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March 6, 2013

「建築映画 マテリアル・サスペンス」鈴木了二
隈元博樹

[ book ]

以前のことだったと思う。冨永昌敬の『シャーリーの転落人生』上映後に行われたアフタートークでのことだ。画面上のシャーリー(福津屋兼蔵)と妻の波子(笠木泉)が抱擁を交わす本編のラストシーンを、ゲストの鈴木了二はカメラが切り返されるごとにワンカットずつ再生して見せた。シークエンスはシャーリーの相棒である中内(杉山彦々)がふたりに絡まるようにしてその輪の中へと割りこみ、中内は切り返される画面に応じてカメラ側へと頭を向き替えまくっている、というものだ。3つの身体、そして中内の細々とした所作に対し、鈴木はニコニコと笑みを浮かべながら、「3つの建築、いやこれはまるで彫刻ですよ!」と高らかに宣言。会場が瞬く間に熱気、いや幸福感に包まれたことを未だによく覚えている。


本著でのペドロ・コスタ論とコスタ本人との対談においても、鈴木は廃墟に生じる闇の空間を前提に、人物と事物といった被写体の物質化を提示する。目の前のフィルムに映る廃墟や建物は、人物と同等な物質そのものであり、特にコスタのフィルムにはそれらを覆う闇でさえも厚みのある物質として存在していることを指摘するのだ。そしてコスタ自身も事物や人物にかかわらず、形あるものにヒエラルキーは存在しないことを述べている。ここでふと吉田喜重が「小津安二郎の反映画」の中で指摘した『晩春』の壺についての論考を思い出した。つまり映画のひとつの見方を物語ではなく建築、さらにカメラの前に映るあらゆる人物や事物を物質と見据え、ざらざらとした質感を伴ったひとつの危険なものとして機能した瞬間、その映画は「マテリアル・サスペンス」と呼ぶべき対象となるのだ。

ただし「マテリアル・サスペンス」を論じる上での開口部は、やはり建築である。冒頭から「建築映画とは、映画のどこかに建築が映っているジャンル映画だ」と簡素に述べるいっぽうで、著者は建築と映画の周縁に潜むいくつかの引用によって建築映画の定義を着々と築きあげていく。たとえばコーリン・ロウが唱えた建築の透明性(リテラルとフェノメナル)、アーウィン・パノフスキーにおける空間の時間化などといった節々の言説を、鈴木は主に建築の側面から咀嚼していく。さらに「映画と建築との突飛な出会い」として、ヴェルター・ベンヤミンが「複製技術時代の芸術作品」で触れた物質の強度(映画の気散じ的な要素と建築の触覚的な受容)をもとに、建築から映画へ、あるいは映画から建築への置き換えを見事に実践していくのだ。その中でもジョン・カサヴェテス、青山真治、ペドロ・コスタ、ブライアン・デ・パルマ、ふたりのジャック(ターナーとロジェ)、そして黒沢清のフィルムを構成する建築の強度に着目し、建築を捉える秀逸なショットやそれらを構成する一連のシークエンス、建築を捉えるカメラの移動方法についての明晰な検証が続いていく。それが『グロリア』のニューヨークであり、『Helpless』『サッド ヴァケイション』に登場するトンネルや若戸大橋なのだ。デ・パルマのフィルムからはル・コルビュジェにおける建築の内部空間を見出し、ターナーとロジェの空間が生み出す内と外に関しての短評がそこに連なる。そして『LOFT』『叫』『トウキョウソナタ』に至っては、黒沢映画を構成する踊り場の存在をここで明確に示すことになるのだ。だけど本著によって建築映画が語られた以上、このことが同時に末恐ろしくも感じた。それはこの「建築映画 マテリアル・サスペンス」を読むことで、新たな映画たちは、取り上げられた建築映画の事物たちから逃れることができなくなるかもしれないからだ。例えば今から新たに映画が生まれていくとして、「マテリアル・サスペンス」以後の映画は、ここで建築映画として取り上げられた数々の「マテリアル・サスペンス」の条件を意識せずにはいられなくなるだろう。そうした語られた以後の困難さも伴い、いやはや取り返しのつかないものを読んでしまったなという読後感は、未だに拭いきれていない。


そしてちょうど「建築映画 マテリアル・サスペンス」を読み進めていたころ、公開中の『ムーンライズ・キングダム』や特集上映で『マルグリット・デュラスのアガタ』を劇場で見ることができたのも、何だか恐ろしい。なぜなら本著にはウェス・アンダーソンの映画における断面映画(時間の空間化)、マルグリット・デュラスの『インディア・ソング』『ヴェネツィア時代の彼女の名前』に見られる人物不在の建築を頑なに撮り収める行為(無人化)についても触れられているからだ。偶然かもしれないけれど、知らぬ間に建築映画は押し寄せている。いや、ここまで来ると著者が予期したように、TSUTAYAのジャンルコーナーへと向かえば、アクションとサスペンスの間に「建築映画」が新たにできているではないか……!そんな日も、あまり遠くはないのかもしれない。


  • April 01, 2009 『シャーリーの好色人生と転落人生』佐藤央&冨永昌敬 田中竜輔
  • June 10, 2008 『コロッサル・ユース』ペドロ・コスタ 山崎雄太
  • April 19, 2007 『サッド・ヴァケイション』青山真治 梅本洋一
  • January 13, 2007 『LOFT ロフト』黒沢清 松井宏