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October 17, 2019

『これは君の闘争だ』エリザ・カパイ
田中竜輔

[ cinema ]

 ブラジル・サンパウロでの2013年の公共交通機関の値上げ、2015年の公立校の実質的な廃校に伴う教育予算の削減提言。それらに対する蜂起として、ブラジル全土を巻き込んだ特大規模の学生運動が組織される。『これは君の闘争だ』の主人公たるルーカス("コカ")、マルセル、ナヤラの3名は、もちろんその運動に積極的に参与した高校生たちである。本作でフォーカスされるのは、先述した教育予算の削減が立案された2015年から2018年までのおよそ3年間。冒頭、製作会社のクレジットが登場するかしないかというタイミングで、彼ら3人は前のめりに「これは運動についての映画だ、授業なんだ」と宣言する。
 ヒップホップ調の画面と音響の連鎖を先導するのは、ナレーションの形式で組み込まれた彼らのディスカッション。体感速度がとにかく速いのだけれど、置いてけぼりにされる感覚はまるでない。何かよくわからない事件が映し出されたり、ちょっとでも引っかかるような単語が聞こえてくれば、観客の疑問を先回りするように彼らの声が丁寧に経緯を補足してくれる。そのうえ、3人のうちに意見の対立があれば、それについてもきちんと声に出す。この映画は互いの心情を察することを強要せず、反論や賛成があればまず意見を言葉にして伝える。そんなディベートの基本が、本作の映像と音響の編集をめぐる原理には直結している気がする。
 闘争は、やがて自分たちの通う学校を占拠するという戦略へとたどり着く。自分たちを非難する大人たちの意見に彼らは耳を貸さないわけではない。むしろ高校生たちは、びっくりするくらいちゃんと相手の話を聞いている。良識的な大人から自分たちがどんなふうに非難されているのか、わざわざ言われなくともわかっている。それゆえにこそ、彼らは一切の遠慮なく「私たちは教育のために闘っている」のだと、本来ならば学び舎を先導して守るべき教師たちに向かい堂々と表明できる。本作において教育とは、彼らの闘争において取り返されるべき主たる対象でありつつ(「学校は私たちのものだ!」)、そのための戦術を見出すべくほとんど無意識のうちに彼ら自身が体現しているものだ。彼らは教育を求める若き学生たちでありつつ、同時に高き理想を掲げた教師でもある。
 そうして映画は彼らの努力の先に掴んだ小さな勝利を映し出す。が、「現実は甘くない」。「そこで終わればハッピーエンドだった」と彼ら自身が述懐するように、この映画はアンハッピーな終わりを必然としている。ボルソナロ極右政権の誕生、彼らの運動は映画の終わりに至って最大の敗北に直面し、こんなに長く運動を続けるはずじゃなかったという言葉も聞こえてくる。主人公のひとりマルセルは軍警察の暴力にショックを受け、パニック障害になってしまったと語る......だが、それがたぶん本作において決定的に重要なことなのだ。『これは君の闘争だ』は、勝利という成功体験を声高に訴えるための作品ではなく、むしろその決定的な敗北を認めるためにこそ制作されたのだと言ってもいい。絵に描いたような敗北を宿命づけられているがゆえにこそ、これまでのすべての場面が紡がれてきたという事実、高らかにユーモアを存分に備えた彼らのナレーションが紡がれてきたという事実に、ただただ胸を打たれる。
 人はこんなにも堂々と清々しく敗北を受け止めることができるのか。たとえ勝利をつかむことはできなくとも、自分たちの運動には誰もが学ぶべきことがあるはずだと、この映画は祝祭のような盛り上がりを最後まで決して切らさない。終盤、早朝の出勤ラッシュで交通量の多い高速道路を学校の机や椅子を持ち込んで封鎖する活動の最中、「邪魔だ!」「仕事に行かせてくれ!」とクラクションと共に叫ぶドライバーたちに向かって、ある生徒がこんなことを言う。「このデモのせいで仕事に遅刻したなら、周りの人たちにこの運動のことを話してくれればいい」と。問題は何がしかの終わりへとたどり着くことではないし、もちろんその終わりの質ではない。ある終わりをそのまま新たな始まりに変えること、それこそが重要なのだ。
 本作における記録映像の数々が、監督のエリザ・カパイの手によるものだけでなく、同業者のネットワークにおいて譲渡されたものを多分に含むという事実もまた、この運動に関わる高校生たちの信念に必然的につながっているのだろう。高校生たちは口々に自分たちの運動にリーダーはいないと言うが、それと同じように本作も決定的な映像や主幹となる映像に対し、それに奉仕する映像があるのではなく、あらゆる映像がそれぞれの特性を絡み合わせるように、本作の表情を形づくっている。一つひとつの映像は、まるでサッカーやラグビーの試合でのひとつのパスやひとつのタックルのように、この巨大な試合の細部として懸命にプレイされている。だからこそ、たとえ事前に結果を知ってしまっていたとしても、優れたチームスポーツの試合が素晴らしいものであることに変わりないように、『これは君の闘争だ』は素晴らしい。 
 もし本作を見て彼らの声や姿に少しでも心動かされたのなら、そのことを周囲の人たちにちょっと伝えるだけで、誰であっても彼らのバトンを引き継ぐことができる。原題にある「your」という所有格は固定されていない、いくらでもその対象を広げていくことが可能だ。さっそく、本作の都内での最初の上映が10/21に東京外国語大学で行われる(https://tufscinema.jp/191021-2/)。サッカーやラグビーの試合を観戦しに行くような期待をもって、ぜひ本作をたくさんの人に見てもらいたい。

山形国際ドキュメンタリー映画祭2019、インターナショナル・コンペティション部門にて上映 本作は優秀賞を受賞

  • 『十字架』テレサ・アレドンド、カルロス・バスケス・メンデス  新谷和輝

  • 『空に聞く』小森はるか  結城秀勇

  • 『死霊魂』ワン・ビン  坂本安美