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August 16, 2004

『堕天使のパスポート』スティーブン・フリアーズ

[ book , cinema ]

亡命者や不法入国者、違法者たちが集まるロンドンの街で、事件は起こる。ロンドンと言われてもいまいちピンとこないのは、彼らがいる場所がいつも室内だからだ。ホテルの中やアパートの中にしか違法者たちの居場所はないし、車を走らせても外の景色は何も見えない。彼らが働くホテルの一室では、不法滞在者たちを相手にした臓器売買ビジネスが行われている。腎臓を摘出された人々は、その報酬として偽のパスポートを手に入れどこにでも行けるようになる。どこにも存在しないはずの者たちがある場所に帰属するまでの物語だが、そのためには代償が必要だ。
どんな代償を払うべきか。選択肢は、時間を売るか、身体を売るかのどちらかだ。不法滞在者に限らず、仕事をして金銭を稼ぐ必要があるものなら誰でも、どちらかの手段を選びながら生活している。男は睡眠時間を売って生活し、女はそんな生活に耐えられず、身体を売ることを決意する。どうせ身体を酷使するなら、いっそのこと身体の一部を差し出せばいい。何百回も小汚い男たちのあそこを舐めるくらいなら、腎臓を片方取り出す方がよっぽど効率的だ。けれど、腎臓摘出を決意したオドレイ・トトゥが臓器売買のバイヤーによって処女を奪われたとき、夢物語はあっさりと崩れ落ちる。フェラチオから逃れるために選んだ仕事とは言え、結局は同じこと。男たちが求めるのは、身体の中身を取り出すことよりも彼女の身体を支配することなのだ。身体から腎臓が摘出されるシーンで、なるほどと合点がいく。ぬちゃりとしたその音は、驚くほど何かに似ている。身体を売るとは、結局は同じこと。
赤い(青い場合もあるが)パスポートは、日本人であることの証明に使われるのではなく、日本から出ていくために使われる。偽のパスポートに書かれる経歴はほとんど意味がない。どこの国籍を取得するかなんてことはどうでもよくて、これからどこへ行くかが問題だ。ロンドンの街並はここには映されない。映される必要がないのだ。現在地さえまだ得られないままなのだから。空港で男が公衆電話にコインをいれる、その時からすべては始まる。待たせたね、これからお前のところへ行くよ、娘へとかけられた言葉は、彼を連れだすことができるだろうか。彼はまだ搭乗口に辿り着いていない。

<日比谷シャンテ・シネにて公開中>

月永理絵