞳の色に注目したとき、マンゴールドは西部劇が視線劇であることを思い起こさせる。谷間を走る駅場所を見下ろす斜めの視線が導入され、荒涼とした大地の先には一味の姿がひょっこりと現れる。街に入れば住民たちはよそ者に冷たい視線を向け、撃ち合う男たちの間に視線が交錯する。他のどの映画にも増して西部劇が視線劇となりうるのは、たとえ相手が見えようとも確実に相手を倒せないからだ。何マイルも先の相手を見つけても、それはライフルの射程外であり、屋根の上から相手を狙おうとも撃った弾があたるかどうかは運次第。男たちは様々な距離で視線を交わす。
 オリジナル版と大きく変わったラスト・シーン。そこにも青い眼が関係あるのではないか。オリジナル版ではそこにいなかったはずの青い眼をしたある男がすべてを目撃し(オリジナルですべてを目撃するのはエヴァンスの妻だ)、青い眼をした者たちが向かい合い眼を見開き視線が交錯する。ラッセル・クロウの眼は青い。西部劇にオーストラリア人のラッセル・クロウを配役すること。マンゴールドはやはり確信犯的に俳優を選択するのだ。

8月8日(土)より新宿ピカデリー他全国ロードショー!

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監督:ジェームズ・マンゴールド
原作:エルモア・レナード
出演:ラッセル・クロウ、クリスチャン・ベイル、ピーター・フォンダ
配給:シナジー 提供:ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント 
2007年/アメリカ/2時間2分/シネマスコープ/ドルビーSRD  
原題:『3:10toYuma』
公式サイト:310-k.jp