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April 25, 2005

『コーヒー&シガレッツ』ジム・ジャームッシュ
藤井陽子

[ cinema , cinema ]

86年にジャームッシュの『ダウン・バイ・ロー』で、翌87年にはヴェンダースの『ベルリン・天使の詩』で助監督を務めたクレール・ドゥニは、88年に彼女の長編処女作『ショコラ』を完成させ、90年には『死んでもへっちゃらさ』を発表した。この『死んでもへっちゃらさ』に出演しているイザック・ド・バンコレとアレックス・デスカスが、『コーヒー&シガレッツ』の6番目の物語「NO PROBLEM」で再び共演している。イザック・ド・バンコレは『ショコラ』にも出演しているし、アレックス・デスカスは『ネネットとボニ』『パリ、18区、夜。』『ガーゴイル』『10ミニッツ・オールダー イデアの森』の中の「ジャン=リュック・ナンシーとの対話」と、クレール・ドゥニ作品に多く出演している俳優であるから、この「NO PROBLEM」は、ジャームッシュがクレール・ドゥニを念頭において作った作品であることはほぼ間違いない。クレジットを見ると分かるように、この映画には多数興味深い人々が出演しているし、彼らの交わす会話やエンドロールの中にはエルヴィス・プレスリーやニコラ・テスラやスパイク・ジョーンズやスパイク・リーやジョー・ストラマーとこれまた数えきれないほどの固有名が登場する。そしてクレール・ドゥニのように、言外にその存在をほのめかされている人物がいることも忘れられないだろう。
「俺はいつもスクリーン上で誰と遊びたいかってところから始める」、ジャームッシュのこの言葉が『コーヒー&シガレッツ』のすべてを語っている。

ジョー・リガーノとヴィニー・ヴェラの「それは命取り」の喫茶店の壁には、『ゴースト・ドッグ』で彼らのボス役だったヘンリー・シルヴァの写真が飾ってあることや、「カメレオン的資質をもっている」から好きだというケイト・ブランシェットが一人二役をしていることなどは、彼のちょっとした遊び心やちょっとした思いつきが、フィルムの出発点となりそのまま味になっていることを示している。パンフレットを読み進めていけば、もっと多くの人物間の関係を発見していくことができる。それはなかなか楽しいことだ。しかし同時に、この映画を楽しむためにはジャームッシュが今までやってきた仕事や彼の関心事にまつわるあれこれのバックボーンを知っていることが必要条件となっていますよ、とそれは囁いているのである。「撮りたい映画を撮る」、その言葉を貫くようなジャームッシュの在り方はとても格好いいし、彼の撮る映画を夢中で見たのも、その映画からジャームッシュの匂いがするからだった。しかし、映画に登場する人物の関係や、壁にかけられていたポートレートの正体や、交わされる会話から醸し出されるこの映画のおもしろみ──この映画のおもしろみの大部分──が、彼のバックボーンを知ることなしにはまったく得ることができないという性格であるのなら、それはこの映画が彼の彼による彼のための映画になりかねない危険性を多分にはらんでいるのだ。そのことに関して、ジャームッシュはとても楽観的であるように見える。
つまりこの映画の興味深い点とは、映画それ自体では残念ながらなく、そこに網の目状に連なって登場する人々や、その人々へと開かれた窓としてのこの映画の在り方、そしてジャームッシュの持つ謎の楽観性である。現在、ビル・マーレイ主演、クロエ・セヴィニー、ジェシカ・ラング、シャロン・ストーン出演の新作を編集中だというジャームッシュが、次回この楽観性にどう落とし前をつけるのか、見守りたい思いだ。

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