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October 28, 2007

「労働の拒否」廣瀬純レクチャー@東京日仏学院
『労働喜劇』リュック・ムレ
田中竜輔

[ cinema, cinema]

 廣瀬純はその講演の冒頭で、大胆にジル・ドゥルーズの『シネマ』をおよそ次のように要約する。ドゥルーズの論理において、個々の映画作品(フィルム)とは有限個の要素からなる宇宙(メタ=シネマ)の組み換えによって生みだされるものであり、それら映画作品は決してその宇宙=シネマを全体とする部分に相応するものではない、と。そしてそれぞれ単一の要素にはひとつとして「特権的瞬間」は存在せず、それらはいずれも「どれで...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 10:53 PM

October 24, 2007

第20回東京国際映画祭レポート『タイペイ・ストーリー』エドワード・ヤン
宮一紀

[ cinema, cinema]

 エドワード・ヤン監督の長編第2作『タイペイ・ストーリー』が本国では公開2日目で早くも打ち切りになったという上映後のホン・ホン監督(今年の東京国際映画祭に出品されている『壁を抜ける少年』を監督)の言葉が重くのしかかる。つねに制作や配給の実際的な困難に悩み、憤っていたと伝えられるエドワード・ヤンだが、そのような当時の台湾の閉塞感はそのまま画面に映り込んでいる。台北を舞台としながら僕たちの眼にも既視の...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 1:40 AM

October 23, 2007

第20回東京国際映画祭レポート『誰かを待ちながら』ジェローム・ボネル
宮一紀

[ cinema, sports]

 渋谷に向かう東横線の車内で中学時代の同級生を見かけたような気がした。電車を降りてから声を掛けようと思ったら、雑踏にまぎれて見失ってしまった。ふと、それほど親しかったわけでもない同級生に声を掛けようとした自分が滑稽に思えた。  気鋭の若手作家と呼び声の高いジェローム・ボネルの新作『誰かを待ちながら』はフランス郊外の日常を生きる匿名的な人々のすれ違いを描いた群像劇である。もっとも、偶然を装ったすれ違...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 1:14 AM

October 21, 2007

第20回東京国際映画祭レポート『恐怖分子』エドワード・ヤン
宮一紀

[ cinema, sports]

 第20回東京国際映画祭が開幕した。メイン会場となるTOHOシネマズ六本木ヒルズに上映作品の出演者たちが多数登場したことが大手メディアでも報じられている。日本の映画業界がそんなに華々しい世界だったとは寡聞にしてついぞ知らなかった。僕が訪れたのはもうひとつの会場である渋谷Bunkamura。会場周辺ではボランティア・スタッフたちが呼び込みをしていたが、そもそも普段から混雑したエリアなので、果たしてそ...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 2:17 AM

October 6, 2007

『すべてが許される』ミア・ハンセン=ラブ
梅本洋一

[ cinema, cinema]

 過去のすべての事どもを忘れることなどできないのだが、時間と空間の大きな隔たりが、遺恨や後悔をもっと大きな寛大さへと変貌させうることを、ぼくらは『サッド ヴァケイション』を見て学んだばかりだ。そんなとき、弱冠26歳の女性が、ほぼ同じことを別の空間と時間で考えていた。ミア・ハンセン=ラブだ。  ぼくらが彼女の姿を初めて見たのは、オリヴィエ・アサイヤスの『八月の終わり 九月の初め』に出演した姿だった。...全文を読む ≫

投稿者 nobodymag : 9:33 AM