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January 23, 2020

『ロング・ショット 僕と彼女のありえない恋』ジョナサン・レヴィン
結城秀勇

[ cinema ]

 『アトミック・ブロンド』のシャーリーズ・セロンを見たときに思ったのは、冷戦時代の二重三重スパイの話で彼女は西側の人間か東側の人間かわからない、というのがストーリーのキモではあるものの、いや単純にいまシャーリーズ・セロンが地理的に西か東かどっち側にいるシーンなのかよくわかんなくね?ってことだった。そんで彼女はその境界線付近をゴロゴロゴロゴロ転がっていたのだった。
 『ロング・ショット』のセロンにも似たようなことを感じるのだ。彼女が演じるシャーロット・フィールドは、もちろん話の流れ的に共和党陣営なわけないから民主党政権下って設定なんだなとはわかるが、彼女の政治的な党派がどっちだとはおそらく一回も言葉にされてないはず(代わりにセス・ローゲンの党派が問題になるわけだ)。また彼女は公用ジェットで世界を飛び回るから、セス・ローゲンとの会話にも出てくるように、たまにここがどこか見ていてわからなくなる。さらに彼女が女性であることの困難さは、謎の人気スコアが「男性だったらあと100点高かったはず」という発言やセクハラワイドショーのようなかたちで明示されるにもかかわらず、彼女が敵対しているのが男性性そのものだというふうには見えない。彼女が敵対してるのは明確に、地球環境より利潤を追求する資本とそれに追従するマスだ(それが男性中心の社会なんだといえばそれまでだが)。彼女は女性という少数派として戦っているのではなく、彼女個人という孤立無援の存在として戦う。そしてそれは彼女が15歳のときに、環境保護を訴えて生徒会長に立候補して落選したときから、ずっとそうだったのだ。
 おそらくそのようなことがセス・ローゲン演じるフレッド・フラスキーの描き方にも影響を与えている。ローゲンが自分よりも金持ちで社会的な地位もあって見た目も全然上な女性とつきあう映画を幾度となく見てきたが、こんなにも彼が見た目以外の要素、金がないとか仕事ができないとか不誠実だとかユダヤ人だとかマリファナその他の常用者であるとかいった点をいじられない映画って珍しくないか、とふと思う。金は問題じゃないらしいし、仕事はできるっぽいし、服はちゃんと買えばいいらしいし、クスリもたまにはオッケーぽい。誠実さにいたっては、国務長官のスピーチライターを頼まれた際に言う、「きみが政治家としてやらなきゃいけないことを手伝う気はない。きみがほんとうにやりたいことなら喜んで手伝う」という言葉だけでもう、微塵も疑う余地がない。ということで、セス・ローゲンは純然たるルッキズムにさらされるわけである。
 保守か革新か、理想の追求か現実との妥協か、女性か男性か。一見そうした対立の中での二者択一を迫られるように見えながら、実際にはセロンはどちら陣営とかもない野蛮な荒野を行き、ローゲンはただ誰よりも彼女を理解することによって付き従う。彼らの道行の、たとえばパリの夜の一緒に「モーリー」するシーンのすばらしさは筆舌に尽くしがたいから、ここで細かく書く必要もあるまい。また自分の政治信条を曲げるよう脅迫されたスキャンダルのネタに対して、セロンが言い放つ「Deal with it, America」には涙が止まらない。
 でもほんとうに感動したのは、この映画のラスト、資本とマスメディアにうんざりしてワシントンD.C.を逃げ出して、大統領候補という立場すらもどうなったのかよくわからないシャーリーズ・セロンが会いに来たセス・ローゲンのブルックリンの自宅の前で、彼らふたりを出迎える、おそらくマイナーなローカルメディアであろう記者たちの表情だ。映画の冒頭で巨大資本に媒体が買収されたことでローゲンはジャーナリストを辞め、またセロンは資本とジャーナリズムの結びつきによって自らの政治的野望を断念せざるを得ないように見えるにもかかわらず、この映画はジャーナリズムそのものを否定しない。あの夜のブルックリンの街角にいるひと握りの集団、なにしに来たのかもよくわからない彼らこそ、ジャーナリズムなんだと言いたくなる。ただいるべきときにいるべき場所にいて、見るべきものを見てそれを伝える彼らだけが。彼らはセロンの振る舞いを糾弾したりもせず、ローゲンのことをいじったりもせず、ニコニコ笑ってふたりを祝福する。
 だから、人の不倫がどうだこうだなんてDeal with it、それよりセロンとローゲンを祝福するほうがいいと思うんだ。


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