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November 28, 2011

『ニーチェの馬』タル・ベーラ
増田景子

[ cinema ]

 10分ほどだっただろうか。数分遅れて入り着席して数秒後には、荷車を引く馬が走る様だけをただただ見ていた。
 きっと白か灰色で、お世辞にもきれいとは言えない毛並みの痩せ馬なので、そのものに目を奪われたというよりも、馬が全身の筋肉を使って行っている運動に目を奪われたということなのだろう。だからといって、馬が変わった動きをするわけではない。馬は鼻息荒く、課された任務、つまり荷車を引っ張るために淡々と走っているだけ。それをカットを割ることなくキャメラが左から、正面から捉えているだけなのだ。
 そんな体験は、リュミエール兄弟の撮った映画を見る100年ほど前の観客に近いのかもしれない。スクリーンに映る馬というオブジェクトが動いているということがなんだか有り難く、面白いのだ。
 そして馬は御者をしていた男の暮らす小屋に到着し、馬も映画の舞台もその小屋に定住することになる。馬が小屋に仕舞われてからというもの、スクリーンはだんだんと動きを失っていく。

 「退屈な映画」とタル・ベーラ監督自身が上映後のトークで、開口一番に自らの作品を野次していたが、一カ所に留まり、一定の動きを反復してからの映画は、冒頭の馬の運動を放棄してしまったかのようだ。
 そのためだろうか、(さらに18時以降という時間帯のせいもあるかもしれないが)馬が小屋に仕舞われてから前に座る男性と右隣の女性が船をこぎ出した。どうやら会場をちらと見たところによると彼らが特別というわけでもないようだ。しかし、彼らがそのうたた寝から目覚めたところで焦ることは何もないだろう。この馬が小屋に来てからの6日間を描いた映画は、停滞し多少の差異を伴いながら反復しているので、目覚めたところで、まだ先と同じ様に小屋で着替えて夕飯を食べる父娘の姿を見るだろうし、小屋の外の暴風は止んではいない。多分、どのくらい自分の意識が飛んでしまったかということがわからないだろう。たまたまつなぎがよければ30分寝ていたとしても、一瞬で済んだと思うこともありえてしまう。

 この動くことを止め、留まってしまったということを「不朽」と言い換えてみてはどうだろうか。その言葉はどことも、いつとも、誰とも言えぬ神話に近いような情景を映し出したこの映画に似つかわしい形容な気がしてくる。タル・ベーラ監督の最後の作品は「不朽の映画」である。


2012年2月シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー