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December 22, 2018

『犯罪王ディリンジャー』マックス・ノセック
千浦僚

[ cinema ]


......そもそもわれわれは信仰の対象とするほど多くの「B級映画」を見てはいないのだ。いったい誰が、マックス・ノセックを懐古しうるだろう。

蓮實重彥『ハリウッド映画史講義』


 マックス・ノセック監督『犯罪王ディリンジャー』(45年)についていくつかのことごとを記す。
 本作は1933年、34年にアメリカ中西部で銀行強盗や脱獄を繰り返したギャング、ジョン・ハーバート・ディリンジャーを描いた映画。1973年にもジョン・ミリアス監督脚本、ウォーレン・オーツが主人公を演じた『デリンジャー』があり、2009年にはマイケル・マン監督、ジョニー・デップ主演による『パブリック・エネミーズ』があった。
 1930年代、禁酒法と世界恐慌のアメリカでは銀行強盗がはびこったが、その悪党たちの振る舞いがどことなく民衆に快哉をもって迎えられもした。銀行組織とモーターリゼーションの発達が思いがけず結びついた犯罪が、新聞やラジオや映画によるニュースの流通によって、アメリカ社会オリジナルの伝説的なキャラクターとなる。それを後追いで強固にしてゆくのは映画であった。
 たとえば。
 この時代に存在した同様の人物としてボニー・パーカーとクライド・バロウがいる。この犯罪者カップルが警察による機関銃の銃撃で射殺されたのは1934年5月。彼らをモデルにした映画『暗黒街の弾痕』(フリッツ・ラング)は1937年初頭に公開。また、彼らを銃フェチ、ガンクレイジーに脚色したのが1949年の『拳銃魔』(ジョセフ・H・ルイス)。そして1937年に刊行されたエドワード・アンダーソンによる小説 Thieves Like Us を映画化したものが『夜の人々』(ニコラス・レイ、48年)であり、その再映画化は『ボウイ&キーチ』(ロバート・アルトマン、74年)。他にボニー・パーカーストーリーという原題の『鉛の弾丸(タマ)をぶちかませ』(ウィリアム・ウィットニー、58年)や、ボニーとクライドもので最もよく知られているであろう『俺たちに明日はない』(アーサー・ペン、67年)もある。
 また、肝っ玉母ちゃんに率いられた家族ギャングも実在した。1931年から35年にかけてアメリカ中西部や南東部で強盗や誘拐をおこなったバーカー一家をモデルにしたのがロジャー・コーマン監督作『血まみれギャングママ』(70年)。イギリス人作家ジェイムズ・ハドリー・チェイスがこの一家をモデルに書いた小説が『ミス・ブランディッシの蘭』(1939年刊)、その映画化が『傷だらけの挽歌』(ロバート・アルドリッチ、71年)。
 いささか脱線が過ぎたが、ジョン・ディリンジャーのイメージも、映画『犯罪王ディリンジャー』もこれらのなかにある。
 『犯罪王ディリンジャー』の脚本はフィリップ・ヨーダン。40年代から80年代末まで活躍したアメリカ映画界の大御所脚本家、と同時に謎の多い人物。赤狩りの時代にブラックリストに載ったため働けない脚本家に自らの名前を貸す、"フロント"と呼ばれる立ち位置でいたために、彼が本当に書いたものはどれかわからない状態の、しかしパッと見は充実したフィルモグラフィを誇る脚本家。そのフロント行為も思想的な背景や義侠心より(それらがなかったわけではなかったろうが)、単に金のためだったりする人物。優れた才能があることは疑いないが、がめつさはその才能以上、と評されることもあるヨーダン。そのごく初期の仕事である本作はウィリアム・キャッスルも参加して書かれているらしい。ディリンジャーの生涯の逸話を的確に取捨選択、脚色しながら(仲間の人員構成やキャラクターなどはかなり創作、後半のあっと驚く脱獄手口やその最期は事実に近い)見事な脚本を作り上げている。
 配給はモノグラム・ピクチャーズ。『勝手にしやがれ』(59年)でゴダールが"本作をモノグラム・ピクチャーズに捧ぐ"と記したとき、その献辞の思いの何パーセントかは『犯罪王ディリンジャー』にも向けられているはずだ。
 主役ディリンジャー役はローレンス・ティアニー(1919~2002)。1992年の『レザボア・ドッグス』ではティム・ロスに"あいつって「ファンタスティック・フォー」の岩石男みたい"と評されていた味のある強盗団の元締めも、1945年にはやや凶暴さを漂わせながらこんなにもイケメン。スコット・ブラディ(『大砂塵』(ニコラス・レイ 54年)のラストで額を撃ち抜かれて死ぬ"ダンシング・キッド"役)の実兄。ローレンス・ティアニーの姿はロバート・ワイズ『生まれながらの殺し屋』(47年)やリチャード・フライシャー『ボディガード』(48年)でも見ることが出来る。監督マックス・ノセックとティアニーは本作のほか、『Kill or Be Killed』(50年)、『The Hoodlum (与太者)』(51年)でも組んでいる。
 監督マックス・ノセック(1902~1972)。現在はポーランドで当時はドイツ帝国だったナケルに生まれ、若き日はドイツ映画界で働くも1933年ナチスの台頭によってそこを離れ、1934年にはフランスで『キートンの爆弾成金』を撮り、1936年にはオランダとスペインでも映画を撮り、1940年からはアメリカで監督をしている。
 ノセックのアメリカでの仕事をかいつまんで書けば。
 RKO映画で配給された『The Brighton Strangler』(45年)はロンドン空襲による建物崩壊で頭を強打した舞台俳優(43年から47年までへディ・ラマールの三人目の夫だったジョン・ローダーが演じる)が記憶を失い、自分をその直前まで演じていたミステリ芝居の当たり役"ブライトンの絞殺魔"だと思い込んで連続殺人をおこなうという、『心の旅路』(マービン・ルロイ)にヒッチコック映画を掛け合わせたような異様な作で、『ディリンジャー』の面白さがフロックでなかったことがわかる。ノセックがローレンス・ティアニーと最後に組んだ『The Hoodlum (与太者)』(51年)はティアニー演じる極めつけの与太者がその弟に"いまから貴様を、貴様にふさわしくごみ溜めで処刑してやる!"と車で連れて行かれるところから回想が始まる犯罪もので、『ディリンジャー』に比すれば強盗場面がぐっと少なく、一回だけの現金輸送車からの強奪が中心的な見せ場の映画ではあるが、弟の婚約者に無理矢理関係を迫った挙句孕ませて自殺に追いやったり、強盗の下準備のため女行員をたらしこむなどの場面にティアニーの潜在的な色悪ぶりが出ていてそのあたりにも見甲斐がある。弟役はこれまた実の弟のエドワード・ティアニー。『The Brighton Strangler』『The Hoodlum』はいずれも70分に満たない長さで、しかしそれが観て不足とも感じられず、『ディリンジャー』の70分からさらに刈り込まれた、これが長編映画であることのギリギリを充実させたもの。54年の『Garden of Eden』はヌーディストの世界を紹介する目的でつくられたフィルムで当時の表現コードからまったく外れた、裸の老若男女がうろうろするヌード映画。Youtubeなどでその部分が見られる。撮影はなんとボリス・カウフマン。『アタラント号』と『十二人の怒れる男』のあいだに、『波止場』と期を接してヌーディスト映画......。これはノセックもボリス・カウフマンも異邦人でメインストリームの大会社の仕事をしておらず、業界のしがらみがなかったゆえ。もともと買う不満などなかったわけだ。そのことと『Singing in the Dark』(56年)は幾分か似たところを持っており、これも撮影はカウフマン、イディッシュ語映画のスターが英語で演じたホロコーストに関する映画で、ノセックのユダヤ人としてのバックグラウンドとマージナルなキャリア、スタンスがうかがえる。ノセックは1955年くらいからドイツでも再び映画を撮るようになり56年以降は西ドイツやオーストリアの映画界で仕事をした。
 遅滞なく展開し鮮やかに終幕する『犯罪王ディリンジャー』に似つかわしくなく冗語を重ねた。それも本作の魅力の源泉が見えづらいせいだ。この映画における、あたかも不況下での強盗のように通常の意味での経済性とはちがうルートによって画面を豊かにするストックショットの活用は語り草だが、そこで強く働いているのは"見えない"ということ。B級映画の賞賛すべき効率性と野放図なやり口の模範といわれる『犯罪王ディリンジャー』における『暗黒街の弾痕』の強盗場面の転用は、そもそも『暗黒街の弾痕』の物語上その場面が前科者ヘンリー・フォンダに罪を着せることも目的で仕組まれた現金輸送車襲撃で、『暗黒街の弾痕』全篇を観る観客にも、車の窓から輸送車を窺うカットからガスマスクをつけて警備員を倒すカットに至るまでその襲撃者が何者かまったくわからないようにつくられているという、そのことに依拠している。また、暴力場面の描写においても、ローレンス・ティアニーの顔と、割られたビアジョッキや、慄くビアホールの給仕や、老夫婦のカットを切り返すだけで観客はたしかに顔面を切り裂かれた給仕や射殺された老夫婦をイメージするだろう。そういう表現モードの映画、時代性だとも言えるがノスタルジアや古典文法ではなく、これこそ映画の語りだと思いたい。
 そして懐古しえないマックス・ノセックは見逃した映画作家、失われた映画だと一度絶望したのちに、だがこれはいわば terra incognita 、これから観られる映画だとも信じたいのだ。

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