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August 12, 2018

『ゾンからのメッセージ』鈴木卓爾(監督) 古澤健(脚本/プロデューサー)インタヴュー

[ cinema ]

境界線で映画を撮ること

kakidashi20180113.01_12_59_05.Still005.jpgのサムネイル画像いまからおよそ20年前、謎の現象である「ゾン」によってあたり一面を囲まれてしまった夢問町。「ゾン」とは何か。単なる壁というわけではなさそうだ。「ゾン」の向こう側に行ってしまった人は帰って来ない。「ゾン」には近づくことさえ危険である。と、声高に語る者こそ限られているが、およそそこに住むあらゆる人にそのような考えは共有されていて、ここからの脱出(あるいは外への侵入)を試みようとする者はいない。「ゾン」とは何か。誰の目にも明らかな現象でありながら、まったくもって得体の知れない「ゾン」なるものと、夢問町の人びとは、誰もが各々の距離を保ち続けることで生きている。『ゾンからのメッセージ』はこの「ゾン」という歪な設定を、映画そのものにも関わる現象として配置することで、映画というものがあらしめる「境界」そのものを思考する映画だ。そのような選択は、『ジョギング渡り鳥』同様に、「いま」映画を撮るとはいかなる行為であるのかという問いに直結されている。この現代的にして冒険的な作品を手がけた、鈴木卓爾監督と脚本・プロデューサーの古澤健氏に詳しく話を伺った。(ネタバレ全開でこの作品の核心へと迫るインタヴュー全文は、NOBODY issue47で掲載予定です。)




──まず『ゾンからのメッセージ』(2018)の成り立ちについてお伺いします。


古澤 念頭にあったのはアンドレイ・タルコフスキーの『ストーカー』(1979)とデニス・ホッパーの『ラストムービー』(1971)。映画がカメラの前後を越境するということをひとつのテーマとして考えていました。『ラストムービー』は映画作りを勘違いしたメキシコの人たちが変なことをする作品で、おもちゃのカメラのようなものをみんなで作って、お祭りみたいなことをしている。そんなことやっても映画なんか作れないんだけどな......とは思いつつ、僕はあの映画がすごく好きなんです。当初は、この作品の舞台である夢問町を囲むシネカリグラフィの空のことは「ゾン」ではなくて「ゾーン」と呼んでいて、まだ簡単なシノプシスしかなかったです。それをもとに映画美学校アクターズ・コース第2期の授業で学生たちと一緒にシーンやセリフを作っていった。授業のたびに、住人たちが集まれる場所として「BAR湯」が必要だとか、町外れにも人が住んでいるに違いないといったシチュエーションを考えて、「今日は◯◯さんと△△さんが野原で会って、相手がお腹が空いているようなのでお菓子をあげる」みたいなエチュードを繰り返し、そのなかで生まれた台詞を僕が書き取って台本を作り上げていました。


──最終的にできあがった脚本にもそうしたエチュードは全面的に反映されているのでしょうか。


古澤 たとえばゾンの向こう側からこっちに飛び込んできたビデオテープを緩衝材のプチプチに包んで投げ返すという羽佐間一歩(高橋隆大)のエピソードは、エチュードのなかで「安全に気をつけて」というような台詞が生まれたときに、「安全って言葉は面白いね」みたいな話をして残ったものでした。僕は宮沢章夫さんの舞台、例えば『ヒネミ』という作品がすごく好きなんですが、その戯曲にはどこかの会社に物を運ばなければいけないというやり取りがあるんです。でも、会話をしていくうちに最終的にそんな会社は存在しないという話になってしまう。映画だとまずそんなことありえないけど、演劇ってこういうことが会話だけでできてしまうんだと驚いて、そういうニュアンスを『ゾン』でも出したかった。このビデオテープのくだりでは、そもそも一歩はビデオをゾンの向こう側に返さなきゃという素直な考えがあるだけなんですが、周りの人がそれに真剣に向き合わないことで、当初の目的とズレた緩衝材の話になっている。ただ、実際に撮影に向けて脚本をつくるときは、そういう考えはいったん脇に置いて、頭から書き直しました。


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──最初に脚本をお読みになったとき、鈴木監督はどのような印象だったのでしょうか。


鈴木 部分的には穴ぼこだらけの非常に変な作品なんですよね。たとえばその町にあるスーパーにはいつの間にか物が揃っている、みたいなありえないことが平然と脚本に書かれていたりする。そうしたことをきちんとSF映画として撮ろうとした場合、はたしてどこまで掘り下げればいいのか。舞台だったらありえるけど、映画ではありえないような要素をどこまで本気で扱えばいいのか。そういうことを考えるところから始まったんですが、最初からわりとリアルだなと感じていたのは、古澤さんから見た主要人物6人の人間関係です。映画美学校に集まって映画を作ろうとしている現実の彼らと彼らの演じる登場人物たちの関係が、どこかで重なっている。晶(飯野舞耶)と道子(律子)さんの関係にしても、晶と二宮(唐鎌将仁)とのやりとりも、二宮と貫太郎(石丸将吾)との男同士の関係も、まるで古澤さんの彼らに対するラブレターのようで、登場人物たちは最も大事に撮ろうと思った。たとえば「男同士の関係」というテーマは、古澤さんがこれまでも自分の自主映画で必ず扱ってきたものですよね。過去の自分と現在の自分との確執、それからライバルとの相克関係。作家・古澤健がいちばん現れているところはそれで、だけど扱うのは私はあまりやってきていなかったかもしれない。


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古澤 当初はもっとメタフィクション的な作品をイメージしていました。『ゾン』の脚本はもともと劇中劇として考えていたもので、本当はこの作品は鈴木卓爾+深田晃司の共同監督作品になる予定だったんです。つまり、劇中劇としての『ゾン』を鈴木卓爾組が撮っていて、その撮影風景を撮影している深田晃司監督がいるというイメージで、たとえば『エクソシスト』にある劇中劇ぐらいの規模感ですね。フィクション世界で人間関係が描かれつつ、そこでカットがかかると同じ場所で監督がスタッフと揉めていたりする。劇中劇の『ゾン』にも「越境」というテーマがありますが、これにメイキング部分でのカメラの前と後ろの越境みたいなものを加えたかった。ただ、計算違いだったのは、かつて自分が自主映画『古澤健のMっぽいの、大好き』(2008)で同じようなことをやったときだと、全てを統括する僕の視点でコントロールできたんですが、卓爾さんは渡した台本をただ映画化することだけを考えていたし、深田さんは深田さんでこの構造にピンとこなかったみたいで「メイキングを撮ればいいんだな」と単純に考えたらしく、撮影した素材を見るともう完全に水と油で、これはどう考えても一緒にならないな......と。とはいえ、深田さんが撮ってくれたカットや、美学校でのワークショップで撮った風景も完成した『ゾン』には入っています。


鈴木 最終的に僕がフィクションの部分を全部撮っちゃったってのが大きかったかな。僕がその話を聞いて思っていたのはピーター・ジャクソンの『光と闇の伝説 コリン・マッケンジー』(1996)とか、ヴィム・ヴェンダースとミュンヘンテレビ映画大学の学生たちが作った『ベルリンのリュミエール』(1995)みたいなフェイク・ドキュメンタリーだったんだけど、深田さんはガチのドキュメンタリーを撮ってきたんですよね。




故郷と東京を問い直す


──この映画では、夢問町という場所を取り囲むゾンという現象が、劇中でおよそ20年前から続いているという設定がありますが、撮影の行われた2014年を基準に考えると、ゾンはおよそ1994年に生じたものだということになります。その翌年である1995年は、阪神・淡路大震災、そして地下鉄サリン事件といった、今日の日本社会にも深く影響を及ぼした出来事が重なった年です。その設定には何か意図があったのでしょうか。


古澤 10年なのか20年なのか30年なのか、そこは明確に決めなければならないとは考えていました。たまたま僕が卓爾さんと会ってから20年だということもありましたけども、95年という年については、僕も一本違う電車に乗っていたらサリンの被害に遭遇していたということもありましたから、無意識ではなかったと思います。


鈴木 「ゾンによって町が守られている」というセリフが映画の中に出てくるじゃないですか。撮っているときは考えていなかったですけども、こういう映画ができあがってみると、ゾンによってこの町は外側に起きた思いがけない何かから守られていたと、2018年の現在では考えることもできるかもしれません。
 これは『ジョギング渡り鳥』のときに考えていたことなんですが、自分の生まれた故郷だとか、自分の居場所を問い直す必要性って、あの原発事故以前だと日本には(多くの人たちにとってはですが、)存在しなかったと思うんですよ。そういうことを古澤さんに話したら、「もともと僕には故郷という感覚がない、生まれてからずっと東京に住んでいて、東京というのはガジェットの集まりで、気付けばいろんなものが新しいものにすり替わっていたし、街の人たちも入ってきては出て行くことを繰り返していて、古くから残っているものなんかない」と言われた。そういう点で『ジョギング渡り鳥』に対するアンサーみたいなものを『ゾンからのメッセージ』は持っているのかもしれない。震災以降、ある種の価値の更新みたいなことは東京では起こらなかった。オリンピックもやるわけですよね。そうしたことに対するあっけらかんとした皮肉が古澤さんにある。「いいじゃない、仕組みを知らなくても。私たちはここで生きていけるんだから。そういうことでしょ、この町で暮らすっていうことは」という破壊的な言葉がありましたね。そういうドライさは、やっぱり東京もんだなぁと思うわけです。僕みたいに他所から東京に来て30年ぐらい住んでいる人間には持ちえない感覚です。『ゾン』を東京ではなく深谷で撮ることにしたのは、そういう感覚を一回自分の側に引き寄せるという意味も強かったのかもしれません。もし東京で撮っていたら、たとえばゴダールの『アルファヴィル』(1965)みたいな映画になっていたんじゃないかな。



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古澤 もし僕が監督していたらまったく別ものになっていたと思います。場所はもちろん東京で、適当に朝から誰かの家に集まって、そこから都内のどこかの路地を使って撮る、みたいなことをしたんじゃないか。東京の路地を使うのであれば、極端な話、そこに板でも一枚置けばゾンが成立するわけですよ。「こんなところに道があるんだ」と見つけた路地の奥に進んでみると、急に砂嵐の壁が立ち上がる、みたいに。でも、深谷はとにかくだだっ広い。ここをゾンで囲うことなんてできるのかな......と、最初は不安でもあったんです。
もうひとつ、僕からすると『ジョギング渡り鳥』には、どこか僕自身が持つことのできない憧れとしてのユートピア感があったので、それに対して無意識にアンチとなるような構造を考えていたのかもしれません。ただ「ゾン」っていう異常事態に怯えもするけど、それによって彼らはこの20年の間守られていたのかもしれない、あの町は『ジョギング渡り鳥』とは違う意味でのユートピアだったのかもしれないということを、僕もいま話を聞きながら考えました。映画が面白いのは、撮影の都合で起きたことが、作品として完成すると象徴的な意味合いを帯びてくるということだと思うんです。


鈴木 古澤さんがさっき宮沢章夫さんの『ヒネミ』について話していたけど、演劇であれば成立するような設定の抽象性みたいなものって、映画に落とし込んでみると、部分部分を具体化しなければならないから、すごく歪な開きが生じてくるんですよね、BAR湯がまさにそうだけども、映画で具体化していくうちにすごく歪なものになってしまった。最初は都内で撮影をするつもりだったから、三鷹や西荻窪の古澤さんのよく行っているお店とかをいくつか見学していたんですが、どうにもピンとこなかった。そんななかでちょうど『ジョギング渡り鳥』の音ロケに深谷へ行ったとき、『ゲゲゲの女房』の河原や橋を撮った場所の近辺にレンガ工場の跡地があって(深谷では明治時代からレンガの生産が盛んでした。東京駅の駅舎も深谷で焼かれたレンガが水運で運ばれて使われています)、そこに人が住んでいた形跡のあるこじんまりとした小屋を見つけたんです。それがBAR湯。その瞬間に車を停めて、「ここしかないよな」と思った。ここからは僕のわがままなんですが、深谷フィルムコミッションの強瀬さんに「ここでやらせてもらえるように頼んでみてもらえないか」と相談し、もちろん古澤さんと美学校のみんなにも話をして、『ゾンからのメッセージ』を撮ることを決めたんです。



・・・この続きはNOBODYissue47号にて展開されます(9月発売予定)。
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取材・構成 田中竜輔 三浦翔




鈴木卓爾|監督

映画監督・俳優。1967年静岡県磐田市に生まれる。高校時代に、短編8ミリアニメーション『街灯奇想の夜』(1984)を制作。自らにカメラを向け制作した自撮り8ミリ映画『にじ』(1987) が88年度 PFFにて審査員特別賞を受賞。1995 年、斎藤久志監督のVシネマ『夏の思い出~異常 快楽殺人者』で主人公の殺人犯を演じ、俳優としても活動を始める。1998年、古澤健監督の短編16ミリ映画『怯える』に出演。2009年公開の『私は猫ストーカー』が、長編劇場映画の一作目となる。2016年、映画美学校アクターズ・コース第1期高等科生11名を登場人物として発想した映画『ジョギング渡り鳥』を全国で公開。監督作に、『ゲゲゲの女房』(2010)、『ポッポー町の人々』(2012)、『楽隊のうさぎ』(2013)など。2018年、京都の路面電車を題材にした映画『嵐電』を監督し、本作は2019年に公開予定。




古澤健|脚本・プロデューサー

映画監督・脚本家。高校生の頃から8ミリ映画を撮り始める。『home sweet movie』が97年度PFF にて入選(この時の一次審査員が鈴木卓爾だった)。98年『怯える』(鈴木卓爾主演)がクレルモン=フェラン短編映画祭に招待される。『超極道』(2001 瀬々敬久監督)で脚本家として、『ロスト★マイウェイ』(2004)で監督としてプロデビュー。脚本作に『ドッペルゲンガー』(2002 黒沢清監督/共同脚本)、『こっくりさん 日本版』(2005 坂本一雪監督)、監督作に『making of LOVE』(2010)『今日、恋をはじめます』(2012)『一礼して、キス』(2017)他多数がある。最新監督作『青夏 きみに恋した30日』が本作と同時期に全国公開予定。テレビドラマにも意欲的であり、演出作に『37.5°Cの涙』(2015)『メガバンク最終決戦』(2016)などがある。




『ゾンからのメッセージ』
カラー|ステレオ|ゾンスコープ|約 117 分

出演:
高橋隆大 長尾理世 石丸将吾 唐鎌将仁 飯野舞耶 律子/古川博巳 山内健司(青年団)スタッフ

監督:鈴木卓爾 / 脚本・プロデューサー:古澤健 / 撮影:中瀬慧 / 音響:川口陽一 / 照明:玉川直人
編集:浜田みちる 鈴木卓爾 / 音楽:澁谷浩次(yumbo) 撮影助手:大橋俊哉 / 制作担当:五十嵐皓子 大城亜寿馬
助監督:石川貴雄 / 監督助手:磯谷渚 本田雅英 現場ドキュメント撮影:深田晃司 星野洋行
美術協力:中嶋義明(中嶋建設) / ロケーションマネージメント:強瀬誠

製作:映画美学校 不写之射プロ
宣伝協力:SPOTTED PRODUCTIONS 配給・宣伝:不写之射プロ

フライヤー・ポスター・パンフレット

デザイン:井上則人 安藤公美 (井上則人デザイン事務所) イラスト:山田参助

公式サイト https://call-of-zon.wixsite.com/home
ポレポレ東中野にて8 月11 日(土)よりロードショー