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September 16, 2019

カンヌ国際映画祭2019からパリへ(1) シネマテーク・フランセーズにおけるアルノー・デプレシャン全作特集
坂本安美

[ cinema ]

5月のカンヌ。ワールド・プレミア上映された作品を発見し、批評家を含めた映画人たちとそれら作品について即座に語り、批評し合う、国際映画祭特有のライブ感溢れる刺激的な体験がそこにある。そして8月の終わり、9月の初め(映画の題名のように!)のパリ。学校や仕事も切り替えの時期、カンヌでお披露目された作品を含めた新作が劇場公開され、新聞やラジオやテレビ、そしてカフェやディナーの席、映画館や道端でもさらに掘り下げた議論や批評がじっくりと行われ、そして展開する。さらにまた映画の殿堂であるパリのシネマテーク・フランセーズも新しいシーズンを迎え、来年までの豪華なラインアップが発表された。カンヌからパリへ、あるいはパリからカンヌへと往来しつつ、映画の現在、批評の現在をこれから数回にわたってレポートします。

シネマテーク・フランセーズにおけるアルノー・デプレシャン全作特集 

 8月28日(水)から9月19日(木)まで、パリのシネマテーク・フランセーズにてアルノー・デプレシャン全作特集が開催されている。今年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門にてワールド・プレミアされ、フランスでは8月21日(水)から全国公開された『ルベー、ひとすじの光(英語題:Oh Mercy!)』。長編13本目となるこの最新作の力強さ、これまでにないほど深いヒューマニズムが、ヌーヴェルヴァーグ第三世代と呼ばれる映画作家たち(パスカル・フェラン、エリック・ロシャン、ノエミ・ルヴォヴスキ、ロランス・フェレイラ=バルボザ、セドリック・カーン、グザヴィエ・ボーヴォワ、フランソワ・オゾン......)のリーダー的存在であり、いまやフランス映画、いや、現代映画を牽引するアルノー・デプレシャンの映画を、シネマテーク・フランセーズにその処女作からたどり直すことの重要性を改めて感じさせ、本特集を実現に導いたことは明らかだ。
「アルノー・デプレシャンは家族やその秘密を作品の素材とし、そのロマネスク的創造力は現代のフランス映画の中で他に類を見ないだろう。デプレシャン自身はフランソワ・トリュフォーの後継者であることを表明しているが、その影響はあらゆる方向に開かれており、家族や恋愛の親密なるサガであると思いきや、ハリウッド的スリラー映画的でもあり(『魂を救え!』の歴史的、政治的、社会的な側面)、突如としてファンタジー、あるいはバーレスク、滑稽さへと逸脱することもある。デプレシャンによって描かれる集団の肖像の残酷さ、そのベルイマン的な鋭い視線、俳優たちとの複雑で実りある関係、それらの背後にはつねにほとばしる感情が潜んでおり、それがデプレシャン作品を遺憾なく豊かなものにしている。」

* * *

 8月末、5年ぶりに息子と共にパリで夏休みを過ごすことに。それが決まった後にデプレシャン特集開催の朗報を耳にし、驚喜した。人生では時としてこうした粋なプレゼントを受け取れることがあるものだ、と。アルノーに早速知らせると「ぜひオープニングにふたりを招待させてほしい」と、これまた泣けてしまうような返事をもらう。
 特集上映のオープニングは8月28日(水)、上映作品は『キングス&クイーン』。カクテルパーティにはアルノーの家族(彼の作品に数多く出演し、また出演しないときさえも重要な存在である、弟のファブリスにも初めてお会いする!)、友人、スタッフ、キャストが集まり、あたたかい雰囲気の中でいよいよ開幕式。シネマテーク・フランセーズ館長のフレデリック・ボノーの熱い賛辞の後、いよいよデプレシャンによる開幕の挨拶が行われる。



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「長くお話するつもりはありません。でも自分の作品がこんな場所で特集されるなんて、そうざらにはないことです! それどころかこれは最高のことであり、こんなことが叶うなんて、今日まで夢見ることさえできませんでした。これほどの名誉を僕に与えてくれたフレデリック・ボノーに感謝しなければなりません。この招待を頂いたその朝、僕は呆然としてしまい、それは今でも変わりません。ただただとても驚いていて、そこから抜け出せずにいます。
 皆さんの前でこうして話をしている自分の声を聞いていると、なんだか大げさで、形式的に聞こえます。でもそれは僕がそれほど感動しているからなのです。クリスマスの夜のオスカル・エクダールがそうであったように(訳註:『ファニーとアレクサンデル』のファニーとアレクサンデルの父親、劇場を営む舞台俳優)。
 地方出身者の僕には、シネマテークの子になるチャンスはなかった。だから自分はこの場には相応しくない、不当であるとずっと思ってきました。これまでフランスや日本(今日は、坂本安美さんがいらしてくれていますが)、アメリカ、ロンドンなど、たくさんの映画館や会場で、たくさんの映画を、自分のものも他の監督のものも紹介してきました......しかしシネマテークのこのホールに来て、『ラグタイム』や『エイジ・オブ・イノセンス』......とにかくどんな作品を紹介する時も、僕の声は、今日のように震えてしまいます。

 僕は最初の作品を1991年に作りました。つまり28年間、僕は映画を作ってきました。
 まだシャイヨー宮にあった頃のシネマテークでのある晩のことを鮮明に記憶しています。僕は19歳で、エリック・ロシャンと並んでバルコニーの一番前の席に座っていて、パスカル・フェランもそんなに遠くではなかったと思います。たしかラングロワ自らが僕たちにオーソン・ウェルズを紹介したでのはないかと記憶しています。会場は観客であふれかえっていて、僕たちは皆、あの巨人の言葉に聞きほれていました。講演中、ウェルズは観客に向かってこの会場で映画を監督したいと思っている人はいますかと質問しました。300人ぐらいの人が一斉に手を挙げたかと思います! そして次にウェルズは、「この中に"エンターテイメント"をやりたいと思っている人はいますか」と聞いたのです。巨匠の言葉に魅了され、熱狂しきっていたロシャンと僕の二人は咄嗟に手を高く挙げました。そして僕たち二人だけがそうしているのに気がつき、恥じ入ったものでした。

 それから28年間、僕は"エンターテイメント"を手がけてきました、つまり皆さんを楽しませようと心がけてきました。ときには分かりにくい、難解な、あるいはより大衆的なモチーフで。それこそが僕の人生のすべてです。独学で進んできた僕に映画がすべてを教えてくれました。僕は映画にすべてを負っています。それが今晩、ここで述べることができる唯一のことです。そしてこの感謝の気持ち、それこそが僕の誇りです。
 この会場に、幸運にも一緒に映画を撮ることができた幾人かの俳優たちが集まってくれているようです。あなたたちのこと、そして今晩ここには来れなかった他の俳優たちに思いを馳せます。そしてウッディ・アレンの『地球は女で回ってる』のラストシーンを思い出します。ウッディ・アレン自身が作家の役を演じていて、自分の書いた小説のすべての登場人物たちに囲まれて自分が死んで行くのを眺めています。涙が出るほど僕を感動させるシーンです。

あなたたちを眺め、思うのは、自分は作家ではないということです。あなた方を作り出したのは僕ではない。そうではまったくなく、あなた方が僕を作ってくれたのです。マチュー(・アマルリック)、エマニュエル(・ドゥヴォス)、エマニュエル(・サランジェ)、マリアンヌ(・ドゥニクール)、ジャンヌ(・バリバール)、キアラ(・マストロヤンニ)、カトリーヌ(・ドゥヌーヴ)、ジャン=ポール(・ロシニョン)、ナタリー(・ブトゥフ)、オリヴィエ(・)、ラシュディ(・ゼム)、レア(・セドゥ)、サラ(・フォレスティエ)、アンヌ(・コンシニ)、サマー(・フェニックス)、ファブリス(・デプレシャン)、ブリュノ(・トデスキーニ)、メルヴィル(・プポー)、ノエミ(・ルヴォヴスキ)、メロディ(・リシャール)、ラズロ(・サボ)、イポリット(・ジェラルド)、ジョアキム、フランシス、ジル、サミ(・ブアジラ)、サミール(・ゲスミ)、ラシド(・ハミ)、ルー(・ロワ=ルコリネ)、カンタン(・ドルメール)、その他すべての俳優たちによって僕は作られたのです。

映画に関わる他のスタッフ(技術者、この呼称は不適切かもしれませんが)全員で、あなた方のアート、俳優という芸術にオマージュを捧げたいと務めてきました。ローラン、マリオン、その他数多くのスタッフが、キャメラや編集テーブルなど、自分たちの機材の後ろに身を潜めながら、それぞれの卓越した技術で努めてきました。

 今晩、この特集で上映してもらうすべての作品に思いを馳せながら、これだけは述べさせてください。一本一本の作品で、僕は一度も自分を隠そうとしたことはなく、そこに自分を完全にささげてきました。裸になり、馬鹿げた、あるいは輝かしい、時に慎みのない自分を。僕のたったひとつの倫理、それは慎みを忘れ、淫靡であることです。俳優とは見事なまでに淫靡な存在です。あなた方のように、僕も自分の持ちうるもので、そのように努めてきました。

 最後に二つほど言わせてください。
 今晩のオープニングにジル・ジャコブ氏をお招きしましたが、残念ながらお越し頂くことができませんした。ある時、僕はジルに人知れず手紙を送ったことがあります、その中の一文を今晩皆さんの前で述べたいと思います。それは『そして僕は恋をする』でエマニュエル・ドゥヴォス演じるエステールがポール・デダリュスに向かって言った台詞です。「ジル、あなたは僕の人生を素晴らしいものにしてくれました」。僕が今日ここにいるのは、ジル・ジャコブ、あなたにも負っているのです。
 そして最後に、僕のほとんどの作品、13本の作品を一緒に作ってきたプロデューサーであるパスカル・コシュトーの顔が見えます。ある日、ずいぶん前になりますが、ニューヨークのリンカーン・センターで『そして僕は恋をする』がで上映された直後、共通の友人の前でパスカルについてこう述べたことがあります。「この男が僕の人生を救ってくれたんだ」と。あまりにもぎこちない表現で、パスカルはおそらくあまり良く思わなかったもしれません。いまだにそれはわかりません。でも今晩、この逸話を述べることで僕の友情を表せればと思います。

 ここにいらっしゃるみなさんすべてに感謝の気持ちを。」

 震える手で原稿を持ち、いつもよりもさらに早口でそれを読み上げたデプレシャン。その後も特集中、すべての上映に、俳優やスタッフたちと共に挨拶に立ち続けている。
 本特集、そしてデプレシャンの新作『ルーベ、ひとすじの光(原題)』については、引き続き本レポートの中で記していく。