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January 26, 2018

『タイニー・ファニチャー』レナ・ダナム
隈元博樹

[ cinema ]

 主人公のオーラ(レナ・ダナム)は、絶えず痛みに取り憑かれている。しかし単に痛みと言っても、誰かによる暴力や中傷の矛先になるわけでもなく、またふいに誰かを傷つけてしまうものでもない。自宅に引きこもるわけでもなければ、口数の少ないタイプでもない。むしろ彼女は自発的に物事を選び、他者へと歩み寄ることに積極的な存在だ。それなのにオーラの選択は痛みとともにあり、冒頭から私たちはその光景を見守り続けることしかできない。
 オハイオの映像系大学を卒業した彼女は、何かの定職にもありつけず、人生初の彼氏との別れから数週間が経つ。ペットのハムスターとともに実家のニューヨークへと舞い戻るが、オーラを出迎える家族の姿はなく、写真家の母(ローリー・シモンズ)は地下のフォトスタジオに籠ったまま、妹のナディーン(グレース・ダナム)の長い足をキャメラのレンズに収めている。その後も母の関心は自身の仕事とオーラの妹へと注がれ、翌朝になれば「ここに住むなら私たちに合わせて」と、彼女は母からむやみに起こされるのだ。幼なじみのシャルロット(ジャマイマ・カーク)の紹介で決まったアルバイトの吉報は、高校の詩のコンクールで受賞した妹の話題にかき消され、地元のパーティーで知り合った憧れのユーチューバーのジェド(アレックス・カルポブスキー)とは、実家に招き入れるほどの関係には進展したものの、彼はオーラに対して何も求めようとはしない。ベッドの上ではウディ・アレンに関する本を読み耽るだけで、裸のまま寝ては起きての繰り返しのジェド。やがて母の反感を買った彼は、やむなくオーラの実家を立ち去ってしまう。そんな彼女を引きじりいっぱいに捉えるキャメラからも、シネマスコープの横長のフレームが捉える以上に、オーラの居場所とは窮屈かつ狭い空間であることがわかるだろう。
 『タイニー・ファニチャー』が描く痛みのメカニズムは、オーラの身体や習慣に基づいた自発的な行為と、それを受けて絶妙に生じた結果の上に成り立っている。たとえば彼女のぽっちゃり体型と右肩に彫られたタトゥーは、外出や帰宅時に繰り返す脱衣と着衣の反復によってその痛々しさを露わにし、その体型は細身で足の長い妹との差異を際立たせてもいる。また豊満な右腕に彫られたタトゥーは、中盤にかけて訪れる背中の施術の場面も相まってか、自らに刻まれた痛みの代償であることを如実に示しているかのようだ。そして誰彼なく「隣に行ってもいい?」と求める添い寝の儀式は、それが他者に受け入れられるか否かを問わず、どこか幼稚で大人げなささえも窺わせてしまう。
 だがこうした痛みのすべてが、彼女の行為から結果へと導かれる単一的なベクトル運動によって体現されているわけではない。ニューヨークへの帰郷は就職にもありつけず、初めての彼氏にもフラれたという結果が招いた選択であり、そのことでオーラは実家での窮屈な空間を背負う羽目になる。またジェドと別れた彼女は、低賃金で退屈なアルバイトも辞めたのち、その職場のキース(デヴィッド・コール)に誘われて、路上に転がった資材のパイプの中でセックスを交わす。まるでその光景は数多の痛みを受けてきた彼女が、やむなく身を異性に許してしまう致命的な行為だと捉えられるだろう。このように『タイニー・ファニチャー』は、ひとつの行為によって導かれる結果のみが、ある種の痛みとしてオーラに降り注がれているわけではない。そこで生じた結果が彼女にさらなる行為や選択に追い打ちをかけることで、痛みはつねに結果として立ち現れて来るのだ。
 ひとつの行為が痛みとしての結果をもたらし、その結果による行為が新たな痛みをもたらす。こうした堂々巡りの連鎖反応によって、オーラは行き場のない痛みに囚われ続けてしまう。ただしそれでも、最後に訪れた母との寝室でのやりとりは、自らの痛みの連鎖から解き放たれた救いの場面ではなかっただろうか。ようやく母の隣で添い寝を遂げたオーラは、自分と同じ年頃に綴った彼女の日記を盗み読んだことを白状し、そこに登場する男性との過去について共有することになる。おたがいの痛みを告白し合うことで生まれるそのひとときは、これまでの痛みの悪循環を経てオーラが辿り着いた救いの境地にほかならない。そして本国で公開されて8年の月日が経つものの、こうしてレナ・ダナムが『タイニー・ファニチャー』で描いた/演じた痛みが今もなお色褪せないのは、痛みを伴うことこそが今を生きることの証左でもあるからだろう。過去や現在を問わずこの映画の痛みとともに伴走した者ならば、「痛みに生きて」とささやくオーラのささやきがこれからも聴こえてくるにちがいない。

2018年1月27日(土)、28日(日)、渋谷TOEI にて二日間の限定上映(主催:Gucchi's Free School)