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April 15, 2020

第一回「映画までの距離」下高井戸シネマ木下陽香代表に話を聞く
結城秀勇

[ 連載 ]

 たった一月前のことでさえも、なんだか記憶が曖昧になっている。あのころはいったいどんなことを考えていたのか、どんな立場をとっていたのか、あのときとなにが変わったのか。日々目まぐるしく変わる情勢(とまったく信用できない情報と)の中で、思い出せなくなったりわからなくなってしまったことがある。
 それでもなにか新しい試みを立ち上げたいと思った。それは斬新な提言のためでも、批判の声をまとめあげるためでもない。日々の営みを少しでも記録しておくためだ。この困難な状況を切り抜けるためのささやかなアイディアがほしい。たぶんそれは遠くの国のことや過去の出来事から得られるのと同じくらい、いままさに歴史になろうとしている私たちの生活の足元にも転がっているのではないかと思うのだ。

 2020年4月7日夜に7都府県に対して発令された緊急事態宣言を受けて、該当地域の映画館は営業を休止している。これに先立つ4月5日、深田晃司と濱口竜介を発起人とするミニシアター支援のためのクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」のステートメントが発表され、翌週13日よりプロジェクトが開始された。また4月6日には、映画監督ら有志の呼びかけ人、賛同者により緊急支援を求める要望書への署名を集める#SaveTheCinema 「ミニシアターを救え!」プロジェクトがスタートし、14日までに6万5千人を超える署名を集めた。入江悠は自身のHP で全国のミニシアターの支援・会員募集の情報を掲示し、
それを受けて映画ナタリーがより網羅的な情報をまとめている。
 そうした日本映画界の片隅で行われつつある各種の取り組みの中で、下高井戸シネマはそれらに2週間以上も先立つ3月16日に クラウドファンディングを開始し、わずか一日半で目標金額を達成していた(5月12日まで継続中)。そのスピード感と、「新型コロナによる減収に負けじと奮闘中!」というただの悲壮感だけではないメッセージに、興味を持った。
 下高井戸シネマ木下代表に話を聞いたのは、まさに緊急事態宣言が発令される7日当日のことだった。


ーーまずはクラウドファンディングを始めることになった経緯をうかがえますか?

木下 元々こういうことになる以前から、変わって行かなければいけないとは思っていました。長い目で見たときに、このまま同じように続けていたのでは下高井戸シネマはもたないんじゃないか、と。ですから、こういう事態になったことに危機感を覚えて、急いでなんとかしなければと思ったんです。

ーー現在では日本全国で多くのミニシアターが会員募集のようなかたちで支援を募っていますが、下高井戸シネマさんは3月16日というかなり早い段階でクラウドファンディングを始められましたね。 

木下 そのときすでに、あっという間に状況は悪くなっていくんだろうなと思っていました。かといって自分たちで一からお金を集めるシステムを構築することはできないし、かといって銀行に振込みをお願いしますというのも敷居が高いだろうと思い、やっぱりクラウドファンディングを使うのが、一番迅速で拡散力に優れている方法なんじゃないかと思いました。
 劇場に足を運んでくださいとは言いにくい中でどうやって収益を上げるのかと考えたときに、お金を払ってもらうならやっぱり会員費なのではないかと。当たり前ですが劇場というのは映画を体験していただいてそれに対してお金を払ってもらう場所です。ですからその代わりにDVDや物販を売ったところでしょうがないし、たとえば私たちはできないですが配信というかたちで映画を届けるというのも、どこか違う気がしました。本来の意味で皆さんが下高井戸シネマに求めているのは、やはりあの雰囲気で映画を見ることそのものだと思いますから。

ーークラウドファンディングは開始二日足らずで目標金額に達し、現在も多くの方の支援が続いています。このことに、単に苦境を耐え忍ぶというだけではない、いまだからこそできることがある、というポジティブな気持ちになりました。 

木下 先程も言ったように、コロナの感染拡大以前からすでにすべてが順風満帆というわけではなかったのですから、これをチャンスにというのは言い過ぎにしても、この機になにか変えられるんじゃないか、というのがこのスピード感につながったのかもしれません。厳しい言い方をすれば必要のないものは淘汰されていくので、必要とされるように頑張っていく。時代に合わせて変えていかなきゃいけないこともあるし、残していかなきゃいけないこともある、そこを見極めた上でやっていきたいなと思っています。
 私は、昨年に映画館を継いだのですが、そのときすごくもったいないと思ったんですよ。ラインナップもいいし、スクリーンの大きさも音量とかもちょうどいい、駅からも近いしスタッフさんは親切だし(笑)、こんなに雰囲気もいいのになんでもっと知られてないんだろうと。60年もこの町にあるのに、普段からあまりたくさん映画を見ないような人には、ほんの二、三駅離れたところに住んでいる人にも知られていない。これだけ簡単に情報を拡散できる時代なのに。
 だからクラウドファンディングはこれまで下高井戸シネマを知らなかった人にも知ってもらう機会になるのではないかと思いました。結果的に、それをきっかけにラジオに出たり、いろんなところにアピールすることができたので。

ーークラウドファンディングをやるにあたり、当初内部からは不安の声も上がったと聞きましたが。 

木下 やっぱりなにかを変えるのは怖いですからね。それに映画の興行のシステムとして配給さんなどとの関係も考えないといけない。番組編成の者が懸念していたのは、クラウドファンディングをすることで資金繰りが厳しいと周りに思われるんじゃないか、そうすると映画を貸し渋られるんじゃないかということでした。
 でも、その時点では全国的なミニシアター支援の動きが立ち上がるかもわからない状況だったわけで、そもそもうちがつぶれてしまえば、配給さんの収入だってそのぶんなくなってしまうわけです。だから、黙ってにっこり笑ってて、最後に突然閉館するなんてよりはよっぽどいいと思ったし、それよりもほんとに大事なのはここを潰さないってことですから。
 全部が全部急いでやればいいわけではないし、じっくりよく考えなきゃいけないことももちろんありますけど、今回はたまたまそのスピード感が大事だったと思います。

ーー先週末(4月4、5日)は都内の映画館は営業をしなかった館も多い中、下高井戸シネマさんは営業を続けておられました。それでも今回の緊急事態宣言を受けて営業が難しくなるかと思いますが、今後の展望をうかがえましたら。 

木下 映画館を一度閉めたらそう簡単にはまた開けられない、だから閉めるのは最後の最後までやめよう、という思いでやってきました。ただ、そうするのにも従業員やお客さんの感染リスク、また周囲の声などに細かく気を配ったうえでですが。ですが今回の宣言に関しては、映画館が名指しされてもいるので、この状況でも意地を張ってやるというのは社会の一員である以上できないですよね。
 だから閉めることはもう覚悟が決まっているので、終わった後いかにお客さんに来てもらうかということにということにシフトしていく。資金集めに関してはいまやっているクラウドファンディングやミニシアター支援の動きを頼りにしながら、じゃあ宣言が解除されたときに、どうやったらお客さんが「あーやっと下高井戸シネマにいける!」と思ってもらえるのか、これからどんどんやれることをやっていかないとと思っています。
(その後下高井戸シネマは公式のnoteを立ち上げ、再開後の上映に向けた人気投票などを行なっている)


 最後にこの企画のタイトルについての余談。もちろん「距離」は「ディスタンス」とルビをふって読む(苦笑)。はい、「ビフォア・サンライズ」です。それは「明けない夜はない」などというようななんとなくポジティブっぽいメッセージなんかじゃない。リンクレイターの映画のふたりが、半ば強引につくられたぽっかりと空いた時間の中で、それでもやれること、やりたいこと、やるべきことを見出すように、「夜が明ける前に」考え言葉を交わすべきことがあると思ったからだ。