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December 3, 2021

『17 Blocks/家族の風景』デイビー・ロスバート
金在源

[ cinema ]

メイン_17BLOCKS_Emmanuel MannyDurantCapitol Building1999.jpeg 私が以前、自分の家族についてとある雑誌にエッセイを書いたとき、読んでくれた人が家族について「壮絶な痛みと救いの混在する場所」と表現していたことが今でも強く記憶に残っている。
 『17 Blocks/家族の風景』はワシントンD.Cのホワイトハウス近郊にある最も危険な区域と言われる街で暮らす黒人の家族、サンフォード一家の20年間を記録したドキュメンタリーである。監督からカメラの使い方を教わった末っ子のエマニュエルが撮影するホームビデオを中心として、ささやかな日常を守ろうとする家族の姿が描かれている。エマニュエルが成長するにつれて家族の前には辛い現実が立ちはだかる。母はドラッグに依存し、兄スマーフはギャングとなりドラッグを売りさばき、自身もドラッグに溺れていく。エマニュエルはそんな環境にありながらも高校を卒業し、奨学金を得て消防士を目指して勉学に打ち込む。そんなエマニュエルの存在は家族の希望であった。カメラの前であどけなさを見せていたエマニュエルは逞しく育ち、甥っ子のジャスティンを我が子のように可愛がり、一家を引っ張る存在となっていく。苦境の中にあってもこの一家は希望を持ちながら生きていくのだろうと思わされたその瞬間画面は切り替わり、血しぶきがついた家の壁と床が映し出される。そして姉デニースから「男が2人スマーフを襲いにきてエマニュエルを撃った」とエマニュエルが殺されたことを知らされる。母が雑巾で部屋に飛び散ったエマニュエルの血を拭き取る姿は無言で淡々としているが、そこに現実の残酷さが滲み出ている。
 家族とは「希望」であると同時に「呪縛」でもある。希望であったエマニュエルを失った家族はそれでもこの苛酷な現実を生きていかなければならない。エマニュエルの喪失が今度は重い影となり家族にのしかかる。母はこれまで以上にドラッグに依存し、エマニュエルの死の元凶となってしまったスマーフもドラッグで逮捕されてしまう。そんな中、エマニュエルに愛されていたジャスティンは、エマニュエルとの思い出を話す。「エマニュエルが僕たちの命を守ってくれた。自分も消防士になる」と。そんなジャスティンを見て彼の母であるデニースは「社会の思う黒人男性像を超えて欲しい」との願いを口にする。この言葉はアメリカ社会の中で黒人たちが置かれている状況をよく表しているだろう。「消防士になりたい」とただ夢を口にすることになぜこのような切実さ、悲惨さが付き纏わなければならないのか。「社会の思う男性黒人像」とはまさに、社会によって困難を押し付けられ喘いでいる黒人たちに対する冷たいレッテルだ。
 これは「とある家族に偶然起きた悲劇の物語」ではない。一家が暮らす地域はホワイトハウスの目と鼻の先にありながら、貧困状況にある黒人たちが集まるゲットーである。2017年トランプ元大統領がその就任演説で「America First」と支持者を熱狂させ、2021年には彼らによって占拠された議事堂のすぐ側で、国に、社会に顧みられることなく失われていった命があった。そしてそれは起こるべくして起きていることであり、彼らにとってあまりにも当たり前な日常の延長なのである。
 アメリカ国勢調査局による2020年の調査ではアメリカ国内における貧困率の約20%を黒人が占めており、人種別で比較したときに最も高い割合となっている*1 。エマニュエルはギャングのせいで死んだ単なる不運な男性なのか。兄がギャングになり母がドラッグに溺れたのは自己責任なのか。彼ら家族を取り巻く世界の不条理さ生きづらさを見過ごしてはいけない。一家の背後には社会による根深い差別と分断があり、それは私たちにとっても無関係ではない。日本でも2020年に「Black Lives Matter(BLM運動)」が広まったが、一方で「なぜ黒人の命だけが大事なのか」「アジア人も差別されている」「命が大切なのはみんな同じ、黒人だけじゃない」、「All Lives Matter」だと主張する人々も一定数いた。それに対し黒人解放運動の第一人者であるアンジェラ・デイヴィスは次のように述べている。

  「本当にすべての命が大切にされているのなら、『黒人の命も大切だ』と強調して宣言する必要はないはずなのです。」*2

 本作の最後には、エマニュエルの死後同地域で命を奪われた人の名前が数えきれないほど羅列される。作中に映った街の人々の姿を思い返しながら並んだ名前を目にしたとき、この中には多くの黒人がいることが容易に想像できる。これらはBLM運動のように表面化することはなく、社会の裏側でひっそりと命を奪われてきた人々だ。そんな彼ら、そして残された人を前にして私たちは「すべての命が大事だ」と叫べるだろうか。終盤、母は過去のトラウマとエマニュエルの死を振り返りながら「人生は逆戻りできない。救いが必要なの」と語る。母と兄はドラッグを絶ち、姉は就職先を見つける。家族は救いを求め再び手を取って歩き出す。しかし、私たちは救いを求める彼らの思いに便乗しそれを美談として消費してはならない。彼らが救いを求めざるをえなかった理由はこの社会の不正義によるものだ。社会が変わらなければ彼らの希望は再び阻まれ、同じことが何度も繰り返されるだろう。彼らに冷たい視線を注ぎ、隅に追いやってきた社会を変えるのは私たちひとりひとりの役目である。この世界に蔓延る不正義に声をあげ続け、誰もが公平に生きることのできる世界を目指して。

オンライン映画館「APARTMENT by Bunkamura LE CINÉMA」にて配信中


*1 Income, Poverty and Health Insurance Coverage in the United States:2020

*2 アンジェラ・デイヴィス著、浅沼優子訳『アンジェラ・デイヴィスの教え―自由とはたゆみなき闘い』河出書房新社、2021年、p.167