山形国際ドキュメンタリー映画祭 2015

10/14 河の流れ、樹々、鳥の群れ

結城秀勇

『顔』グスタボ・フォンタン。前日の『かつて私たちが抱いた思い』について私が感じたようなことを、もっと積極的に作品化したのがこの作品だろう。流れ着いた川辺で時間を過ごす男の姿を、16mmとスーパー8のふたつのフィルムを使い、さらにその二種類をそれぞれ別のカメラマンが撮影しているこの作品。なにぶん情報が少なく、もしかして間違っているかもしれないが、8mm映像の中に明らかに古い映像が紛れ込んでいるような気がするのだ(クレジットにも「フッテージ」という記載があったような気がするのだが......)。あの特徴的な粒状感がくっきと見え、それでいて鮮明に全体像を見せる16mmと、ほとんどそれがなんの一部かもわからないほどぼやけた近視眼的な映像を映し出したりもするスーパー8。カットが変わるごとに、キズやスレの感じが変わり、解像度が変わる。そんなふとした瞬間に、「あれ、これ回想シーンなのか?」と思う。セリフも一切なく、ストーリーらしいストーリーもない(少なくとも私には全然わからない)この作品で、そんなことを思うのがまずありえないことのような気がするのだが、でも川の水面から男の子が顔を出す場面は、いまそこで起こっていることというより、かつてそこで起こったことのように見えるのだ。回想とはいっても、はじめにこの映画に出てくる男の回想としてではなくて、他の誰か、もっと言えばこの川自体の記憶の回想のように見えるというか。
そんなふうに見えるためのテクニック、そしてフィルムの特質があるはずで、そのことを監督に聞きたかった。フォンタンの来日が中止になったのが本当に悔やまれる。

昼ごはんはちょっと遠出して、「桂林」の肉ラーメン。「龍上海」と並んで人生で最も多く食ったラーメン。肉と筍の細切りあんかけというこってり加減と、それでいて二日酔いに染み渡るようなやさしいスープとのコントラスト。似たような味は、広い意味で系列店でもある山形駅前「五十番」でも味わえます。

山形に帰るとついつい行ってしまう、美術館前の古本屋「香澄堂」。行けば必ず読みたい本がある。今回は、ファスビンダー『マルタ』の原作「生命あるかぎり」が収録された創元文庫の『ウィリアム・アイリッシュ短編集6』を購入。¥300。ふたりの出会いの描写が本当に素晴らしく美しいが、それをあの360°ぐるぐるカメラ移動に変換したファスビンダーもたいがい狂ってる。

『2012』『cinéma concret』牧野貴。こんなでっかい会場で牧野作品が見れるのもいい機会だな、と楽しみにしていた。
『2012』は減光方式による3D(という見方も楽しめる)作品で、前半がフィルムでの制作で、後半はデジタルでの制作で、ガラリと印象が変わるはずとの監督の言葉。しかし普段偉そうに、フィルムがどうだデジタルがどうだと書いてるクセに、その劇的なはずの切り替わりに気づかなかった。というか、ここで変わるんだろうなというポイントで、その質感が思ったほど変わらなかったので、もっと後にその切り替わりはあるのかなと思ってしまう。それよりも画面の手前、奥、表面にそれぞれ揺れ動く像に意識が行ってしまう。その経験を経ての『cinéma concret』は、もはやメガネをかけていないにも関わらず、画面がいくつもの層が重なっている状態に見える。それでいてそのどれかの層を中心的に見つめ続けるということもなくて、どれが図でどれが地かを特定し続ける感覚。『2012』でフィルムからデジタルへの変遷という圧倒的な距離感を見失い、『cinéma concret』で具象と抽象、時間とその痕跡としてのある具体との距離感を見失う、そんな体験。

山形みたいな海のない街に来てあえて魚介を食わんでもいいだろう、と外から帰省した人間は思うものの、それでも一週間もいれば魚も食いたくなるもので、そんなときにオススメなのが「いっこ寿司」。かなりリーズナブルな料金で立派なネタを出す。かなりの深夜まで営業していて、週末や祝前日なんかはすごく混む。冷気も強くなって宵もだいぶ深まった頃、ウニの海苔巻きをアテに熱燗を飲む、なんてのも乙なものです。

2015年の山形国際ドキュメンタリー映画祭をあえて総括するとするなら、どの作品が受賞したとかよりも、なによりもまずラテンアメリカ、もっと言えばチリ。コンペや小特集など様々な部門に分かれたいくつかの作品が偶然のように響き合って、『顔』や『ホース・マネー』のような、時間を記録する媒体としての映像の特性の根幹を揺るがす作品との出会いの中で、映像と歴史との距離が混乱した。そんな中で遭遇した『チリの闘い』は、すでに過ぎ去り消え去った隠されたなにかを記録したものとしてよりも、いまだ完全には到来したことのないなにかの欠片がつかみとられたようなもの、として見えた。

10/13 昨日が100年前より近いとは限らない

結城秀勇

『チルカレス』マルタ・ロドリゲス、ホルヘ・シルバ。煉瓦工という意味のタイトルを持つこの作品は、その通り煉瓦工として凄惨な環境で働く人々の姿を映し出す。土地を持たず、資産も設備も持たない彼らは、朝から晩まで幼い子供を含めた家族全員で働く。売り上げの大半は土地の所有者に搾取され、雨が降ればそれまでの労働が無駄になり、工場主への借金は膨らむばかりで、クビになれば住処も職もなにもかも失って即刻出て行かねばならない。
この作品に好感を持つのは、ごくごく当然のことなのかもしれないが、彼らの姿を映し出す映像が、彼らの生活の悲惨さを語るナレーションを単に補強し裏付けるだけのものではないからだ。救いも希望もない状況に、ふとした瞬間それを超えたなにかが映り込む。儀式のために真っ白いドレスに身を包んだ少女の美しさにハッとする。

昼に困ったら、とりあえずそばかラーメンを食っておけば、山形の店はだいたいうまい。ということで「龍上海」にて辛みそラーメン。生涯でおそらく一番多く喰ったラーメン。味が微妙に変わった気がするし、若干キャベツが堅いのでそれほどオススメするわけでもないが、とはいえ自分にとってはソウルフード。

『かつて私たちが抱いた思い』トム・アンダーセン。『シネマ』の序文で、ドゥルーズは、この研究は映画史ではなく、分類学だと記している。しかしその意図にも関わらず、この書物は避けがたく不可逆な流れとしての映画史を記述する書物になっている、そしてむしろ積極的に歴史としての『シネマ』を読み込まねばならないと、廣瀬純は語っていた。そうした意味での不可逆な流れの記述は、『シネマ』を出発点とする『かつて私たちが抱いた思い』にはない。だからこの作品は『シネマ』と同じ構造をしてはいない。
逆に私がこの作品に一番興味を持つのは、むしろ不可逆な事物の記述としての歴史の欠如というか、その平面的な配置なのかもしれなくて、100年も前のグリフィスの映画は高解像度の塵ひとつない鮮明さで映し出されるにもかかわらず、2001年のホウ・シャオシェンの映画がDVD程度の劣化した画質として見えてしまうという事実だ。習慣というか、染み込んだ身体感覚として、なんとなく漠然と、昔の映画は傷やスレが最近の映画よりも多いという先入観がまだ私には残っているが、これはもはや今後も自明なものとして存在する感覚ではないのだろう。余談だが『映画史』をすべて劣化したビデオ映像によって構成するゴダールの感覚の先鋭っぷりにあらためて感服する。
『ミレニアム・マンボ』で、髪を揺らしながら不思議なリズムのステップでカメラの前を歩くスー・チーは言う、これは2001年の出来事で、もう10年も前の思い出だと。『かつて私たちが抱いた思い』を見ていると、作品自体の趣旨とは関係のないところで、このスー・チーのような不思議な時間感覚に陥る。
最新作『真珠のボタン』に至るまで、1973年のチリ・クーデターを繰り返し繰り返し描き続けるパトリシオ・グスマンは次のように語っている。「その出来事を私は忘れることができない。私にとってそれはつい昨日のことのようなのだ。時間の流れ方は人によってまちまちだ」。
もはや、昨日が100年前より近いとは限らないのかもしれない。

『天津の一日』フォン・イェン。天津に住む、鉄道員やバイオリン職人、CAや芸人といった人々の生活を一日の出来事として描く。正直、まったく良いと思わない。実際には絶対一日では撮影できない複数の人間の生活をあたかも一日の出来事であるかのように構成するのは、それらが日々繰り返される普遍的な出来事だとして見せたいからなのだろうが、あくまで任意に選び出された光景にしか見えない。タイトルはこの作品が天津という街を描こうとしたことを示しているのだろうが、全然この都市そのものが見えてくる気がしない。上澄みとして掬い取られたこれらの映像の下に、もっと澱んだものがいくらでもあったのではないのか。

10/12 武器を持たぬ人々の闘い

結城秀勇

『チリの闘いーー武器なき民の闘争』パトリシオ・グスマン。史上最高のドキュメンタリーとも形容されるこの作品だが、それも決して言い過ぎではない。ものすごい。
1970年チリ、世界で初めて自由選挙による合法的な社会主義政権、サルバドール・アジェンデ政権が誕生する。前日の60〜70年代の短編集でも、その他のラテンアメリカ特集の作品でも、富裕層と貧民層の対比はとかく描かれるが、この作品ではその描写が一味違う。街頭のインタビューや信号待ちの車の運転手へのインタビューなどによって、ある者は人民連合への指示を表明し、ある者は共産主義への呪詛を吐く。それが、空間的な位置の高低や、地理的な中心と周縁だとか、肌の色や衣服の違いなどによって示されるのではなく、同じひとつの街、同じひとつの通りが、二分化し二重化していくように描かれているのは、この作品の視点を決定づける重要な要素だと思う。1973年3月のチリ議会選挙。先走った選挙報道が右派の勝利を報道し、街頭はそれを祝福するブルジョワたちであふれる。その数時間後、同じ街角が、大統領選を上回る43%にまで得票率を伸ばした人民連合の支持者たちであふれる。
この対立の、一見して見分けのつかない様が一部と二部の大きな基調をなしている。議会選挙で得票率を伸ばしたアジェンデ政権だが、議会では"多数派を占める野党"である右派によって、閣僚が次々に罷免されていく。政権の政策とは真逆の法案が次々通されていく。街角では政権の支持者も反対者も、口々にまったく同じ言葉を発する。「自由と民主主義を」と。
その裏で、まるでジェイムズ・エルロイやドン・ウィンズロウの小説で読んだことがあるようなやり方で、CIAが暗躍する。チリ財政の要である銅山で労働者たちがストを起こす。銅山労働者たちは労働者の中でも特権的な階級であり、CIAとチリ産業界を牛耳る者たちの扇動が彼らをストへと駆り立てる。「労働者の権利を」と叫ぶ彼らが、労働者の政権であるはずの政府と対立する。CIAの攻撃は、労働者の手段であるはずのストやデモのかたちをとる。エルロイのLA四部作の主人公たちが、ひとりのファム・ファタルを巡ってまるで互いが互いの鏡像であるかのように似通った行動を取ってしまうように、チリというひとりの運命の女を巡って、人々はみな、自分と似通ったなにかと対立する。
そしてその似通った者たちの闘いが、武器を持った者たちという彼らとはまったく似ても似つかない者の登場によって終わりを迎えることを、この映画を見る者たちはみな知っている。二部の最後でその終焉の様が丹念に描かれるのを見つめていれば、涙をこらえることなどできない。だが同時に少し疑問にも思うのだ。この終焉の後に、第三部はなにを語るのか?と。
第三部は二部でもすでに描かれた、チリ財政を決定的に崩壊させた、トラック運転手組合の全国的なストまで時間を遡って始まる。一部の最後に最初のクーデターの失敗が描かれた時点で、人々は自分たちにも武器と軍隊が必要なのだと知っている。もはや内戦が避けがたい状況として未来に立ちはだかるように見えるとき、人々は街角で、組織の会合で、職場の前や家の前で、自分たちにも軍隊が必要だと訴える。だが最後まで、彼らは自分たちの軍隊を持つことはない。それはある種の失敗なのだとしても、そのことがこの闘いを「武器を持たぬ者たち」の闘いへと、決定的に変える。彼らの敗北が、他のいかなる勝利でも得られなかったことを教えてくれる。そのことが深く胸を打つ。
たとえば右派に扇動された公共交通機関のストで交通が麻痺した都市の中を、労働者たちが借りだしたトラックを即席のバスに変えて人々を運搬するとき。トラック会社の全面ストで工場への資材供給が断たれる中で、労働者たちの「工夫」によって資材不足を補い、やがて独自の流通で生産力を平常通りまで高めていくとき。食料の買い占めで闇マーケットに品物が流れ、高価な食べ物を買えず飢える人々の列が、政府からの直接買い付けによって食料を原価で販売する直売所へとつながっていくとき。輸送が止まり、あらゆる産業の上層部がストを支持して工場を去っていく中、工場に残った労働者たちが「自分たちにできる闘いは、普通に働くことだ」と言うとき。そして街角に集まった人々の叫ぶ声が、「アジェンデよ、我々を守ってくれ」ではなくて、「アジェンデよ、我々があなたを守る」であることの意味を噛みしめるとき。
そんな数々のときに、本当に文字通り、この映画の存在が世界を変える。

『チリの闘い』のQ&Aも盛り上がり、『見つめる』イエ・ユンの開始時間にちょっと遅れる。いろんな人が誉めてるのを耳にしていたがたしかにいい作品だ。親との精神的・物理的な距離を感じながら生きるふたりの少年と少女を映画は追う。
少女は普段ヨーロッパで暮らす母親に会っても、面と向かって「お母さん」とは呼べない。母親が土産に買ってきたストッキングを履いてみろと言うのを頑なに拒否し、「いやだいやだ」と子供じみた叫びを上げる。少年は、妻に捨てられアル中でまともに働こうとしない父親とともに暮らしている。彼はあるとき学校の教師からこんなことを尋ねられる、「君はいつも笑わないが、家で嫌なことでもあるのか」と。彼の答えは、「別に。笑うときは笑うし、笑わないときは笑わない」。拒否を恐れぬ彼ら小さなバートルビーたちの振る舞いを見つめることに深く引き込まれていく。
非常にすばらしいこの作品だが、ほぼ3時間の上映時間の最後の一時間くらいは、多少疑問に思う部分もある。もしこの映画をふたりの少年少女についての作品とするなら、もっと短くまとめるべきではなかったのかと。そんなことを思うのは、終盤に映し出される少年の姿があまりにすさまじく、彼の姿をもっと見ていたいと感じるからだ。朝になっても布団から出てこない父親に向かって、食べるものがない、お腹がすいた、と泣き声を上げ続ける、少年の幼い弟。「生まれ変わったらアヒルになりたい。その方がいまよりもまし」と呟く少年の黒い瞳。彼ら三兄弟の姿を追い続ける3時間か4時間の映画が存在したら、いまあるかたちのものよりももっといろんなものが見えてくる気がするのだ。

『僕と兄』ロバート・フランク。理解が間違ってなければ、統合失調症の兄・ジュリアスをドキュメンタリーに撮ろうとする弟、をフィクションとして作り直そうとするというフィクション(の失敗?)。クリストファー・ウォーケンやアレン・ギンズバーグという豪華キャストに惹かれて見に行ったが、なにより被写体としてのジュリアス兄ちゃんの見事さに感服する。ドキュメンタリーとしてのジュリアスがいて、それを演じようとする俳優がいて、でもそのドキュメンタリーとしてジュリアス自体が演じられたものである......という多層的なつくりの果てに、ジュリアスが「演技とは?」という質問に、「いまこうして存在すること以上のなにか......。でもひょっとするとまったくの徒労」と答える場面は、ドキュメンタリーとかフィクションを越えた、まったく映画的な瞬間である。

「1960〜70年代チリ短編映画集」。ヨリス・イヴェンスの『ヴァル・パライソにて......』は、一見してすぐそれとわかるナレーションのテキストのクリス・マルケル節っぷり。その詩的さばかりではなく、むしろ現実を多層化する眼差しにおいて、現代の生真面目なドキュメンタリーがぜひ取り入れるべきニュアンスだと思う。それを目当てで見に行ったラウル・ルイス『スーツケース』の前衛っぷりにも満足するが、なにより1970年に製作された『勝利をわれらに』のコンテクストが、翌日の『チリの闘い 三部作』を見るのに必須だった。見てよかった。

『女たち、彼女たち』フリア・ペッシェ。スタンダードの画面で、寝たきりの老婆の脚を拳でマッサージする映像の、画面の切り取り方に好感を持つ。女たちが浴室にすし詰めになりながら身繕いをする際の、脈絡のない言葉の多層的な音響の重なりにも好感を持つ。だがこの映画に映されたものを、冒頭の言葉通りあらゆる女たちが当たり前に行ってきた行為として映し出すためには、水浴びのシーンも、最後の出産シーンもあまりに荘厳で美しすぎる気がする。ここに映された出来事をもっとありふれた女の子たち、かつて女の子たちだった人たちのものとして見せることは出来なかったのだろうか。『ヴァージン・スーサイズ』の前半部分のオルタネイト・ヴァージョンのようなかたちで。

暑い。完全に見誤った。

すごい混むんじゃないかと、『東洋のイメージーー野蛮なるツーリズム』イェレヴァント・ジャニキアン、アンジェラ・リッチ・ルッキと『ニースーージャン・ヴィゴについて』マノエル・ド・オリヴェイラの二本立ての会場に一時間前に行ってみるが、誰もいない。待つ間に初日の日記を仕上げる。
『東洋のイメージ』は1920年代末に撮られたインド旅行のサイレントフィルムに、アンリ・ミショーとミルチャ・エリアーデのテクストを元にした歌が重ねられるというもの。引き延ばされたスピードで映像は再生され、象に揺られる人々の映像に、太鼓のドゥーンドゥーンというリズミカルなフレーズと衣擦れのような鈴の音が重ねられたりする。しかし、西洋人たちがこぞって被っている、あの探検隊が被るような帽子の名前はなんていうんだったか。「世界不思議発見」のヒトシくん人形みたいなやつ。とか考えてしまうくらいにのんびり見る。「野蛮さ」はたしかにどこかには存在するのだろうけど、本当に彼らの身振りそのものにあるんだろうか。
『ニースーージャン・ヴィゴについて』。冒頭「ジャン・ヴィゴの方法論」と題して、ニースのすべてはギャンブルで出来ている、ニースにいるのは外国人だ、などという人を喰ったようなテーゼが提示される。そして「しかし、あらゆるものが死へと向かう運命のうちにある」。
すべての人々が通り過ぎていく街であるニースで、しかしカメラは至極当然のことのようにくつろいでそこにいて、室内から逆光の窓際を映すとき、あるいは街角に時間を越えて立つ彫像を映し出すとき、いかにもオリヴェイラ作品であるあの画になる。ヴィゴの『ニースについて』にある、女神像の膝のアップから、腿、脚の付け根へとカメラが舐めていくと、腿と股の窪みに小鳥が巣くっている、というカットがすごく好きだ。軽薄なエロティシズムに見えたものがあるときなにかを飛び越えて荘厳なものになるような瞬間が、この作品にもいくつかあって、『ニースについて』の脚を振り上げて踊る女たちを仰角で撮り続けるショット、そこで彼女たちに紛れて踊る道化師の格好をした男を、「あれはジャン・ヴィゴ。私の父です」と娘が名指す場面もそうだろう。

半端な時間に半端な時間が空いたので、駅の目の前の北野水産とかが入ってる建物のモール状になってるとこにある立ち食いそばでまたも冷たい肉そば。昨日のと比べるとあれだが、しかし中途半端な時間にサクッと食えるのを考えると、悪くない。¥500。

『真珠のボタン』パトリシオ・グスマン。チリが世界最大の海岸線を持つ国だなんて考えたこともなかった。考えてみれば納得なのだが。水晶の中に閉じこめられた古代の水滴が、宇宙の彼方の惑星上にある水が、パタゴニアの民が信仰し混じり合った海が、海中に沈められた隠された犯罪が、記憶媒体としての水によってひとつにつながっていく。劇中でも語られることだが、流れる水は楽器でもあり、それが奏でる音楽に耳を傾けるのは非常に心地よい。その音楽が語るのが悲しく痛ましい物語なのだとしても。

『ホース・マネー』ペドロ・コスタ。コスタ作品に繰り返し登場してきたヴェントゥーラが、あの姿のまま自分は「19歳だ」と言い張る。その飛び越えられた時間の歪みのせいか、たんなる彼の幻覚か、あるいはそれはたしかにそこに存在するからなのか、出てくる人々は皆亡霊のようだ。光を受けた中心部分から周縁に向かって黒く翳り、それがスタンダードの画面の縁と見分けがつかなくなる。そのこと自体ははこれまでのデジタル撮影フィルム焼き付けの作品でも見られたことなのだが、そこで浮かび上がる光の質感が、DCP上映のこの作品では決定的に違う。たとえば『ヴァンダの部屋』の、廃墟と化していくフォンタイーニャス地区に住む人々が、その汚れや傷を背景と共有しながらそこにいるように見えたのとは裏腹に、『ホース・マネー』ではもはや彼らの身体に刻まれた傷や、肉体の奥底まで浸透した病(「おれたちは何度でも死に続ける、それがおれたちの病だ」)は、もはや背景に溶け込むように受け入れられることはなく、どこまでも異様なものとして浮き上がってしまうかのように見える。そしてそのことがおそらく『ホース・マネー』の構成自体にも関わっているのだと思う。歪なアイリスのような加工によって闇の中に孤立して浮かび上がる人々の肖像が亡霊のように見えるのは、存在の希薄さや儚さによってではなく、むしろ彼らのくっきりとしたあまりにあからさまな存在感のせいだ。エレベーターの中に現れる兵士の、あのギラギラしたメイク。それに対して、フィルムに焼き付けられた色彩は美しかったと言うのは簡単だ。だが時間的にも空間的にも距離感を喪失したような人々の肖像の連続に歌が重なるとき、距離感を欠いたデジタルの肖像をそっくりそのまま冒頭に置かれたフィルムのポートレイトと同じ存在として位置付けなければならないとペドロ・コスタは強く確信しているはずだ。繰り返すがフィルムの美しさを讃えそのその喪失を嘆くのは容易い。それに代わる方法を、私もまた強く切望している。

10/09 そこにいたのかもしれない私

結城秀勇

深夜バスで早朝到着した際には、シャツの上にスウェットとベストという格好でちょうどいい、想定通りの寒さ。しかし日中はあったかい。パーカーで、雨風しのぐ薄いアウターを鞄に忍ばせおく、くらいがちょうどいいかも。

本日1本目は『映画は時代を写す時 ―侯孝賢とエドワード・ヤン』是枝裕和。このふたりの映像が並んでいるだけで泣けるとか、『牯嶺街少年殺人事件』の若いチャン・チェンがピアノ弾き出すシーンが泣けるとかいろいろ言いようはある。しかし、近年のホウ・シャオシェンしか知らない、エドワード・ヤンの死後しか知らない、そういう若い人にとってすごくためになるドキュメンタリーではなかろうか。ホウ・シャオシェンとエドワード・ヤンとの対比が、伝統と革新、中国大陸の文化とアメリカの文化、といったやや類型的なものであるきらいがあるが、それでもこの作品に好感が持てるのは、彼らふたりとはまったく関係ない、監督でもなんでもない台湾の普通の人々にとっての映画というエピソードが挟まれているからだ。ホウ・シャオシェンはキアロスタミ『そして人生はつづく』を見て、一晩眠れなかったと語る。イランの人々の生活が台湾のそれに重なると。そうした意味で、この作品は不世出の台湾の二大監督についてのものというよりも、私たちがそうでもありえたような台湾という国に住む人々の物語なのではないか。

かなりあったかいので、ちょっと歩くが山形一寸亭で冷たい肉そば。平日ランチ、天ぷら付きで¥802。余談だが、ここの水は二日酔いにはたまらなくしみ込むうまさ。

続いて『叫び』レオバルド・ロペス・アレチェ。1968年10月2日、オリンピックを直前に控えたメキシコで、デモのため集まる学生たちに軍と警察が発砲した事件についてのドキュメンタリー。ナレーターは語る、「これは戦争じゃない。戦争ならばそこにいるものたちは戦うつもりでそこにいる。ここヴェトナムじゃない」。しかし発砲が行われるまさにその瞬間、戦場ではないその場所で、戦場と同じ出来事の連鎖が起きるのを目の当たりにする。「私はヴェトナムに行っていたから、照明弾が砲撃の合図だと知っていた。逃げろと叫んだが、誰もなんのことだかわからなかった」。
オリンピック、デモ。あえて言うまでもないが、それが遠い国の遠い過去の出来事だと、どうして言い切れるだろうか。

そして続けて見た『6月の取引』マリア・アウグスタ・ラモス。なんの前情報もなく、コンペも1本くらい見ておくかぐらいの気持ちで行ったら、そこでも同じことが違う時代違う場所で繰り返されている。2014年のサッカーワールドカップを控えたブラジルで、教育への支出を増やすように訴えるデモ。地下鉄職員のストライキと、そこに打ち込まれる催涙弾。
この2本を立て続けに見て、いまの日本を考えずにいられる者などいるだろうか。