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October 20, 2014

女優・中川安奈のこと
佐藤央

[ cinema ]

 2014年10月18日。二日酔いの朝に中川安奈さん逝去の知らせを聞く。今から6年前、それは2008年8月17日だったと思う、『シャーリーの好色人生』というとても小さな映画を撮影していた酷暑の水戸で、はじめて安奈さんにカメラを向けた時の驚きを今もはっきりと覚えています。いや、正確にははじめてカメラを向ける前、日本家屋の玄関口で出勤する夫(小田豊)を見送る場面での何でもないセリフのトーンについて、たった2、3の言葉を交わしただけのやりとりの方が私にとって印象的だったかもしれません。クランクイン前にリハーサルどころか読み合わせもまったくせず、衣装合わせの際に「何か質問などありますか? 少し変わった方言でのセリフですが、イントネーションとかわからないことなどないですか?」という、当時20代であった私の言葉に対して、しばらく台本に目を向けた後「いえ、大丈夫です」と自然体そのもののさわやかな笑顔でお応えになられたのが、安奈さんとの事前のやりとりのほとんどでした。
 ですので、こちらから申し出たのか、安奈さんから提案されたのかは忘れてしまいましたが、「まずはセリフのトーンの確認をしておきましょう」といくつかのやり方でセリフを言ってもらいました。それから10分も経たないうちに、おそらく3つくらいのやり方でセリフを言ってもらったと思いますが、「ではこの映画を通してのセリフのトーンは今のやつでいきましょう」と言うと、安奈さんは「わかりました」と迷いのない笑顔で応えられました。テストを始めると、出てきたセリフのトーンには見事なまでに狂いがありません。安奈さんにとっては何でもない当たり前のことだったと思いますが、これには小さな感動を覚えました。それからはテストの際も、本番でも、他の場面でも、ぴたりと同じトーンでセリフを発せられたことは言うまでもありません。その類いまれなる耳の良さと、セリフの口跡の良さに深い感動を覚えたことは、よりはっきりとしたイメージで私の中に刻み込まれているのかもしれません。
 安奈さんにひとたびカメラを向けると、「カメラに映るとはこういうことか」という驚きがありました。それはブレヒト演劇を日本に紹介した中心人物として知られる演出家の千田是也と画家の中川一政を祖父に持ち、テレビ演出の中川晴之助を父に持つという筋金入りの芸能の血筋とドイツ系のクォーターとして持って生まれた先天的なものとともに、1988年に『敦煌』でデビューしてから後、バブル華やかりし時代にカメラの視線を一身に受けてきたという経験的なものもあったのでしょう。じつに華やかであり、はっきりとした輪郭で身体がカメラに映る存在感を持っておられ(もちろん、押しつけがましい存在感ではまったくなく、自然でいて豊かな存在感がとても素晴らしかった)、カメラを向ける度に私ははっきりと「この人はまぎれもなく映画の主演女優に相応しい方だ」と思わざるを得ませんでした。撮影を進めていくにつれ、更に感動したのは、この方が無用なアドリブなどに頼ることなく、同じ芝居を何度繰り返してもつねに新たな驚きを与えることができる、まぎれもない「映画女優」だったということです。もちろん、安奈さんは舞台女優としてのキャリアも素晴らしいことはわかっておりますし、特に21世紀以降はその活動を舞台に専念されておられたのも事実です。ですが、これほどカメラから視線を受ける術を先天的にも経験的にも知っており、かつ演技の技術的にもハイレベルである成熟した女優は今の日本において、あまりに希有な存在だったのではないでしょうか。
 しかるべきタイミングでいずれこの方を主演に一本映画を撮りたい。それ以来ずっと、密かにそう思い続けてきました。この方が主演ならば、マルコ・ベロッキオやカール・ドライヤーの映画のヒロインに肉薄した女性像が撮れるかもしれないと思い込んでおりました。それは私の勝手な思いでしたが、そのような映画を撮るチャンスを失ったことは、私にとっても、日本の映画にとっても痛恨の極みとして残ります。女優の力で一本の長編映画を見せきることができる、数少ない女優を私たちは失ってしまった。僭越ですが、これから更に花開いたであろう、女優としてのその可能性を汲み尽くすことができなかったことが、今は心から悔やまれます。


佐藤央(さとう・ひさし)
1978年生まれ。映画監督。法政大学卒業後、映画美学校フィクション・コース修了。『キャメラマン 玉井正夫』(2005)、『シャーリーの好色人生』(2008)、『MISSING』(2011)などを監督。その他の監督作に「結婚学入門」シリーズ(2009、10)や、『MOANIN`』(2010)、『3.11 明日』(2011)のうちの一篇「2011/1945」、ハロルド・ピンターの戯曲「背信」のリハーサル風景を撮影した『Talkee-talkee』(2011)などがある。