2022年ベスト

赤坂太輔 (映画批評家)

映画ベスト(順不同で)

  • 『Quién lo impide』ホナス・トルエバ
  • 『花果飄零』クララ・ロー
  • 『The Cathedral』リッキー・ダンブローズ
  • 『CE2』ジャック・ドワイヨン
  • 『Welcome』ジャン=クロード・ルソー
  • 『A Little Love Package』ガストン・ソルニツキ
  • 『Del Natural』グスタボ・フォンタン
  • 『Outside Noise』テッド・フェント
  • 『Der Offene Blick』ペーター・ネストラー
  • 『I Morti Rimangono con la Bocca Aperta』ファブリツィオ・フェラーロ
  • 『Atarrabi & Mikelats』ウジェーヌ・グリーン
  • 『Les Lettres de Didier』ノエル・プジョル
  • 『コルシーニ、ブロンベルグとマシエルを歌う』マリアノ・ジナス
  • 『ザ・ミソジニー』高橋洋
  • 『にわのすなば』黒川幸則
  • 『アネット』レオス・カラックス
  • 『あなたの顔の前に』ホン・サンス
  • 『クライ・マッチョ』クリント・イーストウッド
  • マルセル・アヌーン四季シリーズ(『春』『夏』『秋』『冬』)

青山真治が逝ってしまい日本映画を追う動機を失ってしまっていたので今年は二本のみ。
ゴダールにしろストローブにしろあんな映画を作ってほぼ90歳はむしろ大往生であり、否応なしにこれからも(ことによるとさらに生前より)語られ続けると思われるので、むしろいかに語るのかの難題を背負わされるのは現世の人々の方であろう。
コロナや戦争で毎日多くの人々が逝くニュースを流し、そして人々を操って戦争へと向かわせようとするメディア映像に囲まれて、それらに抗いまた生の瞬間をどれほど記録することができるのかという「生の擁護」が映画(とりわけインディペンデント映画)に担わされた役割であろう。それは第2次世界大戦直後にロッセリーニがヒロインを撮った距離や時間を引き継いだヌーヴァルヴァーグによって続けられ、ポスト・ヌーヴェルヴァーグによるメディア批判によって重要なものとなったが、その代表的な二人が逝去した今はたしてその作業は引き継がれるのか。その兆しはあっても、認知できるかどうかは観客と批評の問題だが。今年ウクライナ戦争で亡命したロシアの批評家アントン・ドリンの「今回の大惨事を防ぐために私たちは十分なことをしてこなかったように思う」という嘆きを我が物としないためにも。

その他ベスト

他ジャンルでも物故者が多かった年だった。文学ならハビエル・マリアス、音楽ならファラオ・サンダース(ソニー・シャーロック「Ask the Ages」で共演してたずっと若いチャーネット・モフェットも)、もう追ってないがプロレスならアントニオ猪木・・・(なぜか渋いところで1979年3月30日秋田市立体育館の猪木&藤波vsヒロマツダ&マサ斎藤のテレビ中継を思い出した)。

池田百花 (NOBODY)

映画ベスト

新旧問わず見た順に。もはや語り尽くせないワンダの一挙手一投足の愛らしさをはじめ、来日も叶ったアマルリックの監督作に描かれる、崩れ落ちては立ち上がろうとする力強い女性主人公、シアマの新作で悲しみに囚われた母を受け止めようとする少女のどこまでも無垢で優しい眼差しが特に記憶に残っている。少なからずつらい現実の中で、耐えがたいもの、わかりえないものに直面してもなお踏みとどまって立ち向かっていく彼女たちの存在に何度も救われた。『恋するアナイス』で主人公と同じ名前を持つ俳優アナイス・ドゥムースティエが絶えず目の表情をくるくると変化させながら駆け回る姿も忘れがたい。コメディとして見ていて楽しかったのは何より、自らの欲望と向き合うことをないがしろにせずに突き進む彼女から放たれる輝きに強く魅了された。一方、現実と夢のあわいのような世界に誘われる『にわのすなば GARDEN SANDBOX』も素晴らしかった。何かを待つのでもどこかに向かうのでもなく、目的語なしの自動詞的な「待っている」状態の中で、ただ宙づりになった時間を生きる人々。しかし彼らは、何もないかのように見えるそうした時間の中にこそ何かがあることにきっと気づいていて、そうやって夢から醒める瞬間を引き延ばしていく日々に寄り添うことが許されるひとときは特別だった。
その他、『みんなのヴァカンス』でギヨーム・ブラックの生み出す光を真っ暗な劇場で目いっぱいに浴びる経験には代えられないものがあったし、『アンナの出会い』(シャンタル・アケルマン)を見た帰り、暗い夜道が映画の情景とひと続きになり、駅に向かう自分の足取りにアンナの足音が重なって妙に胸が締め付けられたことも思い出す。今年のおわりに、ずっと行ってみたかった「中原昌也への白紙委任状」で『レーチェル、レーチェル』(ポール・ニューマン)を見られたのも嬉しく、役者の撮る映画の持つ不安定さの魅力や、わかりえない「人」という存在を探求し続けることについて語られた上映後のトークも面白くてもっと聞いていたかった。

その他ベスト

  • 「ロニ・ホーン : 水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」ポーラ美術館(展覧会)

    会期終了が迫っていた3月頃、初めて訪れたポーラ美術館は、霧がかかっていながらも緑の芽生える木々に囲まれていて、まず敷地に入って一瞬でとても好きと思える場所だった。室内だけでなく屋外の遊歩道にも作品が続いており、そこでロニ・ホーンの創造世界と自然が接続する束の間、まるで異世界に迷い込んだかのような感覚に陥った。とはいえ今回はあまりのんびりできなかったので、美術館の周辺も含めてまたゆっくり訪れてみたい。

  • 「高木由利子 写真展 chaoscosmos vol.1 ― icing process ― カオスコスモス 壱 ― 氷結過程 ―」GYRE GARRELY(展覧会)

    表参道にある建物の一角、ガラス張りのギャラリーに一歩足を踏み入れると、作家が採集した自然現象からなる小宇宙が広がっていた。そこは、ほとんどが黒とグレーからなる美しいモノクロ写真の数々が白い壁に並べられた静謐な空間で、レンズを通して捉えられた未知なる対象を前に、被写体と自分の中でそれぞれに蠢く何かが反応し合う感覚に身を委ねる時間は心地よかった。写真展を訪れた日、図らずも作家本人が在廊しているところに立ち会うことができたのだが、長い髪を後ろでひとつに束ねて凜として立つ彼女の佇まいそのものも素敵だった。
    同じ日、近くにあるギャラリーvoid+で開かれていた「ミヤギフトシ “American Boyfriend : Portraits and Banners"」もよかった。言葉とイメージの間を独自の繊細な感覚を持って行き来する彼のアートワークは興味深く、この展示を機に彼の文章も少しずつ読み始めている。 

  • 『さらば、ベイルート ジョスリーンは何と闘ったのか』四方田犬彦(書籍)

    当初は世界中を駆け巡るドキュメンタリー映画作家ジョスリーン・サアブをモデルにした小説になる予定だった本作は、執筆途中でこの作家が発病して残り少ない余命を宣告されたことから、彼女についてのドキュメンタリーに趣を変えることになったという。しかし冒頭から「ジョスリーンは死に瀕していた」という一文が畳みかけられるように、彼女が最期の日々に映画に傾けた情熱を書き残したいという筆者の思いがひしひしと伝わってくる文章は、何よりもいまは亡き友人への哀悼のメッセージとして強く胸を打つ。まさに小説よりも奇なる実際の物語。

  • 『メアリ・ヴェントゥーラと第九王国』シルヴィア・プラス、柴田元幸訳(書籍)

    10代のおわりに読んで鮮烈な印象を受けたプラスの自伝的小説『ベル・ジャー』とは一線を画し、訳者の軽快な語り口も大いに手伝って、この作家の新たな側面を発見できた一冊。全体として、登場人物が襲われる恐怖やシニカルな要素を繊細に描き出す彼女ならではの筆致はそのままに、可笑しみであったり温かみであったり、救いが訪れる瞬間も一緒に描かれているところが新鮮だった。こうやって、かつて知っていたのとは別様の語りを持つプラスにいま一度出会えたことで、彼女が自己を投影した主人公とともに堅く閉ざされた何かの中にいる他なかったあの頃の自分も少し救われた気がした。

  • 伊藤亜紗×山下澄人「病気の身体が見せる世界」『文學界』7月号(対談)

    山下さんが自らの病について綴った『君たちはしかし再び来い』の刊行に際して行われた対話。「常に待ち合わせをしている「私」が来ないみたいな状態」、「見てるのに見てない目。あてにならない、というかあてにできない「私」」。新刊に勝るとも劣らずダイレクトに胸に響く言葉の数々に終始ハッとさせられた。たしかに、ままならない身体を抱える「私」は、常に何かが不在の感覚から免れることはないし、知らぬ間に多くの物事を取りこぼしてしまっているのかもしれない。しかしそこで、たとえ事後的にではあっても、言葉を介してそういう「私」をむしろ面白がることでひとつひとつを肯定していきたい、そのために書き続けていきたいと改めて思わされた。

井戸沼紀美 (肌蹴る光線)

映画ベスト(観た順)

  • 『ベルイマン島にて』ミア・ハンセン=ラブ
  • 『よだかの片想い』安川有果
  • 『すべての夜を思いだす』清原惟
  • 『みんなのヴァカンス』ギヨーム・ブラック
  • 『石がある』太田達成

『ベルイマン島にて』と『よだかの片想い』の二作には、最初から最後まで陶酔しきっていた。監督それぞれが持つ優れたリズム感覚や、同じ時代を生きている実感が滲む言葉選びに、安心して身を預けられたのだと思う。『よだかの片想い』の、見えないはずの磁力が可視化されてしまうようなキスシーンは、2020年代に観たキスシーンの中で最も印象に残っている。自分が生きる前後の長い長い時間や、人間以外の記憶にまで意識を押し広げてくれた『すべての夜を思いだす』と、ある日ある時たまたま隣り合うことのミラクルを喜びと共に体感させてくれた『石がある』は、日常の景色をみずみずしく生まれ変わらせてくれた作品たち。どちらも劇場公開が待ち遠しい。『みんなのヴァカンス』は、きれいなものを素朴にきれいだと言う人々の姿に心が洗われた。冒頭でおばあちゃんが「当たって砕けろだわよ~」と微笑んだのと呼応するように、前のめりにヴァカンスに行って、その帰り道を映さない構成も最高だった。そのほか、『unrest 62|22 変動の時代』で観たウルリケ・オッティンガー『アル中女の肖像』と『KANGEKI 間隙』vol.21で観た鷲見剛一『宵醒飛行』のことも強烈に記憶に焼きついている。さまざまな短編映画に出会える上映企画『GINZAZA』も楽しかった!

その他ベスト

  • まちの会話(コンテンツ)

    SNSで新しい情報を追いかけたり、文言を読み込んだりする気力が日に日に薄れてしまった2022年。タイムラインのオアシスはまちの会話アカウント @machinokaiwa とハッシュタグ #まちの会話 でした。全部が全部心にヒットするわけではないのだけど、ふいに「あっちは恋愛モードかも知れないけどこっちは真剣勝負なんだからねえ」とか、「練習サボったらマジおまえうまくなんねーからな」などといった野生の言葉に出会わせてもらいニコニコになった。自分が実際に街中で聞いてグッときた会話(というか台詞)は「わたしも3月に生まれたの(by道ゆくマダム)」です。

  • ひい、ふう、みそ汁。(食品)

    顆粒タイプの缶入り即席みそ汁。味噌をぐにゃっとお碗に入れるインスタントみそ汁よりジャッ、ジャッ、と手際良く準備できる、気がする……。何より名前が好き。

  • 石川理夫『平等な場としての共同湯』(コラム)

    ロニ・ホーン展に行った帰り道、天山湯治郷でゲットした瓦版『みだれかご vol.58』に掲載されていたコラム。刺青やタトゥーが入った人の入浴に対して、入浴を断る法的根拠はないこと、かつては粋なファッションとして流行していた入れ墨が昭和の任侠・ヤクザ映画の影響もあって「反社会的勢力」の印のように受容されるようになったこと、92年の暴力団対策法施行で、入れ墨がその象徴とされたこと、家庭に内風呂が普及したことで多様なはだか姿に接する機会がなくなったこと、などに触れたのち、「迷惑をかけないかぎり、さらした身体の個性や特徴だけで排除されたりしてはならない」と結ばれるこの文章。こうした意見を発信するメディアを持つ温泉じたいもクールだなと思いました。

梅本健司 (NOBODY)

映画ベスト

  • 『冬薔薇』阪本順治
  • 『あなたの顔の前に』ホン・サンス
  • 『炎のデス・ポリス』ジョー・カーナハン
  • 『みんなのヴァカンス』ギヨーム・ブラック
  • 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱

公開作のみ。『クライ・マッチョ』(クリント・イーストウッド)、
『リコリス・ピザ』(ポール・トーマス・アンダーソン)
、『いつか、いつも……いつまでも。』(長崎俊一)などなど、他にも2022年は多くの新作に恵まれた。と同時に、亡くなった監督たちの作品を語る言葉がすぐに見つからず、無力感を噛み締めた年でもあった。まるで死ぬのを待っていたかのように追悼文を書く人もやはり必要だ。

その他ベスト

  • 試合:ブライトン対アーセナル 2-4

    ブライトンが素晴らしすぎる。シーズン途中で監督、コーチ陣を根こそぎチェルシーに引き抜かれたにもかかわらず、後任のデ・ゼルビがより魅力的なチームに仕上げた。数年かかって強豪に返り咲こうとしているアーセナル(現在1位!)とブライトンの対決はワールドカップのどの試合にも増して面白かった。

  • 試合後:チェルシー対トッテナム戦後の両監督の握手

    激しく口論し、散々煽り合った試合後の握手。すれ違いざまにしようとしたところ、お互い手を離せずに、引っ張り合いになった末、チームを巻き込んで大喧嘩。見たことない喧嘩の始まり方だった。

  • 特集:「アメリカ映画史上の女性たち」@シネマヴェーラ渋谷

    アイダ・ルピノの監督作が多くの観客に恵まれたことがとても嬉しかった。

  • ショット分析:『街の灯』 天水桶にのり、窓から部屋を覗くチャップリンの視点を逸脱して、横たわるヴァージニア・チェリルにまで届いてしまうカメラ移動(ダニエル・モーガン)

    『The Lure of the Image』 三章の終盤。いきなり『街の灯』の話題になるのだが、このショットに対する記述は見事。二章の「『カポ』のトラヴェリング」(セルジュ・ダネー)批判、五章オフュルス論なども面白い。

  • 菓子:西早稲田キャンパス近くのローソン

    菓子の品揃えがいい。滅多に見当たらないたべっこどうぶつのチョコが染み込んだやつがいつもある。

岡田秀則 (映画研究者/フィルムアーキビスト)

映画ベスト

  1. 『アネット』レオス・カラックス
  2. 『パシフィクション』アルベール・セラ
  3. 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱
  4. 『パラレル・マザーズ』ペドロ・アルモドバル
  5. 『麻希のいる世界』塩田明彦

映画作家にしても映画館にしても映画のインフラストラクチャーにしても、圧倒的に"喪失"の苦さを味わわされた一年だった。いちいち挙げるのも気が滅入るが、個人的にはアラン・タネールの他界がとりわけ悼まれる。後期作品も含めて、いまだ日本のスクリーンでまとめて見られないのが残念だ。
そんな中、レオス・カラックスが、まだ"攻める"ぞと宣言した『アネット』には勇気づけられた。またアルベール・セラの大胆不敵さも先刻承知だが、東京国際映画祭で観た『パシフィクション』はストーリー上必須でないシーンにも膨大なエネルギーを傾け、自らに課すハードルをより高くした。この先どうするんでしょう。
良し悪しではなく、映画技術史リーディングから猛烈に面白かったのが『ワン・セカンド 永遠の24フレーム』。張芸謀なりの映画フィルム讃歌で、人民中国っぽい人海戦術フィルムクリーニングが前半のクライマックスだったりするから参ります。主人公たちが平たい麺を食べるシーンがあるが、あの横幅も絶対に35mmだろうな。あと『フレンチ・ディスパッチ(以下略)』はウェス・アンダーソンがついにマニエリスムという残念な領域に入りつつあることを示した。あとは『WANDA ワンダ』(バーバラ・ローデン)、『バビ・ヤール』(セルゲイ・ロズニツァ)『パリ13区』(ジャック・オディアール)、『みんなのヴァカンス』(ギヨーム・ブラック)、『やまぶき』(山崎樹一郎)などが記憶に残った。
実は最大の衝撃は、遠からず公開されるだろう『フェアリーテイル』(『独裁者たちのとき』という劇場公開題がついたようだ)。同一フレーム内に、ウィンストン・チャーチルが3人いた…。もうソクーロフはロシアではなく、地球上にない場所で映画を撮っているのかも知れない。

その他ベスト

2022年の自分は大して何もできなかった、という感覚に捉われている。音楽もほとんど開拓しなかった。昨年選んだブラック・ミディはいい新譜を出したのだが…。ただ、コロナ以来久々に日本を出ることができ、ポーランドに滞在した。そうしたらこの国のことが気になって近現代史の本を十冊近く読んでしまい、止まらなくなりそうだったので止めた。この国の国立映画アーカイブで、たぶん社会主義時代の配給プリントであろう、傷だらけの『ミツバチのささやき』をひっそり観たことは忘れないだろう。

  • ネオン博物館(施設)

    かつて社会主義ポーランドでは、無骨な建築の印象を和らげるためか、ネオンサインの設置が推奨され、盛んに建物を飾ったという。とはいってもギラギラした商品広告ではなく、単に「図書館」とか「映画館」とか「コーヒー店」というだけの質素な内容。それらがいま有志の手で救出され、市内のプラガ地区にある煉瓦作りの建物で公開されている。もちろん撮影は自由。ここまでソーシャルメディアで映える博物館を、私は他に知らない。

  • 「オーソンとランチを一緒に」オーソン・ウェルズ、ヘンリー・ジャグロム(書籍)

    400ページ以上あるが、100ページほど読んだところで「これはやばい」と呟いてしまった。ウェルズ御大が若手監督との昼食の場でどろどろと吐き出した放言が、あろうことか文字に起こされている。ウェルズの許諾は得たと書かれているが、今でも隠し録りだったのではと思えてならない。そしてこのダークな内容を、こんなに美しい装幀で包むとは畏れ入るばかり…。

  • 「シカゴ育ち」スチュアート・ダイベック(書籍)

    「オーソンとランチを一緒に」の後に、ダイベックで心の安らぎを得ようと試みる。東欧系とヒスパニック移民の街、シカゴの深夜の静寂に耳を澄ますようないくつもの言葉の断片が沁みる。小説の中の「映画」のプレゼンスについ視線が行ってしまう自分としては、劇場の案内係になった少年の物語「アウトテイクス」が絶品だった。

  • 「三千年後への投写術」平瀬ミキ(美術)

    恵比寿映像祭の出品作だったが、アーカイブ論として痛烈だった。遙かな未来に残る記録媒体はただ一つ、石だけ。映像でさえ石で残すしかないのではという問いかけは、映画アーカイブ実務者の目からはもうスーパーペシミズムである。これを具体的な作品にしたアーティストが存在する、という事実を心に刻んだ。

  • 札幌映像機材博物館(施設)

    登別温泉から最近札幌に転居してきた個人運営の博物館。映画やビデオのキャメラはもちろん、フィルム映写機、編集台、録音機材、各フォーマットの映画フィルム、はてはクレーンまで展示している。すべては館長の無私の情熱によるもので、35mmも16mmもキャメラのほとんどが動態保存、よく見るとどれも配線されていてちゃんと動く。それでいて空間には落ち着きがあり、ここまで来てよかったという充足感が味わえます。

荻野洋一 (番組等映像演出/映画評論家)

映画ベスト

  1. 『アグネスを語ること』チェイス・ジョイント
  2. 『化粧雪』石田民三
  3. 『白薔薇は咲けど』伏水修
  4. 『音楽喜劇 ほろよひ人生』木村荘十ニ
  5. 『パシフィクション』アルベール・セラ

2022年公開の新作ベストテンについては「リアルサウンド」で既発表(ネット配信作品も含む)、そして日本映画&外国映画それぞれのベストテンおよび個人賞各賞については「キネマ旬報」で発表予定なので、「NOBODY」では荻野にとっての純粋な初見ベスト5本を選出させていただく。1位『アグネスを語ること』はレインボーリール東京(東京国際レズビアン&ゲイ映画祭)の上映作品。1958年におけるUCLAのトランスジェンダー対面調査の被験者たちを、現代のトランスジェンダーがUCLAに保管されていた当時の発言記録を暗記して再演するという二重三重の仕かけを施している。監督のチェイス・ジョイントはカナダのトランスジェンダー男性。2位石田民三、3位伏水修、4位木村荘十二はいずれも国立映画アーカイブ。5位『パシフィクション』は東京国際映画祭。それ以外ではシネマヴェーラ渋谷の「ウィスコンシン派」と称したオーソン・ウェルズ、ニコラス・レイ、ジョゼフ・ロージー3者の特集はほぼ皆勤できたが、冬の「中原昌也への白紙委任状」には腰痛のため1回しか行かれず無念。

その他ベスト(舞台)

  1. 舞踏『May B』マギー・マラン振付・演出(埼玉会館)
  2. 舞踏『Echoes of Calling -Gushland』北村明子振付・演出(スパイラルホール)
  3. 『ガラスの動物園』テネシー・ウィリアムズ作、イヴォ・ヴァン・ホーヴェ演出(新国立劇場)
  4. 『恭しき娼婦』サルトル作、栗山民也演出(紀伊國屋ホール)
  5. 『美しきものの伝説』宮本研作、鵜山仁演出(俳優座劇場)

映画、舞台以外の諸ジャンルについてもベストを。

本ベストのローナン・ファロー著『キャッチ・アンド・キル』(文藝春秋)はハーヴェイ・ワインスタイン事件の詳細を、イスラエルの諜報企業による告発者恐喝にまで取材範囲を広げて書いている。ワインスタインの性犯罪を初めて告発し、映画化もされた『SHE SAID』のNYタイムズ紙と相前後して#MeToo運動の嚆矢となったニューヨーカー誌のスクープ記事によって2018年のピューリッツァー賞を受賞したローナン・ファローが、ミア・ファローとウディ・アレンの間に生まれた実子である事実を強調し過ぎるべきではないが、やはり出自から生じた困難ゆえの正義感が、ファローの足とペンを動かしたことは間違いあるまい。
飲食ベストの「厲家菜[れいかさい]」は昨年の「家寶跳龍門」に続いて2年連続で銀座の中国料理店を選ばせていただくこととなった。料理研究家の日本人女性が短期間、北京・胡同の厲家菜本店の厨房に入ってたがいの包丁さばきを認め合うというNHKのドキュメンタリー番組を数年前に見て興味が高まり、唯一の海外直営である銀座店でもいいからいつか訪れてみたいと思っていた。オーナーの厲[れい]一族は愛新覚羅の皇室に仕えた宮廷料理人の末裔であり、医食同源の思想によってかなり薬膳寄りの素材扱いなのだけれど、それが味覚の華やかさと両立している。

隈元博樹 (NOBODY/BOTA)

映画ベスト

元通りにならなかったり、あるいは自らの望む方向へ進めなかったりしながらも、目の前に広がる世界の中でひたすらに何かを信じ続ける人物たち。またそのことで生まれる熱量や忍耐、艶やかさ、喪失、そして真摯さを兼ね揃えた5本を選んだ。ちなみにここで挙げた5本は、劇中の登場人物たちによる歌の存在がいずれも編集や演出と見事に絡み合った5本でもある。「We Love Each Other So Much」、「Blitzkrieg Bop」、「Oh My Love」、「Cherry」、「Hold on to Your Life」……。どれも忘れがたい声ばかりが耳に残っている。
その他2022年は大阪アジアン映画祭で拝見した『徘徊年代』(チャン・タンユエン)『距ててて』(加藤紗希)、『リコリス・ピザ』(ポール・トーマス・アンダーソン)、『みんなのヴァカンス』(ギヨーム・ブラック)といったフィルムの瞬きも忘れがたい1年となった。

2022年とんかつベスト

グルメな友人たちと会うたびに一際熱弁を奮った話題と言えば、必ずと言って良いほどとんかつの話だった。森繁久弥の「とんかつの唄」ではないけれど、食えなくなったら本気で死んでしまいたいとも思っている。

  • とんかつLab(学芸大学)

    東急東横線の高架下を五本木方面に歩いて1分ほど。アボカドオイルを混ぜた飼料と放牧飼育によって育てられた千葉のブランド豚「アボカドサンライズポーク」を、数種類の塩やお好みの醤油で食べるスタイル。営業中の看板が「揚げてます」と書かれてあるのも何だか良い。

  • 和栗(日吉)

    蒲田の御三家のひとつ「檍」(あおき)から暖簾分けされたお店なので、使用するのは「林SPFポーク」。とは言え、片意地張らずにコスパの高いとんかつと出会える場所。衣のサクッとした食感は正確な揚げ時間の管理と蒸らしによるものなのか。今度は奮発してリブロースを試してみたい。

  • 丸和(馬車道)

    こちらも言わずと知れた蒲田の御三家のひとつ「丸一」の姉妹店。大学のゼミで梅本洋一さんに教えてもらって以来、学生の頃から通っている。檍と同じく使用豚は林SPFだが、他とは異なるあっさり感と肉本来の甘みに圧倒される。そして大将の芝さんを見るたびに、川島雄三か前田耕陽を思い出してしまう。ちなみにここ数年、馬車道はとんかつ激戦区のひとつになっており、「檍」や「さくら」の横浜店が参入した結果、古参の「勝烈庵」「丸和」とともに「横浜馬車道とんかつ四天王」、もしくは「とんかつカルテット」を形成しつつあることも付記しておきたい。

黒川幸則 (映画監督/キノコヤやってます)

映画ベスト

  • 『トップガン マーヴェリック』ジョセフ・コシンスキー
  • 『Welcome』ジャン=クロード・ルソー
  • 『いつも上天気』スタンリー・ドーネン
  • 『北京オペラブルース』ツイ・ハーク
  • 『エルヴィス』バズ・ラーマン

『トップガン マーヴェリック』
元々トム・クルーズは嫌いだったが、空虚で情けない感じが増して段々好きになってきた。『トップガン マーヴェリック』はメジャー大作で大ヒット作なのにトムさん個人の渾身の自主映画みたいでかなり好き
『Welcome』
ルソー監督の最新、窓辺のダンス映画。わずかこれだけの撮影でこれほど表情豊かな映画を作れる人は他にいない。背を向け孤独に澄ましているようで我々に微笑みかけてくる
『いつも上天気』、『北京オペラブルース』
旧作は入れないつもりだったけどスクリーンで35mmフィルムでこの2本を浴びるように見てしまった強烈な体験は他の何かに代えがたい。戦後再会したヤンキー男3人の友情と、革命北京で再会を誓う女3人の友情。ここに敗戦国の『秋刀魚の味』あたりを並べてみたい
『エルヴィス』
エルヴィスの汚名挽回映画で感動。特にブラックミュージックとの関係をしっかり描いてて感動

付記

浪曲映画祭の6月を9月と勘違いして行かなかった事が悔やまれます。あと、ポレポレ坐で崟利子さんの伊丹シリーズを見れたのが良かったです。それとFive Guysのハンバーガーetc…

坂本安美 (アンスティチュ・フランセ日本 映画主任)

映画ベスト(順不同)

  • 『アネット』レオス・カラックス
  • 『仕事と日(塩谷の谷間で)』C.W.ウィンター & アンダース・エドストローム
  • 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱
  • 『あなたの顔の前に』ホン・サンス
  • 『恋するアナイス』シャルリーヌ・ブルジョワ=タケ

Places

作花素至 (NOBODY)

映画ベスト

  • ①『水俣曼荼羅』原一男
  • ②『春原さんのうた』杉田協士
  • ③『アネット』レオス・カラックス
  • ④『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン
  • ⑤『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』ジェームズ・キャメロン

順不同。①公開は21年末だが見たのは年明け。患者・支援者の人たちと官僚との攻防の場面など、監督の意図や本来のメッセージをはるかに逸脱したものさえ容赦なく提示されているように思われて、6時間まったく安穏とは見ていられなかった。②風や日差しや湿気といった気象条件が刻々とすべての画面を満たしていて、それだけで個人的には嬉しくなってしまう。みんな繭の中にいるようにも見えるけれど、外部や何か暴力的なものの気配は確実にある。③2022年にこんなにも変な映画が見られるとは思っていなかった。なぜか『狩人の夜』を想起した。④漂うリア充感がプレッシャーになりスクリーンで見るのはとても耐えられそうになく、しばらく回避していた。DVDのレンタルが始まってから自宅の小さなテレビ画面に押し込めてようやく見ることができた。良かった。⑤観光地のビーチやレジャー施設のナイトプールのような、都合の良すぎる「美しさ」は嫌だったが、クジラが人間どもの船を押し潰すところは最高の怪獣映画だった。この他にも『みんなのヴァカンス』(ギヨーム・ブラック)、『ケイコ 目を澄ませて』(三宅唱)はもちろん、『マイスモールランド』(川和田恵真)や『ドンバス』『バビ・ヤール』(セルゲイ・ロズニツァ)、journalに書かせてもらったブランドン・クローネンバーグの『ポゼッサー』、東京国際で上映されたソクーロフの『フェアリーテイル』などが強く印象に残る。

その他ベスト(旧作映画ベスト/映画館で見たもののみ)

  • ①『拳銃を売る男』ジョセフ・ロージー
  • ②『顔役』勝新太郎
  • ③『WANDA/ワンダ』バーバラ・ローデン
  • ④『偽大学生』増村保造
  • ⑤『愛されちゃって、マフィア』ジョナサン・デミ

見た順。2022年はタル・ベーラや小川紳介、リヴェット、アケルマン、石田民三、それにフォードも見ることができたし(パゾリーニはものすごい速さで上映が終わってしまった気がする)、とにかく全部凄かったけれど、ベストはそうした特集以外で見たものから選んでみた。①屠畜場のある町で家のわずかな食費を仲間との賭け事で使い果たし、盗みをはたらく子供は、あたかも既にイノセンスを失って堕落させられた存在=大人であるかのように描かれる。ぎょっとするグロテスクさ。②全景を欠き提喩のみで構成された映画。フロントガラス一面にゆっくりと亀裂が走るという自動車事故の切り詰められたイメージが強烈。③この作品のバーバラ・ローデンはまるで少女のよう。ワンダはそのためにきっと生きるうえでの数々の困難を強いられ、たった一人で戦ってきた。④縛られ監禁されたジェリー藤尾の口に若尾文子が侮蔑のまなざしを向けつつコッペパンを突っ込むショットの倒錯ぶり。⑤ジョナサン・デミの女性の俳優の撮り方は本当に素敵だなと思った。その他、ニコラス・レイ『危険な場所で』、アイダ・ルピノ『暴行』、諏訪敦彦『M/OTHER』、ジャン=ピエール・リモザン『TOKYO EYES』、マルセル・アヌーンの四季四部作、川島雄三『青べか物語』、大江崇允『美しい術』『適切な距離』、サミ・フレー『《ジャンヌ・ディエルマン》をめぐって』、アラン・レネ『死に至る愛』、富田克也『国道20号線』等々に衝撃を受けたことはやはり書き留めておきたい。

佐藤友則 (映画資料関係)

映画ベスト

  • 『にわのすなば GARDEN SANDBOX』黒川幸則
  • 『の方へ、流れる』竹馬靖具
  • 『アネット』レオス・カラックス
  • 『ドン・ジュアン』セルジュ・ボゾン

順不同です。見逃した映画が多いのですが、また見たい作品を挙げました。4本だけですみません。
『にわのすなば GARDEN SANDBOX』は、ある種の絶望に裏打ちされた奇妙な浮遊感が漂うコメディといえばよいのか、ユートピアとディストピアが一体となった切ない感触が忘れがたい。
『の方へ、流れる』は、唐田えりかは正面も後ろ姿も存在感が際立っていた。ブレッソン作品のような感情を排した演技スタイルがキャラクターの得体の知れなさと軽妙な喜劇性をも獲得していた。
『アネット』は、映画に絶望しながらも現在と格闘して新たな映画を生み出そうともがいている感じがよかった。成熟しないのがかっこよい。
『ドン・ジュアン』は、歌と踊りの形式的な冒険によって、プレイ・ボーイのドン・ジュアン像が現代的に描かれていて、非常に面白かった。

その他ベスト&コメント

  • 『水の中の八月』高橋陽一郎(1998)(旧作)

    劇場で待望のフィルム上映で鑑賞できた。自転車と水、廃墟、粒ぞろいの役者陣…、魅力を挙げれば枚挙に暇がない。モラトリアムとその終わりが迫る切迫感が今回も変わらず胸を打ったが、劇場鑑賞だとおかしなシーンで客席のウケがよく更に魅力的だった。

  • 『日曜日は終わらない』高橋陽一郎(1999)(旧作)

    2011年に「由美香NIGHT」というオールナイト上映(TOHOシネマズ六本木の最も大きなスクリーンで上映された異常な企画だった)以来にスクリーンのフィルム上映で鑑賞。
    『水の中の八月』と姉妹編であり、90年代の終わりの閉塞感に対峙した、究極の作品。テレビドラマという枠からすれば、ある種「放送事故」と言ってもいいかもしれない、極めて映画的な演出にやはり度肝を抜かれた。
    高橋陽一郎監督の傑作2本が上映されたことが、個人的には2022年の何よりもの事件だった。

  • 「テレポーテーション」黒部市美術館(展示)

    小林耕平氏が製作した奇妙な道具の使用法を山形育弘氏にデモンストレーションするシリーズの新作。哲学的な課題を日常的な素材とユーモアで鑑賞者のなかに滞留させて新たな物の捉え方を促す小林氏の作品をとても楽しんだ。語弊があるかもしれないが、今回はこれまでよりも洗練されている気がする。

  • 「240(ニコヨン)」」(カレー)

    京都で食べた衝撃的なカレー。食べたのは、胡麻香る煮干し出汁ポークキーマ、魚介出汁肉吸いカレー、パキスタンカレーの3種あいがけ。ややオイリーであるが、いずれも個性的でかつ旨味が尋常でない。

杉原永純 (プロデュース/キュレーション)

映画ベスト5

  • 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱
  • 『グリーン・ナイト』デヴィッド・ロウリー
  • 『エドワード・ヤンの恋愛時代 レストア版』エドワード・ヤン
  • 『カラオケ喫茶ボサ』小田香
  • 『フェアリーテイル』アレクサンドル・ソクーロフ

おミュージカルなんだと嬉しい驚き。練習を眺めるふたりにステップが反射し、踊り始めてから佐藤緋美の演奏する曲がオフでイン、オン、オフと流れ、効果音が消える。これまで見ていた世界が(仮)だったかのように、音のない世界を音楽によって、聴者に対して再構築する鮮やかな連なり。続いて二つの「橋」の間で「ピンクのキャップ」が渡される。とても良い。
スクリーンでかかるのを待っている映画がある。『ハズバンズ』を下高井戸シネマで見られたことにはグッチーズ降矢さんに感謝しかない。いまさら触れるまでもない傑作『恋愛時代』は、20代で見ていたら確実にこの方向に真っ直ぐに狂っていたはずでDVDでさらりと見なかったことを運が良かったと思う。
複数の映画史ではなく、マルチバース的歴史(上の人物)を矩形のスクリーンに配置する『フェアリーテイル』。不気味の谷を、文字通り谷として映画に具現化したような、例によってモノクロームともセピアとも曰く言い難い靄がかった空間に20世紀中盤、WW II期の欧米露の主要プレイヤーが「それぞれ」「何人かずつ」登場する。母国語で発話しあうオリヴェイラ『永遠の語らい』がよぎりつつ、極めて映画祭向きなこの会話劇を、フェイクニュースとポルノに活用されるディープフェイクを用いることで底を抜く。『モレク神』『牡牛座 レーニンの肖像』までをも解体して、バラバラのまま放置するようなそうでないような荒技。どうやって、なぜ作ったのとかの疑問符を超えて、もはや何考えてるかわかんないって体験を映画でまだまだできるんだという清々しさが刻みつけられる。

その他5選

  • 『香も高きケンタッキー』ジョン・フォード(ユーロライブ)

    特集にも行けず、『ジョン・フォード論』も読み進められていない自分が上記に同列に入れたりするのは憚られる。別格に良かった映画館体験。無声映画を完全無声で見るのはいつも緊張するのだが、そんなこと忘れるぐらいに、可愛い。

  • ターガーガマ(沖縄県南城市)

    沖縄に何度も通った。いくつも訪れたガマの中でもっとも親密さを感じた。成長する鍾乳石、闇の中で生きる虫、どこからか流れてくるうなぎ。ガイドをいただいた松永光雄さん、山内平三郎会長が「生きているガマ」と表現していたことも実感できた。

  • デリカ D:5

    撮影時のレンタカーはなるべく安く人も荷物も乗れて、かつ空港で受け渡し可能(非公式で)という条件が揃った某レンタカー屋に予約。車種は選べないプランでメインロケハンの時セレナを随分汚したはずなのだが、撮影で戻ってきたらまだ数百キロしか走ってないヤン車みたいな面構えの黒のD:5を割り当てられる。沖縄は通り過ぎる雨が悉く強烈で、しかし舗装されてない道も快適だった。ディーゼルエンジンの鳴りがどうしても好きで。

  • 天花そば(築地)

    昼時訪れる人の半数以上は頼むんじゃないかという春菊天が逸品。

  • 青山真治監督

    もともとの予定が延期になったことで、ロシアがウクライナに侵攻した2月24日に恵比寿でお会いする偶然。膝を突き合わせてお話しする機会はこれまでなかった。その後いただいたメールは生涯外に出すことはないだろう。もっと言葉を交わす機会があれば、と、心から思う。『宝ヶ池の沈まぬ亀』を噛み締めながら読み、『June 12 1998 -カオスの緑-』DVDを同級生に貸し、空席の目立つテアトル新宿で『EUREKA ユリイカ』を再見した。

鈴木史 (映画監督・美術家・文筆家/NOBODY)

新作ベスト

  • 『帆花』國友勇吾
  • 『エル プラネタ』及び「レクチャー・パフォーマンス集(『Buyer, Walker, Rover』、『Excellences & Perfections (ICA)』、『The Future Ahead』、『Sordid Scandal』)」アマリア・ウルマン
  • 『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン
  • 『FLEE フリー』ジョナス・ポエール・ラスムーセン
  • 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱

『帆花』を見たとき、どうこの映画を言葉にすればいいのかわからず、レビューを書けなかった。私の言葉に対して、生まれてすぐ「脳死に近い状態」と宣告された帆花さんが「それは違う」と言葉を返すことはない。私は言葉を紡ぐことの責任を引き受けられず、躊躇ってしまった。でも、何かを引き受ける意志も時には必要だ。國友監督もそのようにしてこの映画を作ったのだし、帆花さん自身もそのようにして生を送っているんだと思う。2022年の最良の作品です。
アマリア・ウルマンは『エル プラネタ』も良かったけど、恵比寿映像祭で上映されたレクチャー・パフォーマンス集が最高。あんたも大変、私も大変、がんばろうねって気分になる。『リコリス・ピザ』は、斜面があればトレーラーはガソリンが無くても走るという当たり前の事実をアラナ・ハイムの決然とした表情とともに、極めて映画的に教えてくれる。『FLEE フリー』は、主人公アミンが難民となって逃げるため嘘の記憶を言わせられ、それが嘘なのに話していて涙が止まらなくなったという挿話や、恋人にすら遠く隔たっているような「距離」を感じる画面に涙が止まらなかった。『ケイコ 目を澄ませて』もめちゃくちゃ泣いてしまって、映画が撮りたくなって、劇場を逃げ出した。
NOBODYや劇場パンフ等にレビューやコメントを寄せた作品と、今後、機会があったらレビュー書こうと思ってる『パシフィクション』(アルベール・セラ)と『リングワ・フランカ』(イザベル・サンドオーヴァル)は除外したけど、それらももちろん要チェックです。
初見の旧作では、アイダ・ルピノ『暴行』、石田民三『おせん』(部分)、『夜の鳩』、中谷芙二子『卵の静力学』、ピエル・パオロ・パゾリーニ『「奇跡の丘」のためのパレスチナ訪問』、『インドに関する映画のための覚書』、『サナアの壁』、『アフリカのオレステイアのための覚書』、並木鏡太郎『樋口一葉』が強く記憶に残りました。

その他ベスト

  • 能町みね子「敵としての身体」(『文學界』2022年1月号 リレーエッセイ「私の身体を生きる」所収、エッセイ)

    ブラジルのとある学校で女子トイレを使用しようとしたトランスジェンダーの女子生徒がそれを咎めた別の女子生徒と喧嘩になり殴ってしまい、殴られた女子生徒が「お前は女じゃない」と言葉を放ったというニュースを見た能町は、詳しい事情もわからないし差別も暴力も良くはないと前置きしつつ、殴ってしまった生徒を「私の別働隊である」と言い切る。記憶に強烈にこびりついた文章。めちゃくちゃに勇気が出て、私も「別働隊」だって思った。濱口竜介と西森路代の対談が載ってるから、この号の文學会を買った映画好きの人もいると思うので、棚から引っ張り出してきてこのエッセイも読んでほしいです。

  • 「奇想のモード 装うことへの狂気、またはシュルレアリスム」@東京都庭園美術館(展示)

    2022年は、シャネル、「異性装の日本史」、イヴ・サンローラン、まだ行けてないけどディオールと、服飾にまつわる面白い展示がたくさんあった。なかでも感激したのが「奇想のモード」展。纏足とコルセットで展示は始まり、ヴィヴィアン・ウエストウッドが最後を飾る。抑圧と解放のダイナミズム。さらに、歴史の陰に埋もれてしまったスキャパレッリをフューチャーしてくれてて感激。エルザ・スキャパレッリは自伝が最高で、絶版だけど配って回りたい。彼女は、父親に「お前はお姉ちゃんと違ってブスだから」と言われて育ち、そう信じてしまったからこそ自分で自分を美しくする方法を考えたと言う。最高だ。冒頭に載ってる「女性のための十二戒」というのがヤバい。

  • ポール・B.プレシアド(訳:藤本一勇)「あなたがたに話す私はモンスター」(書籍)

    哲学者のプレシアドは、<フロイトの大義>学派の3500人の精神分析医の前に、テストステロンを継続的に投与したトランス男性として現れ、シスヘテロを普通とする旧来の精神分析を苛烈に批判する。ただ最後にプレシアドは、精神分析を破壊したいのではなく、生き延びさせようとしているのだと言う。昔、ある批評家に「『ブレードランナー2049』は男性の身体に女性の記憶が植え付けられたレプリカントの話だから感動した」と話したら、「それは特殊な見方だから」と言われたことが映画批評を書き始める強い動機の一つとなった経験を持つ私も、映画や映画批評に対して同じように思う。プレシアドとは逆に、エストロゲンとプロゲステロンを継続的に投与したトランス女性として、敬愛する映画批評誌のベスト選出に参加していることに、今、私はある複雑な喜びを感じている。

  • MES presents REVOLIC revolution holic / 革命中毒@ Contact(イベント)

    クラブイベントを何か挙げようとして迷ったけど、「渋谷区道玄坂二丁目南地区第一種市街地再開発事業」なる長ったらしい名前の再開発事業で無くなっちゃったContactを偲んでこれを挙げときます。主催がレーザーVJ・美術家のMES。2022年、たぶんいちばん知り合いがいたパーティ。MESのカナエちゃんいつもありがとう(私信)。田島ハルコさん(「ミーが代」と「More Than Human」がヘビロテ)のパフォーマンスも目撃できて満足でした。

  • シャンタル・アケルマン映画祭(映画祭)

    アケルマンは特別だから、別枠としてここに挙げます。せっせとアケルマン作品の海外盤DVDを集めては、誰ともその感動を共有できずにいた十数年前の自分に、「生きてたらアケルマン映画祭があって劇場が超満員になる日が来るよ」と、信じられないと思うけど教えてあげたい。『アンナの出会い』を初めて字幕付きで見た。主人公の映画監督が再会した母に「立派な女性になったね。あなたの出た新聞記事を集めてるよ」と言われるシーンを見て、感情が決壊。たまに私は自分が何者かすら見失いかけるけど、アケルマンの映画を見れば、自分が映画が好きだってことと、女性であるってことだけは、確かなこととして思い出せる。

千浦僚 (映画文筆)

2022年日本映画ベストテン

  1. 『にわのすなばGARDEN SANDBOX』黒川幸則
  2. 『あなたの微笑み』リム・カーワイ
  3. 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱
  4. 『さすらいのボンボンキャンディ』サトウトシキ
  5. 『ザ・ミソジニー』高橋洋
  6. 『やまぶき』山崎樹一郎
  7. 『冬薔薇』阪本順治
  8. 『よだかの片想い』安川有果
  9. 『ある男』石川慶
  10. 『天上の花』片嶋一貴

 映画誌ふたつの毎年の邦画ベストテンに参加していたり、そのうちの一誌では毎月八本、年間計九十本ほどの新作邦画紹介をやっていたりするが、私の天然自然の映画愛好家的部分は単に自分の気の向くまま、街場のコヤでやっているものの成り行きで、ダラダラと、延々と旧作邦画を観たいというだけ。しかしその無時間的というか、同時代性のない見方こそがほとんど時間旅行のように機能して私を楽しませ、飽きさせない。2022年ベストということでまず新作邦画10本を挙げて、あとはここにこの年に観た(初めて観たもの&見直した)旧作邦画の印象深かったものを記す。Dは監督、Wは脚本。
 『反逆児』61年D・W伊藤大輔、『恋や恋なすな恋』62年D内田吐夢・W依田義賢、『機動捜査班 東京午前零時』62年D小杉勇・W宮田達男、『沓掛時次郎 遊侠一匹』66年D加藤泰・W鈴木尚之、掛札昌裕、『ある色魔の告白 色欲の果て』68年D江崎実生、小川欽也・W山崎厳、『夜の最前線 東京㊙︎地帯』71年D井田探・W小川英『花芯の誘い』71年D小沼勝・W萩冬彦(小澤啓一)、『濡れた賽ノ目』74年D若松孝二・W出口出(荒井晴彦)、『0課の女 赤い手錠』74年D野田幸男・W神波史男、松田寛夫、『仁義の墓場』75年D深作欣二・W鴨井達比古、松田寛夫、神波史男、『沖縄やくざ戦争』76年D中島貞夫・W高田宏治、神波史男、『密写!緊縛拷問』79年D渡辺護・W小水一男、『堕靡泥の星 美少女狩り』79年D鈴木則文・W大和屋竺、『刺青奴隷夫人』81年D向井寛、W宗豊、『奴隷契約書』82年D小沼勝・W掛札昌裕、『SMレズビアン』85年D・W北川徹(磯村一路)、W井上潔、『せなせなな』『ついのすみか』86年D・W井川耕一郎、『赤い縄 果てるまで』87年Dすずきじゅんいち・W石井隆、『新・団地妻 不倫は蜜の味(今宵かぎりは…)』99年Dサトウトシキ・W小林政広、『どすけべ姉ちゃん』00年D上野俊哉・W小林政広、『僕の妹 下着の甘い湿り』06年D荒木太郎・W三上紗恵子、『淫婦義母 エマニエル夫人』06年D下元哲・W関根和美、水上晃太。
 とりあえずこれらが印象深かった。いずれも2022年に都内の映画館、シネロマン池袋、シネマヴェーラ渋谷、Stranger(墨田区菊川)、アテネフランセ文化センターで上映された番組で、つまりこれはかろうじて数百人くらいの人々と共有されていた映画体験ということになるから年間ベストという話題で挙げても許されるだろう。……映画、観れば観るほど詳しくなくなる気がする。もっとも映画にハマッた十代後半からずっと、映画に詳しくなろうと思ったことはないのだが。しかしある程度トシを食ってくると自分より年若い人間がこちらに詳しさを求める、なんでも知っていると期待する。そういう場合はそれに応えるふりをして各個の自前の体験のために固有名詞を振りまく。枯れ木に花を咲かせましょう(←勧誘の意味も重ねて)、と。

常川拓也 (映画批評)

映画ベスト

  • 『Playground』ローラ・ワンデル
  • 『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』ジョン・ワッツ
  • 『A Human Position』アンダース・エンブレム
  • 『Emily the Criminal』ジョン・パットン・フォード
  • 『スターは駐車係に恋をする』リチャード・ウォン

2022年は、2020年の映画ベストに挙げた『恋人はアンバー』『セイント・フランシス』『わたしたちの家』『戦争と女の顔』が日本で公開/配信になった年だった(『TITANE/チタン』『マイ・ニューヨーク・ダイアリー』は2021年ベストに選出)。
セリーヌ・シアマにインタビューした際に、「映画の中で女性たちに休息を与えたい」と語っていたが、女性ふたりと猫のまったりとした暮らしを映すノルウェー産レズビアン映画『A Human Position』は、セクシュアリティを押し出すことも恋人との対立も何ら劇的なドラマが伴わないことが妙に心地よく、優れて現代的だと感じた。『Playground』はそのまさに「人間的な立場」から、ダルデンヌ兄弟が労働者の問題を追うように、小さな子どもたちのいじめの問題を極めて真剣に見据える傑作だった。
『あのこと』『セヴェンヌ山脈のアントワネット』『恋するアナイス』『プレイリスト』『秘密の森の、その向こう』など(『パリ13区』含め)フランスの女性映画作家豊作の年でもあった。ほか、『フレッシュ』『バーバリアン』の新時代のホラー、『タバコは咳の原因になる』の不謹慎な笑い、『FLEE フリー』『君がそばにいたら』の“ドキュメンタリー"の試みも大胆でユニークで驚かされた。2022年にインタビューしたケリー・オサリヴァン、セリーヌ・シアマ、ロアン・フォンイーがこぞって『私ときどきレッサーパンダ』が大好きだと語っていたことも特別印象深い。
米国でロウ対ウェイド判決が覆された年に『セイント・フランシス』『あのこと』のパンフレットに寄稿できて幸福でした。

その他

  • 『バリー』シーズン3

    ラッキー・マッキーも絶賛していたが、ビル・ヘイダー自身が監督した第6話のカーチェイスがすごくて驚嘆させられた。

  • 『ユーフォリア/EUPHORIA』シーズン2

    『ルールズ・オブ・アトラクション』のような凝った映像に魅せられるサム・レヴィンソンの現時点でのベスト。特にルー(ゼンデイヤ)のドラッグ依存症に焦点を絞った第5話が異色で、サフディ兄弟『グッド・タイム』を彷彿とさせた。

  • 『ベター・コール・ソウル』シーズン6

    単なる前日譚の範囲を超えて、『ブレイキング・バッド』と交差し、そしてその先へと踏み込んでいく第10話以降が特に圧巻だった。

  • 『二十五、二十一』

    『サニー 永遠の仲間たち』や『ユー・ガット・メール』的な展開などてんこ盛り力技の韓流メロドラマに今年一泣いた(キム・テリのキャップにあるが如く、"EVERY MOMENT IS SPECIAL")。同時間別空間(第5話)、別時間同空間(第13話)を超越するマジックリアリズムも楽しい。

  • 『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』

    いわゆる恨的な強い感情やある種の宿命論的な要素がしばしば盛り込まれる韓国ドラマの中で、そういう過剰に劇的な盛り上げ方をしない作り、あるいは米国では一見理想的に見えても悪い危険な男性像が描かれる時代にあって、最後まで何も裏もない素敵な男性像が提示され続けることが新鮮に映った。「人生とは誰かのために喜んで練炭一枚になること」(アン・ドヒョン「練炭一枚」)

中村修七 (映画批評)

映画ベスト

  • 『偶然と想像』濱口竜介
  • 『みんなのヴァカンス』ギヨーム・ブラック
  • 『はだかのゆめ』甫木元空
  • 『理大囲城』香港ドキュメンタリー映画工作者
  • 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱

『偶然と想像』の第3話「もう一度」は、演じることをめぐる考察だ。そこでは、目の前にいる相手にとって大事な人物を演じることによって、その相手と特別な関係を作り出すことが試みられている。
『みんなのヴァカンス』は、登場人物たちそれぞれの性格を豊かに造形することで喜劇を生み出す、歓びに満ちた作品だ。登場人物たちは、悲劇的な結末を招きかねなかった運命に抗して、持ち前の性格を発揮して喜劇へと向かう展開を導き出す。
前作『はるねこ』のアクションつなぎが異なる空間をつなぐものであったとするなら、『はだかのゆめ』のアクションつなぎは対照をなす2つの世界を反転させるものだ。『はだかのゆめ』は、生と死、彼岸と此岸、現実と夢、存在と不在を反転させる。
『理大囲城』で、警察の包囲によって大学のキャンパスに閉じ込められたデモ隊の若者たちの姿を見ていると、呼吸が乱れ、息苦しくなる。ここには、疲弊し、葛藤を抱え、恐怖を感じ、動揺を覚え、不安に駆られる人間たちの姿が生々しく捉えられている。
『ケイコ 目を澄ませて』は、限りなく多くのことを語りかけてくる岸井ゆきのの表情と佇まいを丁寧に愛しげに見つめるドキュメントだ。堂々たる傑作とさえ言えるのではないかと思う。ここでは、過去作『密使と番人』でのように、風景と人物、そして切り詰められた身振りが、じっくりと捉えられている。その繊細な映像と精細な音響は、見る者を鍛えてくれる。

美術展ベスト

近代美術館における「民藝の100年」展は、日本民藝館ならば強調することのないような観点から、民藝に光を当てる。そこで示されるのは、民藝運動の担い手たちが、西欧や日本の各地を移動することで、新たな視点を獲得していたということだ。民藝とは、場所を移動することによって獲得された「視差」によって生まれたものだ。
久保田成子は、ヴィデオ・アートについての鮮烈な宣言文で、“Video is Vengeance of Vagina / Video is Victory of Vagina …(ヴィデオは女性器の復讐/ヴィデオは女性器の勝利 …)"と記した。彼女にとって、ヴィデオは女性性を表すものだった。そして、私的なもの、個人的なもの、家庭的なもの、小さなもの、軽いものがヴィデオに託されていた。
ミケル・バルセロの作品は、ドクドクと脈を打って息づく獰猛な獣のようだ。あるいは、ミケル・バルセロの作品は、ひとつの現象だ。そこには、原初的な混沌、誕生と消滅の間の生成状態がある。
柴田敏雄の近年の写真は、抽象度の高さ、空間の構成、色彩の豊かさの面において、驚異的な達成を示している。空間構成の面で、柴田の写真とセザンヌの絵画は近しい関係にある。柴田の写真は、セザンヌ的な実践としての写真だ。
ゲルハルト・リヒターの作品は、過剰に多層的であることによって刺激的だ。絵画に残されたわずかな可能性を提示しているという意味において、リヒターの絵画は微かな希望を示している。

新谷和輝 (映画研究/字幕翻訳)

映画ベスト

  • 『Sobre las nubes』マリア・アパリシオ
  • 『Notas para una película』イグナシオ・アグエロ
  • 『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン
  • 『アネット』レオス・カラックス
  • 『日本原 牛と人の大地』黒部俊介

はじめの2つはバルディビア映画祭で見たもの。『Sobre las nubes』は、街をよく見て、そこに行き交う誰かと出会いたくなるアルゼンチンの作品。暖かい発見に満ちており、日々の生活へのまなざしが変わる。アグエロの新作は自省的な歴史の語りで、ラウル・ルイスのような掴みどころのなさもある。『リコリス・ピザ』のそれ自体ひとりでに輝いている数々の瞬間とその脈絡のないつながり、『アネット』の絶望と切望は、個人的にいろいろあってどうしようもないときによく思い出した。『日本原 牛と人の大地』は『やまぶき』(山崎樹一郎)とともに岡山で腰を据えた粘り強い実践が身を結んだ作品で、そのしなやかなユーモアに感銘をうけた。
ポレポレ座で見た崟利子さんの作品(『伊丹2009年初夏-晩秋』など)もたいへん美しかった。
16mmでチリの山中の羊たちを撮った『Al amparo del cielo』(ディエゴ・アコスタ)はまた何度も見直したい。

その他ベスト

  • バルディビア

    映画祭で訪れたチリの南の街。美味しいビールと食事、澄んだ風景のあるところでおすすめ。アザラシもすぐそばにいる。

  • ホルへ・テイリエル

    チリの詩人。「郷愁」について突き詰めて考えていた人。隙あらば過去のことを考えてしまうたちなので、この人の詩は大切だった。ネットで調べればいくつか日本語で読める詩があります。

  • 野毛 末広

    出国前に食べたここの焼き鳥が忘れられない。すべてが美しくおいしかった。

  • 空飛ぶ映画、文章

    ジョナサン・ローゼンバウムがゴダールへの追悼として書いた「飛行機としてのジャン=リュック・ゴダール」(堀潤之訳、『ユリイカ』掲載)がよかった。文章も映画も私たちをいろいろな場所へ連れて行く乗り物で、その行き先はそれぞれバラバラ。『パッション』の最後で、「これは車じゃないよ、空飛ぶ絨毯だよ」といって車に乗り込みどこかへ行く二人を思い出した。そんなふうに映画について考えたり、文章を書いたりしたい。

PatchADAMS (DJ)

映画5選

  • 『エル・プラネタ』アマリア・ウルマン@下高井戸シネマ
  • 『アンデス、ふたりぼっち」オスカル・カタコラ@K'sシネマ
  • 『To Sleep with Anger』チャールズ・バーネット@ユーロライブ
  • 『イリアック・パッション』グレゴリー・マーコポウロス@シアター・イメージフォーラム
  • 『ジャンヌ・ディエルマンをめぐって』サミー・フレイ@ユーロスペース

読書5選

  • 『カタコトのうわごと』多和田葉子(新版、青土社)
  • 『カウンターセックス宣言』と『あなたがたに話す私はモンスター』ポール・B.プレシアド(法政大学出版局)
  • 『創造とアナーキー ――資本主義宗教の時代における作品』ジョルジョ・アガンベン(月曜社)
  • 『さらば、ベイルート ジョスリーンは何と闘ったのか』(河出書房新社)か未だ読み終えてないが『パゾリーニ』四方田犬彦(作品社)
  • 『インディペンデントの栄光 ユーロスペースから世界へ』堀越謙三(筑摩書房)

深田隆之 (映画作家/海に浮かぶ映画館 館長)

映画ベスト(観た順)

  • 『クライ・マッチョ』クリント・イーストウッド
  • 『明日は日本晴れ』清水宏
  • 『彼女のいない部屋』マチュー・アマルリック
  • 『日没の印象』鈴木志郎康
  • 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱

『クライ・マッチョ』老いを隠さないイーストウッド。そのパンチに人を倒せるだけの力はもうないだろう。その(本当に)老いた顔と刻まれたしわを観ていたら珍しく泣いてしまった。豊かで出鱈目な映画だった。『明日は日本晴れ』山の中腹で故障するバスに同乗した乗客たち。人生を豊かに語ることよりも人生がただそこにある、ということを見つめる清水宏に通底した世界への接し方。今年初めて観た『人情馬鹿』とともに、もう一度観たい清水宏作品になった。『彼女のいない部屋』死の前では、日常の中にある悲しい出来事さえも美しい未来なのかもしれない。全てのシーンがそこにある現実として並立し、それを束ねていく映画の姿に圧倒された。『日没の印象』今年逝去された詩人、鈴木志郎康さんの映像作品を初めて観る。カメラによってただただ肯定される日常の記録であり、眼差しの結晶のような作品だった。『ケイコ 目を澄ませて』日本の現代映画で、こんなにも俳優がカメラに身体を委ね続けられることがあるのかと驚くばかりだった。岸井ゆきのさんは“俳優"に見えなかった。それは長い準備期間があって得られた画面の厚みだったのだと思う。
他に強く印象に残った作品は、『mistake, blockade, fancy, panky』(斎藤英理)、『NOPE/ノープ』(ジョーダン・ピール)、『みんなのヴァカンス』(ギヨーム・ブラック)、『グリーン・ナイト』(デヴィット・ロウリー)、『あなたの顔の前に』(ホン・サンス)、ベルフォール国際映画祭で観た『IT IS NIGHT IN AMERICA』(アナ・ヴァス)、『ALL SOUNDS WITHIN』(サルカ・ ティッツィアーナ)など。

その他ベスト

  • 群馬県昭和村(ワークショップ)

    自作の上映とこども映画教室のワークショップも重なり、尋常じゃない距離を移動しまくった2022年。その中でも、こんにゃく畑が広がる風景の中でおこなった昭和村でのワークショップが今年のハイライト。今回は講師をやらせてもらい「冒険映画」をテーマにした。最初に“歩く"という動作を色々なやり方で撮ってもらったのだが、見事なカットばかりでいつものことながら小学生たちに驚かされた。村自体もとても素敵な場所で、勾配のある山々や点在する多くの温泉、川場田園プラザにある「雪ほのか」という米を使用した塩にぎりも超美味だった。都心からそんなに時間がかからない場所にあるので今度は個人的に遊びに行きたい。

  • 神戸クアハウス(宿)

    元町映画館の上映に際して宿泊したカプセルホテル。実は初めてのカプセルホテルでどんなものか不安だったが、とても快適な空間だった。広い浴場には2種類の温泉があり、サウナ、そして六甲布引(ぬのびき)の水を使用した水風呂を楽しめる。ロビーでは無料で布引の水が飲めて、夏の遠征には大助かりだった。久しぶりに海外へ行くと毎回思うが日本の特色は風呂場での“湯量“だと思う。湧き上がるように流れる温泉を目の前にするとつい豊かな気持ちになってしまう。自分が日本人であることを自覚させられる瞬間。自作上映後、林支配人といろんなことを話した時間も、嬉しいひとときだった。

  • ジャン=リュック・ゴダール展「Éloge de l’Image」(インスタレーション)

    パリで開催されていたインスタレーション。各部屋には『イメージの本』『さらば、愛の言葉よ』『アワーミュージック』など、ゴダール映画の名前が付いていて、その中で鏡や窓、白い射幕を使いながら、再構成された映画のマルチプロジェクションが行われていた。正直、会場へ行く前は映画のインスタレーションというものに身構えていたのだが、全くの杞憂。いつまでも映画のイメージを浴びていたくなる時間だった。特に『イメージの本』の部屋では、偶然入ってくる人間の姿が影になり、本のページをめくるように多層的なイメージを作り出していた。七里圭監督「サロメの娘シリーズ」を七里さん自ら舞台上で再構築した上演を思い出した。

  • 悪玉コレステロールが投薬レベル。尿酸値も高い(身体)

    2022年、5〜6年で起こるようなことが凝縮してやってきたと思っていたら、あと10年は猶予があるだろうと高を括っていた身体のあれこれが年の瀬に襲いかかってきた。細身の体型で30代半ばであることを考えると体質や遺伝的なものの可能性が高いらしい。食生活の改善と運動しろとの指導が入る。なんということだ。この結果を聞いた直後に観た『ケイコ 目を澄ませて』。最高だなと思いながら観ていると、中盤で三浦友和さん演じる会長が、健康診断で視力の低下とともに悪玉コレステロール値が高いと告げられる。いやいや引退する会長と同じですか。このシーンから数分は画面に集中できない事態に陥った。ビールはしばらくやめときます。

二井梓緒 (映像制作会社勤務)

映画ベスト(順不同)

  • 『結婚式のメンバー』(1952)フレッド・ジンネマン
  • 『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン
  • 『百年の夢』(1972)ドゥシャン・ハナック
  • 『ホワイト・ノイズ』ノア・バームバック
  • 『クレイジー・ママ』(1972)ジョナサン・デミ

とにかく仕事を優先した1年だったが、そのおかげでラスト数ヶ月はゆとりある生活を手に入れて大学院の頃のように足軽に映画館に行けた。ので、今年のベストは映画館で見たものになるべく絞った。映画館での年始1本目に見た『結婚式のメンバー』は原作も大好きだが、映画もこんなに素晴らしいなんて。フランキーの思う「私たち」に「私」は入れないもどかしさなんかを私は常々考えてしまう。あのメンバーになりたい感情は何でもかんでも知っておきたいみたいな感情に似ていると思う。世界中のひととともだちになるなんて到底無理だけどそれでも言い張りたい、「メンバーになりたいの!」と。寂しくなったときとか、ふとした瞬間に私はフランキーを思い出すし、ラストのジョン・ヘンリー、ベレニス、そしてフランキーの3人が歌うカットの美しさ、絶対忘れたくない!
PTAの新作はとにかく走ってて良かったし、速度を映画で感じると気持ちがいい。見終わった後にともだちたちと酒片手にあれやこれやと話し続けたのもなんだか夏のひとつの思い出。アメリカって本当に大きすぎてわけわかんないな〜とか、というかウォーターベッドなんてアホ全開のものが流行ってたなんて知らなかったし、それこそウォーターベッドネタでいうと年末にみた『愛されちゃって、マフィア』も本当に楽しい映画だった。そこから繋がって、ジョナサン・デミの『クレジー・ママ』も本当に良かった。シスターフッド系映画が大好きで、それでいうと『フライド・グリーン・トマト』(ジョン・アヴネット)や『愛の新世界』(高橋伴明)、『ガールフッド』(セリーヌ・シアマ)も人生を色付ける映画になった。きっと好きに決まってる『ケイコ 目を澄ませて』(三宅唱)は年始に取っておきます。

2022年良かったmv

  1. Matt Corby – Problems

    仕事で全然違うようなイメージのものを探していたときに見つけたもの。突然のフィックスではなさそうなブレブレズームとヒキが繰り返され、男がとにかく情緒不安定気味に草をむしってそれを即座に放り投げたりなんかする。なんだか私の情緒そのものじゃないか…と感心した。

  2. Mitski – A pearl

    3年前のだけど、とにかくアニメーターのDanaéのセンスがすごい。監督のSaad Moosajeeという人もまあすごいのだけれど、アニメーションってこういう夢を可視化できるためにあるんじゃないかってすごくワクワクするし気持ちの良い作品。

  3. Autre ne veut – Okay

    正直すごい良いmvかと思うと全然そうでもないがとにかく何年ぶり?もはや活動しないのかなって思ってたくらい久しぶりに新譜を出したので。ずっと大好き。

  4. UA – お茶

    すごすぎる。超楽しい。お茶飲もう。

  5. LCD sound system – new body rhumba

    ミュージックビデオというかバームバックの『ホワイト・ノイズ』のエンドロールで流れるんだけど、もうとにかく最高。最高!数年ぶりの新譜ってだけでうれしいのに!super!

松田春樹 (NOBODY)

  • 3/7『テオレマ』ピエル・パオロ・パゾリーニ
  • 5/28『EUREKA』青山真治
  • 7/18『トップガン マーヴェリック』ジョセフ・コシンスキー
  • 10/8『家にはいたけれど』アンゲラ・シャーネレク
  • 10/15『ミュリエル』アラン・レネ
  • 12/27『ハズバンズ』ジョン・カサヴェテス

年齢を重ねるごとに映画との関わり方が変わっていくのを実感する。どれだけ多くの映画を見ることができるかよりも、今はもう、一つの映画をどれだけ大きな空間で見ることができるかの方が、自分にとってはより意義深いものになっている。映画館で見る名作は、それはもう信じられないほど面白い体験であるということに今更気づいたし、逆にストリーミング全盛の時代ではあるものの、自宅での鑑賞は退屈に感じて、学生時代から続いていたストイックな習慣はいつの間にか消えていた。ただ時にはそのことが、映画が自分から離れていったように感じたこともあったけれど、年中映画を見なくても生きていけるんだと気づくことができたし、映画を見ること以外にも様々な生活の楽しさに目を向けることができた年だったと思う。(個人的には結婚したことが大きい) そして日々の生活にきちんと目を向けることが映画を見る時の喜びに結びつくと感じ、『ケイコ 目を澄ませて』はそのことを強く感じさせてくれた。今年公開でも何でもない映画を日付と共に記したのはそのような理由からであり、映画が自分の人生と共にあることを記したかった。かつて誰かが言っていた、次の言葉がいつも思い出されるのである。「映画を自分の為に使うのではなく、自分の人生を使って、映画を見ることができたなら」。

村松道代 (デザイナー)

映画ベスト

  • 『パシフィクション』アルベール・セラ
  • 『彼女のいない部屋』マチュー・アマルリック
  • 『宝島』(と『みんなのヴァカンス』)ギヨーム・ブラック
  • 『秘密の森の、その向こう』セリーヌ・シアマ
  • 『こちらあみ子』森井勇佑

『パシフィクション』を見たあとのメモは、「セラという鬼がいる世界で私たちも生きている」でした。

その他ベスト

  • *Twitterスペース

    映画『やまぶき』のトーク各回。
    作品に織り込まれた要素がとても多く、製作過程でのエピソードも膨大にあるようで、そのどれもがいちいち面白かった。

  • *特集上映「70-80年代“ほぼ"アメリカ映画傑作選」グッチーズ・フリースクール@下高井戸シネマ

    私はアメリカ映画の素養が“ほぼ"無いので、このような企画で少しずつ「私にとってのアメリカ(映画)」を構築していきたいと思います。

  • *書体「ITC Serif Gothic」

    2022年(も)、私の仕事周りによく登場してもらった書体です。
    欧文書体を選ぶ時、その企画に合いそうな「それっぽい書体」を30〜50ほどピックアップして、少しずつ絞っていくのですが、最終段階で「また、この書体が残った!」となります。太いのも細いのも良い。

山田剛志 (NOBODY)

映画ベスト

  • 『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン
  • 『ウエスト・サイド・ストーリー』スティーヴン・スピルバーグ
  • 『彼女のいない部屋』マチュー・アマルリック
  • 『ケイコ 目を澄ませて』三宅唱
  • 『炎のデス・ポリス』ジョー・カーナハン

順不同。ショットが切り替わる度に胸が高鳴る。『リコリス・ピザ』は、個室トイレから凄まじい勢いで吹き出す水とスプリンクラーの緩やかな散水が繋がれる冒頭からずっとドキドキしながら観た。『ウエスト・サイド・ストーリー』の日常からダンスシーンへ移行する瞬間、『彼女のいない部屋』の空想世界からヴィッキー・クリープスのバストアップへの切り返しショット、『ケイコ 目を澄ませて』が的確なカメラワークで切り取り、固有のリズムで提示するコロナ禍の東京の風景、人間たちの生死を賭けた戦いに無関心を貫きつつ、ショットが切り替わる度に様態を変化させていく『炎のデス・ポリス』の鉄やガラスをはじめとした物質たちの活き活きとした運動にドキドキさせられた。
他に『冬薔薇』、『弟とアンドロイドと僕』(阪本順治)、『アムステルダム』(デヴィッド・O・ラッセル)、『クライ・マッチョ』(クリント・イーストウッド)、『ブラック・フォン』(スコット・デリクソン)、『わたしは最悪。』(ヨアキム・トリアー)、『NOPE/ノープ』(ジョーダン・ピール)、『裸足で鳴らしてみせろ』(工藤梨穂)、『みんなのヴァカンス』(ギヨーム・ブラック)、『春原さんのうた』(杉田協士)にも、それぞれに固有のショット展開によってドキドキさせられた。

2022年に最も通った東京の銭湯3選

思考が凝り固まった時、疲弊している時、やる気が出ない時、ブレイクスルーをもたらしてくれた都内の銭湯をご紹介。

  • 稲城天然温泉 季乃彩

    仕事から帰宅して、自宅で夕食をとってから行くことが多かった。露天風呂スペースが広く、晴れていれば星空が楽しめる。帰る頃には頭スッキリ。スーパー銭湯では他に「仙川湯けむりの里」「高井戸美しの湯」にもよく行った。

  • アクア東中野

    全長7メートルのプールがある。冷たい水風呂が苦手なので、ぬるめのプールに浸かるのが心地良い。近隣に「松本湯」(ここも最高)があり、客が分散されているためか、混みすぎないところも好ましい。

  • 大黒湯(代々木上原)

    他の銭湯に比べ、突出した魅力があるわけではないけど、通勤路にあるためよく行った。ここがあって良かった。

李潤秀 (助監督)

2021年ベスト5

  • 『偶然と想像』濱口竜介
  • 『カモンカモン』マイク・ミルズ
  • 『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン
  • 『モガディシュ 脱出までの14日間』リュ・スンワン
  • 『ケイコ 耳を澄ませて』三宅唱

「偶然と想像」の公開は21年だけど22年に入って見た。何でこんなに面白いのか。全てのカットが有機的でありつつ遊び心に溢れていて、画とアクションで物語るという映画の喜びに満ちていた。こういう濱口監督作品はあと100本見たい。

マイク・ミルズはどんどん先へ行く。新しいのにノスタルジー。凡庸なのにスタイリッシュ。マイク・ミルズの映画を見ると、何故かフランク・オーシャンを思い出す。目の前で起きていることを忘れたくないという言葉は、映画を見ている我々の代弁で、アーカイブ世代への同情だ。

PTAはいつもロマンチックだから最高。人混みの中であの子を見つけること、あの子に会うために走ること、ザッツオール。当たり前のようだけど、PTAってレンズのチョイスがいつも完璧で、些細なことが起き続けるこの映画が誰かの記憶を見続けているような感覚にさせるのはそういうことだろうと思う。

たまにずっと楽しすぎる映画を見ると脳が溶けた感じがして、違法な何かを吸ったような気持ちになるが、モガディシュはまさにそれだった。エゴマの葉のキムチを箸で(北と南に)取り分けるという、ニッチだけど全コリアンが泣いてしまうであろう名シーンがあったので今年最高の一本。南北朝鮮が本来同じ国であるということは、自分も含め現代人は分かっているようで分かっていないと思うのだけど、同じ料理を食っているということが一番雄弁だと理解して、時間を割いて描いていることが(あんな終始スペクタクルな映画の中で)、韓国映画の繊細さであり、豊かさを表している。と思う。

仕事柄、映画とTVドラマの違いをよく考える。画作りが違うとか、プロデューサーの仕事が違うとか、果てはスケジュールの書き方が違うとか、些細な呼び方が違うとか、まあ無数にあるのだけど、そんなことは正直大体わりとどうでもよくて、問題はまなざしである、ということをケイコは教えてくれる。聾者の主人公ケイコにとって何かを見逃すことは生死に関わるから、彼女は常に鋭く目を凝らすように世界を見つめる。一見すると睨んでいるようにも見えるその目の何と美しいことか。見苦しいほどに「コロナが存在しない現代」を描こうとする虚しいTVドラマが作られ続ける一方で、三宅監督が2022年の現実から目を逸らさなかったこと、その上で他者との繋がりを諦めない話を描いたことはちゃんと覚えておきたい。ケイコのことは最近見たのもあって、とても残りの文字量では書き切れないのだけど。