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March 20, 2022

《第17回大阪アジアン映画祭》『遠くへ、もっと遠くへ』いまおかしんじ
斗内秀和

[ cinema ]

ID03_Far away,further away_main.jpeg 映画の序盤で主人公の小夜子(新藤まなみ)とその夫(大迫一平)が食卓を囲む場面がある。「ごめんね、お惣菜ばかりで」と小夜子が言うと夫の五郎が「美味しいよ、よー、よー、よー」と言う。ラップ調の「よー、よー、よー」は何の脈絡もなく、どこか唐突な印象を受ける。その後で小夜子がこの台詞を受け流して、全く新しい話題を切り出すことからも、「よー、よー、よー」という台詞はこの場面で何を意味しているのかが分からず戸惑ってしまった。
 この奇妙な調子は、次の場面においてより顕著に現れる。小夜子は部屋に戻った五郎を訪ね、一緒に釣りに行かないかと誘う。五郎から釣り道具を捨てたことを指摘されると、小夜子は腕を上げて頭の上でハート形を作るのだが、それを見て五郎も訝しがるものの、腕を元に戻して「やっぱり、いい」と言い放つ。このように登場人物の身振りや擬音は、一見何を表現しているのかが分からない。他の映画で見られる台詞や行動と違うことと言えば、いわゆる文脈がないということだろう。物語とは全く関係のない細部なのかと思っていたのだが、どうも映画を見ていくとそうではないことに気付く。むしろそれは『遠くへ、もっと遠くへ』が登場人物たちによる身振り、手振り、擬音を使ったコミュニケーションを通して、独特な関係性を築いていく映画だからである。
 例えば、小夜子が洋平(吉村界人)と初めて飲みに行く場面。彼女は彼に向けてご機嫌に「やっほー」と言う。その「やっほー」に対し、洋平は戸惑い気味に「やっほー」と言い返す。この「やっほー」の呼応は、ふたりが飲んでいる間、事ある毎に繰り返される。また場面は変わり、小夜子と洋平が「やっほー、やっほー、やっほー」と言い合いながら夜道を歩いていると、洋平はおもむろに小夜子へ近付いてキスをする。つまり「やっほー」という擬音は、ここですでに彼らにとっての親しみを表すきっかけの言葉となり、その「やっほー」を続けざまに交わすことは、紛れもなく互いの好意を決定付けているのだ。だからこそここでの「やっほー、やっほー、やっほー」は、出会ってからキスをするまでの高揚感に満ちた合言葉として、目の前の私たちに強く響くことだろう。
 身振り、手振り、擬音は言葉とは少し違っている。意味していること自体が言葉よりも抽象的であるが故に、台詞で出来ているお芝居よりも役者による解釈が強く要求されるように思う。もっと言えば、演者の素のような状態が見えやすいのではないだろうか。例えば、北海道の波止場ではしゃぎあっている様子はアドリブのような生々しい瞬間が捉えられている。この場面がアドリブのように感じるのはお互いがそれぞれの身振り、手振り、擬音に対して少し驚いたようなリアクションをするところだ。洋平が指輪を海に投げ捨てる際に「うぉー!」と叫んで投げるが、小夜子はそんな彼の身振り、手振り、擬音に対して思わず声を出して笑う。すると今度は、負けじと自分も「わー!」と叫んでは指輪を投げる。洋平がゴリラのモノマネを始めれば、小夜子も同じようにゴリラのモノマネをして面白がる。最後は「洋平のばーか」と小夜子が言い放ち、洋平は「え、何?」と戸惑ったように聞き返す。最初に見られたぎこちなさはまるでなく、洗練された親密さを表しているかのようにして、ふたりは仲良く戯れる。こうして『遠くへ、もっと遠くへ』の身振り、手振り、擬音は登場人物たちの関係性を構築するだけではなく、映画の中で醸成された親密さを観客に提示する。ある時は生々しく、またある時は強度を持って、この映画の物語世界を豊かにしているのだと思う。

第17回大阪アジアン映画祭にて上映