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July 17, 2010

『クレイジー・ハート』スコット・クーパー
梅本洋一

[ cinema , cinema ]

 落ちぶれたカントリー&ウェスタンの歌手の巡業、そして人生の最後の輝きと再生──ありふれた物語だろう。もちろんこのフィルムを見に行ったのは、このフィルムで主演してオスカー主演男優賞を獲得したジェフ・ブリッジズのことを俳優として大好きだという理由もあるけれども、このフィルムを監督したスコット・クーパーのインタヴューを読んだからでもあった。
 今年40歳になるスコット・クーパーにとってこのフィルムが初監督作だ。インタヴューでは、彼が影響を受けた作品として『ナッシュヴィル』(アルトマン)、『ファット・シティ』(ヒューストン)などが挙がっている。若いアメリカ映画監督の中で、これはとても生まれが良いと思った。ジェフ・ブリッジズを主演に迎えたのは、彼が俳優であると共にシンガーでもあり、彼が主演した『夕陽の群盗』(ロバート・ベントン)が大好きだからだとも言っていた。ますますスコット・クーパーの処女作への興味が膨らんだ。さらに資料を調べだすと、このフィルムには、プロデューサーとしてロバート・デュヴァルが加わっているし、デュヴァルは出演もしている。そして音楽の制作には『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』で音楽監督をやったT・ボーン・バーネットと、『天国の門』などに出演したスティーヴン・ブルトンが参加している。
 長いワイディング・ロードを一台のステーションワゴンがゆっくりと走っていく開幕から、このフィルムの素晴らしさが確信されるだろう。トラヴェリング・シンガー、カントリー&ウェスタン、そして老年。ジェフ・ブリッジズの姿が、クリス・クリストファーソンに二重写しになるのはぼくだけだろうか。同時に『サンダーボルト』を思い出すのもぼくだけだろうか。
 立ち寄る酒場やモーテルの姿が良い。酒場の奥でピアノを弾く中年男とジェフ・ブリッジズの会話が良い。屋外コンサートのシーンの撮影は秀逸だ。
 至る所に演出上の小さな発見があり、それが物語を信憑性のあるものに変えていく。ジェフ・ブリッジズ、マギー・ジレンホールの演技も非常に良い。こうしたアメリカ映画の小佳作にはなかなかお目にかかれない。アメリカ映画にはっきり存在していたロード・ムーヴィーと音楽の伝統を久しぶりに思い出した。もちろん『センチメンタル・アドヴェンチャー』には及ばないけれど、スコット・クーパーが心に秘めた映画への志は評価してやりたい。

全国順次ロードショー中