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October 30, 2022

『さすらいのボンボンキャンディ』サトウトシキ
千浦僚

[ cinema ]

 たやすく踏みつけられるやさしいものが逆襲するとか、へこたれないで生きのびるとか。彼女ら、彼らがそこに居続けてくれるだけで世の酷薄さに対してひとつ勝てたと思うし、そのたたかいを自分のなかにも引き取って引きずっていきたい。映画監督サトウトシキの作品世界というのはそういうものだと、『さすらいのボンボンキャンディ』を観てあらためてそう思った。
 女優のほたるさんが企画・プロデュースして公開したオムニバス映画『短編集 さりゆくもの』(2021年公開)でラストを飾った『もっとも小さい光』が『ボンボンキャンディ』に先がけて観ることができたサトウ=影山作品であった。これがむちゃくちゃよかった。『もっとも小さい光』は、主演櫻井拓也、その同棲相手が影山祐子、上京してふたりに会いにくる櫻井の母親役がほたる、息子は母を疎ましく思い、むしろ女どうしが擬似母娘的に親しむ、影山の妊娠を櫻井でなくほたるが知る......という映画で、櫻井氏の2019年の急逝が誠に惜しまれる、その死にこの映画自体が抗い続けるものだが、同時進行の複線としてほたる=影山祐子の持続と継承もあった。また、日本映画大学で教鞭をとることもその一端であるような、そうでなくても旧来的なピンク映画の現場で後輩に学ぶものを示してしまうようななにか教育者的な部分もサトウ氏に感じられ、脚本家竹浪春花氏、十城義弘氏らがその関係のなかにいる。影山氏が十城義弘監督作『≠ (ノットイコール)』(2019年)に出演したことも『ボンボンキャンディ』座組みに影響あったと聞く。
 『さすらいのボンボンキャンディ』は、影山祐子が匂いたつように美しく、感情に率直で(作品コピーにもつかわれている台詞「わたしは正直者。嘘はつかない」)、ゆえにふらふらあやういヒロイン仁絵をセクシャルな描写オンで演じたこと、素晴しかった。共演の原田喧太、伊藤洋三郎、足立智充、嶺豪一、吉岡睦雄らは全員主演級の俳優で、それぞれ一個の山岳か強風のような存在だが、力んでない(ように見える)影山祐子が蝶のようにそこに現れれば常に彼女が中心になって、彼らを従えた画面になる。
 やわらかい部分をひらいていった者たちを愛おしく思い、傷つかないことを祈りながらそのゆくえを見守る。それしかできなかった。それが映画だった。

 キネマ旬報の11月下旬号で『さすらいのボンボンキャンディ』特集があるから、サトウトシキ監督インタビューの聞き手と記事まとめやってよ、とキネ旬編集部平嶋洋一氏に言われ、よろこんで受けた。佐藤寿保、佐野和宏、瀬々敬久、サトウトシキという、一時代を刻んだピンク映画の監督四人衆のなかでほとんど話したことのないひとだったから。佐野和宏さん、瀬々敬久さんにはお話をうかがう機会はあり、佐藤寿保さんはずっとお会いする機会ないままなのだがこわいひとっぽいのでそのまま......。ピンク四天王、という呼び方も下手すれば安易なブランディング、観かたの怠慢だが、90年代にはそれを観ている映画群と作り手の説明、とっかかりにしていた。私は優れた批評、アピールとしてその呼び方をポジティブに積極的に使った方々に感謝している。......彼らと知り合うことをコレクションしたいわけでなく、あの熱さ、当時は、まだまだ、もっともっと、と苛立ちもした状況が今から思えば実は随分前向きに闘っていて、創意も表現も結構豊潤だったこと、その決着とゆくえ、現在への接続がどうなっているのか知りたい。こちらとしてはそういう動機もあるインタビューだった。
 キネ旬11月上旬号に記したサトウトシキインタビューのイントロ文章を引かせてもらう。
 (佐野、佐藤、瀬々、サトウは)"単に扇情的であること以上の表現を目指し、あるいはポルノ映画であることを逆手にとるようにヌードとセックスシーン以外は自由に、過激に、新たな人間像を描出し、文明批評を込めた個性的な表現、作家性の高い映画づくりを追求。90年代ゼロ年代を駆け抜けた。いまも、四人は転がる石のように円熟しつつ苦闘しつつ、それぞれの場所・やり方で映画をつくりつづけている。 / なかでも監督サトウトシキは、ピンク映画監督時代に、主に脚本家・小林政広との継続的な共同作業によって、日常に潜む人間関係の繊細さ、残酷さを性愛描写とともに描き、極めて現代的な物語を観客に提示し続けた。"
 粗く、言葉足らずだが、だいたいこのように捉えている。『さすらいのボンボンキャンディ』は、その映画作家の新作であり、そういう仕事の延長線上にある。記事をつくっている途中で、『ボンボンキャンディ』公開を意識している番組なのか、都内のピンク映画館で97年の小林=サトウ作品『団地妻 白昼の不倫』(出演葉月蛍、長曽我部蓉子、本多菊雄、川瀬陽太ほか)をやっていたので観にいった。淡々とした夫婦の会話、日常の瑣事を繰り返してやりとりして。脚本は部分的には明らかに"小津ギャグ"であり、当然正面切り返しで撮ってもいるのだが、それを超えていく。こういうところは昔は見過ごしていた。男女が同一方向を向いて居る、振り向いて視線が合う、正面切り返しの関係だったのが手持ち撮影で乱闘になる、と、それらが物語上で血の通った、意味ある表現として変化し展開していく。プロの演出家の技芸だった。
 ......しかし、私はインタビュー下手だ。関係ないというか、まとまらない話ばかり引き出してしまう、自分でそういう話をしてしまう。それに加えてサトウ監督の語りがまた独特だった。この特集にはいまおかしんじさんとほたる(旧名 葉月蛍)さんが文章を寄せているが、いまおかさんはサトウ氏が監督で自身が脚本担当の映画づくり、読んでもらってからの打ち合わせについて、
「トシキさんが何を言っているか全然わからない。「わからない」といえない雰囲気がある。俺はわかったふりをしてやたら頷く。~(中略)撮影が終わって、試写があって、随分後になって、ある日突然、トシキさんが何を言っていたか、わかることがある。なんなんだ、アレは。」
と書いているが、それ、ちょっとわかる。正直、後でICレコーダーのインタビュー録音聞きなおして卒倒するかと思った。サトウ監督が経験豊かな演出家として確信を持っていることについて、事もなげに、自然に言い放つが、その認識にこちらが追いついていかないのだ。さらにそれが「......と、いうようなことが、あるのか、ないのか......あるようなものかもしれない......」というふうに語られるので書いてて死ぬかと思った。でもあの鋭い視線で見られながら声を聞いていると、そのときはわかったような気にもなる。97年の小林政広脚本・サトウ監督作に『赤い犯行 夢の後始末』という映画があって主人公の映画監督を町田康が異様な目つきで演じているのだが、サトウ監督がちょっとああいう目をしている......。ちなみに、いまおかさんの寄稿のタイトルは「トシキさん」であるが、ピンク映画関係者はこれを独特の、シ、にアクセントを置いた発声で言い、そこにはひそやかな敬意がにじむ。そういう人たちに混じって私も会話ではトシキさんと言ったことはあるが、ご本人には言えないな、所詮外野、外様だな、とも思った。
 しかし、「脚本にはすべて書いてある。それをそのままやるのは説明、書いてないことをやるのが演出」だとか、「東電OLをなぜマスコミはあんなに汚く報道したのか。隠されるべきものを暴いたのか。それが彼女が殺されることにイコールになるというのか」というような、どストレートに大事な言葉ももらって、特集中のインタビュー記事はできた。よかった。機会あったら読んでみてください。稲垣吾郎が表紙のキネ旬11月上旬号。いまおかしんじさん、ほたるさんの回顧随想がすばらしい。インタビュー記事は字数の関係で、「よくない脚本には劇になるための何かがない。その何かがなにかは説明できないんだけど(本人はわかっている様子)」「よくない脚本でいい映画つくるのは無理。その無理をやってるとからだ壊す」「(女性の性的な彷徨に対して)いいぞ、もっとやれ、みたいには思ってないかも」みたいな話を割愛したのは残念だった。
 ......下手インタビューがさらに下手になっていたのは、私個人の主演女優影山祐子さんへの思い入れゆえ余分な話をしたためで。彼女はかつて私が支配人・映写技師をやっていたオーディトリウム渋谷という映画館の受付嬢のひとりで、そういう、多少人となりを知っているひとだ。まず彼女は上映作品であった三宅唱監督の『Playback』のスタッフとして館に来て知り合い、そのうちバイト探してるということで受付嬢になった。苦労があったのは立ち上げ時の受付嬢だが、そこで確立されたスタイルを継いでいろいろ面倒な運営のなか、よく働いてくれた。それと並行して俳優をしている、その取り組みかたがどうも古風というか映画中心主義的なというか、川瀬陽太さんなんかが好んで言う「俳優部」と自分を位置づけるような、反スターシステムな作品優先志向のようで。こちらとしては好感を抱くしかない。活躍を祈るしかない。応援するしかない。(余談だが原田喧太氏は影山氏が受付嬢だったときにオーディトリウム渋谷に来場している。2014年に林海象監督『彌勒 MIROKU』(2013年)の生演奏つき上映をやったときに"彌勒 MIROKUバンド"?としてやってきて、ロバート・フリップばりのギターを弾いていた。そういうときに、いらっしゃいませ、よろしくお願いします、おつかれさまでした、って言っていた相手と数年後に恋人どうしの役をやっているという......映画ってほんとに奇妙なものだと思う)。
 
10/29より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開