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November 4, 2004

『コラテラル』マイケル・マン

[ cinema , sports ]

トム・クルーズとジェイミー・フォックスの乗ったタクシーの前を、2匹のコヨーテが横切る。暗闇の中でコヨーテの目が赤く光り、ふたりのいる方向を見たまましばし立ち止まる。タクシーの中のふたりもまた、放心したようにその光を見つめている。
このフィルムに映されているのは、タクシーの夜勤が始まる時点から朝が明けるまでの限られた時間だ。太陽の光は映画の終結を意味する。暗闇と、人工的な光だけがふたりの男を結び付けている。そんなとき、ある光がずっと寄り添っていたことに気が付く。コヨーテのシーンの後、クラブの中で4番目の標的を巡り、FBI、一人の刑事、標的とされた男の手下たち、そして殺し屋トム・クルーズの激しい銃撃戦が行われる。ジェイミー・フォックスを取り押さえようとするFBIに、トム・クルーズの銃弾が打ち込まれる。助けられた男と彼を助けた男は見つめあい、その一瞬、画面が固まったような奇妙な時間が流れる。光が飛び交い、人の群れに飲まれたクラブのフロアでは、誰が誰であるか、銃弾がどこから飛んできたのかさえ判別できない。しかし、トム・クルーズの青白く光る瞳が画面に現れた瞬間、その放心した光に思わず見入ってしまうのは、ジェイミー・フォックスひとりだけではないはずだ。このシーンから先には、孤高の殺し屋がタクシー運転手に友情を抱き始めるという、陳腐なストーリーが用意されている。たとえそうだとしても、彼の何の感情も読みとらない瞳だけは、物語からも映画の時間軸からも、少しだけはみ出していたように思う。
後半部分では、トム・クルーズはターミネーターと化し、夜明けの光を映さないためだけに、強靱な肉体技を披露する。最後の標的であり恋心を抱く女を守ために、ジェイミー・フォックスは頭を使い彼を欺こうとするが、頭脳戦はこの映画には必要ない。唯一頭の切れていた刑事でさえ、あっけなく殺されてしまうのだから。ビルの窓を壊そうとジェイミー・フォックスが椅子を投げつけると、鈍い音を立てただけでガラスはびくともしない。気まずい沈黙の後、彼は銃によってガラスを壊すことになるが、トム・クルーズの投げた椅子は見事一発でガラスを打ち破る。彼の強さの秘けつは銃のテクニックではなく、肉体の強さそのものなのだ。そのことに気付いたとき、彼から逃げるのではなく真正面から向かい合うことが最善策だと知らされる。タクシーの中では鏡越しに見つめあうか、切り返しによって対話するしかなかったふたりが初めて対面する。
動きを止めたトム・クルーズの姿を見て、彼の身体の小ささに愕然とする。夜明けの青い光の中男と女はふらふらと歩き出すが、彼らの頭上では、小さな男を乗せた電車がいつまでも走り続けるのだ。

月永理絵


日劇1ほか全国ロードーショー