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April 19, 2019

『ユニコーン・ストア』ブリー・ラーソン
梅本健司

[ cinema ]

 『キャプテン・マーベル』や初監督短編の『Weighting』といった作品のブリー・ラーソンを見ていると、過去を背負いながらも、素早く大胆に動き回る様が印象的だと思った。ただ、それ故に彼女は周囲の人間を置いてけぼりにし、孤独に向かっている気もする。彼女の長篇処女作である『ユニコーン・ストア』においてもまた、やはり素早く大胆に動き回る彼女が主演をつとめている。

  冒頭、幼い少女の映像がいくつか流される。少女が壁を虹のように様々な色で塗ると、同じ動作を繰り返す成長した少女=現在のキット(ブリー・ラーソン)のカットへと繋がれる。幼い頃と変わらず、ペンキにまみれながら、目を輝かせているキットだが、美術学校の教授たちはそんな彼女を落第にする。首を傾げるキット。編集によって瞬く間に成長したキットであるが、彼女はそのことに気づいていないようだ。『ユニコーン・ストア』では、そうして瞬く間に成長したように見えても、本当はそこそこ長かった自らの人生にキットが再会を果たす。でも、その存在にすら気づいていないまま通り過ぎてきた自分の人生に出会うなんて、どうやって?その自分の人生とはほとんど「他者」なのであって、つまり彼女は「他者」と出会う術を学ぶということだ。
 しかしキット=ブリー・ラーソンの素早い動きは、監督=ブリー・ラーソンの大胆で突発的な編集によってさらに加速し、論理や通念を無視するキットの言動についていけないのは、彼女の周囲にいる登場人物たちだけではなくて、この作品を見る観客もまた彼女に置いてけぼりにされるかのようだ(少なくとも僕はけっこうそうだった)。周囲にお構いなしに自分の速度で突っ走るキットとこの映画は、まるで「他者」と出会う心づもりもないかのように進んでいくのだ。
 しかしながら困難と思われていた出会いは、彼女らしい大胆な方法で実現されていく。タイトルともなっている「ユニコーン」を飼う(!?)という突拍子もない方法によってである。提案してきたのは如何にもキワモノなザ・セールスマン(サミュエル・L・ジャクソン)という男である。彼は、無償でユニコーンをキットに飼わせるつもりはなく、いくつか条件を出してくる。たとえばユニコーンに合った家を建てること、家庭を幸せで満たすことなどといった条件である。なかなか困難に思えるそうした条件自体は、しかしこの映画においてさほど重要なものではない。実際、彼女がそれらをクリアしたかどうかも、ユニコーンに合った家とはなんなのかとか、家庭おける幸せとはなんなのかとか、ということも明らかにはされない。しかしそうした条件に取り組む過程で、工具店に勤めてユニコーン小屋作りを手伝うことになる青年ヴァージル(ママドゥ・アティエ)や母(ジョーン・キューザック)、父(ブラットリー・ウィットフォード)ら他者の存在がようやくキットに見えてくる。そういえばユニコーン・ストアへの招待状には「never be alone again」と書かれていた。
 
 キットにとってユニコーンとは何なのだろう。冒頭、彼女が落第させられたのは自画像プロジェクトという企画である。彼女は鮮やかな色彩の中にユニコーンを自らの肖像として描いていた。つまりユニコーンとは彼女そのものであると言える。まさに通り過ぎてしまった過去の彼女自身なのだ。彼女はユニコーンを飼うために、もとい、自らの人生に再会するために、仕事のプレゼン、両親との関係改善、ユニコーン小屋作りに奮闘するが、何故彼女がそうするのか周囲には伝えない。ユニコーンのためといっても、自らについて打ち明けても信じてもらえないと考えているからだ。しかし、自らについて、話さなければこれ以上進展がないと悟った時、彼女は両親に、ヴァージルにそのことを打ち明ける。
 もちろん、ユニコーンを飼うためだなんて話しても、初めは彼らには理解してもらえない。人と人とが真に理解し合うことなんて、もしかしたら一生かかってもできないことかもしれない。ただ、何かを実現し、前に進むためには周囲の人と理解し合う必要がある、キットはキットのリズムだけでは生きてはいけないのだ。「時間がかかる」と父のセリフにはある。そして、その「時間」とはひとりの時間ではなく、互いのペースを合わせながら進める時間でなくてはならない。キットは、ブリー・ラーソンは、そのことに気付き始める。
 ユニコーン小屋は完成する。しかし、ユニコーン自体が来ることはない。代わりに、そこでは彼女のこれまでの人生で手掛けた作品の回顧展が開かれる。ヴァージルと両親が物置から作品をかき集めていたのだ。自らの数多くの作品を見て彼女は知る。自身の人生が、瞬く間であったかもしれないが、そこそこ長かったのだと。もう大人のだと。キットは他者とゆっくりと向き合うことで、時間を共有することでそのことを知る。
  大人になったのではなく、大人であること知る。いや、もしかしたら大人になることとそれは同じ意味なのかもしれない。大人になった彼女にもはや以前のような素早さはない。ただラストショットにおいても、彼女は変わらず自分の色としている虹色のパジャマを着ている。大人であることとは、決して子供の頃から続けてきた生き方を諦めることではないと彼女はその色で示している。果たしてそうなのだろうか。これからゆっくり考えてみよう思う。ヴァージルと共にゆっくりと、彼女の背中は遠ざかる。街の信号は依然青になったまま、彼らの行く道を照らしている。
 

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