特集『ケイコ 目を澄ませて』

「映画を撮るということは、映画がなければ存在しなかった他者について、親よりも、恋人よりも深く考えることだ」。ある年、青山学院大学で行われた撮影ワークショップの場にて、三宅唱はそんなことを言っていたと記憶している。『ケイコ 目を澄ませて』を見れば、三宅がどれほどそのことに取り組んでいるのかがわかるだろう。誠実に他者と向き合うためにはどうしたらいいのか。三宅の抱える問題は、『ケイコ』の登場人物たちが抱えている問題でもあり、ときにそれは厳しく彼/彼女らに課せれているように思える。必ずしもより良い他者との関わり方が示されているのではなく、迷いながら、ときにサボりながら、それでも目の前のもの、与えられた状況にひとつひとつ丁寧に反応していこうする人々が映し出される『ケイコ』は、三宅のこれまでの作品を想起させつつも、これまでにない最高傑作である。まずは、クリス・フジワラによる美しいテキストによって、もう一度『ケイコ』の世界に飛び込んでいただきたい。

主人公ケイコを取り巻くさまざまな登場人物について伺ったロングインタビューも後日公開予定。


『ケイコ 目を澄ませて』
2022年/日本/ヨーロピアンビスタ/99分
監督:三宅唱
原案:小笠原恵子「負けないで!」(創出版)
脚本:三宅唱、酒井雅秋
撮影:月永雄太
出演:岸井ゆきの、三浦誠己、松浦慎一郎、佐藤緋美、中島ひろ子、仙道敦子、三浦友和 ほか
©2022 映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

二項関係と氾濫

©2022映画「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

クリス フジワラ

 それぞれの映画は、身振りが適切に見える、あるいは場違いに見える条件を設定しているに違いない。独自のリズム、表現形式、文体、環境を確立すること、これは優れた映画に期待する最低限のことだが、とくに映画が形式的で文体的な一貫性を与えてくれる慣習を頼りにできない場合、それらを達成することは容易ではない。『ケイコ 目を澄ませて』は、たしかに、野心と競争心のあるアスリートとその葛藤を描いた映画のジャンルに位置づけられ、映画の大部分がその舞台を特殊な環境、決して大きくはない古びたボクシングジムに据えている。『ケイコ』は、そのジャンルと舞台からある種の利点を引き出している。スポーツ映画というジャンルからは、不屈の努力、技術の進歩、ゴールとドラマのクライマックスとしての競技、そして志を持つ者と年上の指導者との関係の重要性という主題を引き出しており、ボクシングジムに舞台を設定することで、古典的な場の統一がもたらされることを可能にし、同時に、そこを現実的で実質的なものが象徴に変換されるような空間にもしている。

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