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February 17, 2010

サッカー東アジア選手権
梅本洋一

[ book , sports ]

 1勝1分1敗という成績もちょっと信じがたいが、実際にゲームを見ると、問題なのは、その内容であることが誰の目にも明らかだ。岡田武史の続投を問う声が大きくなっているのも当然だろう。
 このチームではすべての起点にならざるを得ない遠藤にボールが渡っても、虚しく首を振るばかりだ。遠藤の後方に位置する稲本は、ボールを持っても、バックラインに戻す選択しかない。内田、長友の両翼はしっかりマークされている。空いているケースが多い大久保にボールを渡しても、その後の展開力は皆無だ。コンセプトが先走りしすぎているという論評が多いが、どんなフットボールをするのか、というコンセプトは選手たちのプレーぶりから一切伝わってこない。オシム時代は、まず走り勝つこと、そしてボールを前に繋ぐこと、すべての選手がそれを試みていた。だから、たとえゲームに負けたとしても、まだ見所はあった。しかし、東アジア選手権の3ゲームを見る限り、岡田武史がどんなフットボールをしたいのか、どのようにゲームを作っていきたいのかまったく見えない。安全なパスを選択するがゆえにパススピードは遅くなり、ゲーム展開は遅延するばかり。「動きだし」がほとんど見られないから、ワンタッチ、トゥータッチのパスが見られない。そして、思い切って仕掛ける勇気を持ったプレーもほとんどない。いったいこのチームは、どうやって勝つつもりだろうか? W杯ベスト4など、もとから誰も信じていないだろうが、このようなチームを目の当たりにすると、ジーコ時代よりも悪い。何もしないジーコに対して選手たちは、どうにかしようとはしていた。でも、今回、チームを変えようとする選手は見当たらない。
 フランス協会以外、こうした監督を留任させる協会はないだろう。監督の仕事は勝つことも重要だが、選手たちの能力を100パーセント出すように仕向けることだ。少なくとも東アジア選手権の3ゲームで、目立った選手はいなかった。ということは、監督の編成能力がないということだ。育成型の監督にも選手権型の監督にも共通する仕事とは、ゲームを通じて、こんなフットボールをするという形をアピールして、その形で勝利を収めることだ。ファーガスンもヴェンゲルも、そしてグアルディオラも、モウリーニョも同じ仕事をしているし、彼らのチームは、ユニフォームを代えても、選手の仮面を付けさせても判る。国立競技場を包み込んだブーイングの嵐は、今から13年近く前の同じ場所で対UAE戦のドローの後と同じだ。当時の観客はもっと熱くて、カズに卵を投げた奴までいた。そして、当時のチームも、加茂解任の後を受けて就任した岡田武史が監督だった。彼が監督になってもパッとしないゲームが続いたが、それを劇的に変えたのは、中田英寿だったことは皆が覚えている。
 原博美は、次戦のバーレーン戦には、欧州組を入れると言っている。森本、本田、松井、長谷部、俊輔……。長谷部を除いて大して活躍している選手はいない。それに本田もCSKモスクワに移籍したばかりで、どうなるのか。