« previous | メイン | next »

June 23, 2022

『花芯の誘い』小沼勝 『色暦女浮世絵師』曽根中生 <中編>
千浦僚

[ cinema ]

 2012年に出た小沼勝自伝「わが人生 わが日活ロマンポルノ」の自作回顧のなかで今作を語った部分によれば、小沼監督は現場では新人女優の演出に集中することになるだろう、という意識で、プロデューサー伊地智啓とともに小沢啓一宅を訪問してシナリオ改変の了解をとりつけたという。その改変がどういうものか、どの時点で行われていったのかはわからぬままとりあえず「~わが日活ロマンポルノ」の記述を見ると、もともとの脚本では最後、ヒロインと婚約者の幸せなセックスで終わる、となっていたのをまずやめたという。「悪い夢だったんだ。忘れよう」と肩に手を置く婚約者を振り切ってヒロインは外に飛び出ていく。そして街路を歩くヒロインはすれ違ってランニングしてゆくどこかの大学の運動部員たちから、かわいいね、ひゅーひゅー、みたいな粗野な囃したてを受ける。それに対し、はじめはおずおずと、やがてくっきりと微笑み返すことでヒロインの回復と成長が表れる。「~わが日活ロマンポルノ」で小沼はこの場面がフェデリコ・フェリーニ『カビリアの夜』(57年)からのイタダキだと明かし、その意図として、深刻なトラウマがまったく自らと関係のない第三者の存在に癒されることもあるのを表現したかった、と述べている。......このように韜晦の気配もなく、惜しげもなく、自己開示と自己分析をする小沼氏の知性の前で批評家はもはやすることがないのだが......かろうじて、小沼映画のファンなら、これが単なる一作の一場面のパクリにとどまらず、後の作品『濡れた壺』(76年)、『妻たちの性体験 夫の目の前で今...』(80年)の印象的なシーンにつながっていくと指摘できるかもしれない。『濡れた壺』の谷ナオミは物語のなかで男性からの視線に「感じる」ように変貌し、映画のラストにそれまでの物語とも彼女とも全く関係ない、偶然出くわした、親分の出所を待ち受けて居並ぶやくざたちの視線のなかを歩くことで深い官能に浸る。『~夫の目の前で今...』の風祭ゆきは路上ですれ違う男子運動部員とのオージーを想像するが、それが一瞬のうちに、女ひとりを男たちが裸でワッショイワッショイする鋭いインサートカットとしてスクリーンに現われる。いつでもポルノ映画の筋立ては男性中心的なものであるが、欲望から女体に注がれたはずの凝視はヒロインをある意味高めて、男性の世界を彼女のための背景に変えてゆく。これがロマンポルノの醍醐味であり、『花芯の誘い』はその志向を充分に湛えた小沼勝デビュー作に見えた。
 トリビアルなメモとして、音楽の月見里太一は鏑木創のロマンポルノ参加の際の変名であるが、『花芯の誘い』の主だった曲は舛田利雄監督、渡哲也主演『紅の流れ星』(67年)のものを使いまわしている。やくざ役でどう見ても榎木兵衛と思しき人物がでているが、クレジットでは木夏衛となっている。

『花芯の誘い』小沼勝 『色暦女浮世絵師』曽根中生 <後編>へ続く)

『花芯の誘い』はシネロマン池袋にて2022年6月17日(金)~6月19日(日)に上映
『色暦女浮世絵師』はシネロマン池袋にて2022年6月20日(月)~6月23日(木)に上映