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April 12, 2020

《キューピッドの石膏像のある静物》ポール・セザンヌ 
橋爪大輔

[ art ]

 昨年、東京都美術館で開催された「コートールド美術館展」(本展は神戸市立博物館へ巡回する予定だが、4/12現在、開幕は延期されている)にてポール・セザンヌの絵画を10点ほど目にした。なかでも特に見入ってしまったのは《キューピッドの石膏像のある静物》という1895年頃の油彩画である。カンヴァスを縦に二分する画中のキューピッドは、そのモデルとなった石膏像に比べて、脚が細く、顔の割合が小さくなり、プロポーションを変更されていた。ほかにも、その像の左手に配された画中画とテーブル上の野菜との連続、さらに床のこちら側へのせり上がりなど、驚くべき箇所はたくさんあった。だが今回注目するのは先程の、画中のキューピッドである。ちなみに、セザンヌの作品はこちらのサイトで見ることができる。

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 すでに述べたようにキューピッドはモデルのプロポーションを変更して描かれている。だが一度、この変更から目をそらし、キューピッドを仔細に観察すると、身体の各部が不自然な分節化により、それぞれまとまりをもっていることに気がつくだろう。例として、右腿上部や右足などが挙げられるが、これらの分節はある規則をもって表されている。分節化はいくつものりんごによって進められているのだ。つまり、キューピッドの身体には複数の、サイズの異なるりんごが入り込んでいることになる。
 「ティツィアーノが描く尻は桃のようだ」と、彼の《田園の奏楽》を前にして述べても、尻に桃が収まっているとは夢にも思わない。しかし、繰り返すが、セザンヌのキューピッドには、画家によってりんごが入れられている。このことはキューピッドの臍の周りの描写によって説明がつくだろう。 
 臍の右手にはりんごが落ちている。だが、ほんらい画面奥にあるはずの、従ってもっと小さく描かれるはずのりんごが、大きく描かれている。私たちは、その梗窪(果梗のついた側の窪み)まで目視できる。ここで、すぐそばにあるキューピッドの臍の窪みに目をやれば、両者は無関係でないことがわかるだろう。セザンヌはりんごをキューピッドの腹部に孕ませたのだ。このことは、画家特有の「線」によって強調された下腹の膨らみからも明らかである(この「線」は、例えば卵にひかれることで、その飛び出し、つまり卵の立体性を表現するのに貢献する)。
 腹の下の、右腿から右足へと視線を送ると、その先に列をなす複数のりんごが確認される。見切れたりんごから判断するに、この列は、まだこちら側へと続いているようだ。だが重要なのは、それが逆方向にも延長されているということだ。つまり、キューピッドの右脚内部にまでその列は延びているのである。これは、りんごの膨らみを隠しきれない右足や、ありえないところで分節されようとしている腿を見れば明らかだろう。キューピッドの石膏像を扱った多くの素描や油彩画とは異なり、ここで右脚のみが描かれるのは、この連なりを強調するためなのかもしれない。いまや、台の上では連鎖するりんごが前景化し、つづけて台はすぐさま皿へと変容する。画家は敢えて、両者を似た形で青白く描いたと言えば穿ち過ぎだろうか。


【本文中の画像は Feilchenfeldt, Walter, Jayne Warman, and David Nash. "Nature morte avec l'Amour en plâtre, c.1895 (FWN 692)." The Paintings, Watercolors and Drawings of Paul Cezanne: An Online Catalogue Raisonné. https://www.cezannecatalogue.com/catalogue/entry.php?id=763.(参照 2020年4月12日)より引用した。】