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May 25, 2022

『夜を走る』佐向大×足立智充インタビュー「レボリューションする身体」

[ cinema , interview ]

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絶賛公開中の佐向大監督最新作『夜を走る』。職場の同僚ふたりがひとりの女性と出会うことで、平穏な日常生活から転落していく。そんな発端から、やがて映画は予測もつかない展開を見せていくのだが、その中で文字通りの変貌を繰り返す主人公の秋本。見たことがないほど異様なようでもあり、しかし我々自身にどこかよく似たところもあるような、秋本という人物はどのように造型されたのか。彼を演じた足立智充と佐向大監督に話をうかがった。



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©2021『夜を走る』製作委員会


ーー『夜を走る』は長期にわたって暖められた企画ですが、足立さんはかなり初期段階の脚本を使ったワークショップにも参加されていたんですよね。

佐向大 元々は、高校時代の友人が当時働いていたスクラップ工場を、映画の舞台としておもしろいんじゃないかと勧めてくれたことから思いついた企画でした。大杉漣さんとこの映画の製作である大杉弘美さんにこんな映画をやりたいという話をしたのが2012年で、じゃあちょっと進めてみようかということになり、2013年に初稿を書き終えました。その頃ちょうど、所属していたzaccoの役者さんたちと月2回のワークショップを行っていたんです。当時関わっていた作品や実現しなかった作品の脚本、あるいはこのワークショップ用に書いた脚本を使って、足立さんを含めたzaccoの役者さんたちに演じてもらうということをやっていました。

足立智允 正直、その当時にやったことをそこまで正確には覚えてないのですが、今回脚本を読ませてもらった時に、部分として「そうかこのシーンに近いことをやったよな」という箇所はありました。

佐向 ワークショップの段階では足立さんには脚本全部を読んでもらっていたわけではないですしね。後日、初期段階の脚本をお送りして読んでもらいましたが、それもだいぶ後になってからのことでした。

ーーその時点から、現在の脚本になるまでにはだいぶ大きな変更があったと聞いています。現在のバージョンを読まれたときの感想はいかがだったでしょう?

足立 率直におもしろかったです。特に後半はまったく新しいものになっていたので。実際に撮影した時に、どうすればこのおもしろさを損なうことなく実現できるのかと考えながらも、読み物としてとても楽しんで読みました。

ーー足立さんが演じた秋本という人物は、さまざまな意味でとらえがたさを持った男のように思いますし、『夜を走る』という映画自体にもまた別のとらえがたさがあるように思います。撮影前にリハーサルをだいぶ重ねられたそうですし、谷口役の玉置玲央さんも交えてこの映画のターニングポイントとなる点について3人で相談されたという話もうかがいました。

佐向 もうリハが始まっている段階で、3人で池袋の喫茶店で話しましたね。秋本と谷口のふたりが橋本理沙という女性に出会った夜のことを、どこまでどう見せるのかと。ふたりのうちのどちらがなにをしたのか、そこを見せるのか、そして秋本や谷口本人はその真実を知っているのか、そんなことを話し合いました。

ーー脚本も完成した映画同様に、そこがはっきりとはわからないように書いたということなんでしょうか?

佐向 あの段階ではわかるように書いてあった気がするんですけど......、どうでしたっけ?

足立 いや、ふたりのうちどちらがとか、彼女がどうやって亡くなったのかは、台本には書いてなかったですね。もともと佐向さんがそれを書いてたバージョンもあったんですよね。

佐向 そうなんです。そこをどう扱うかはものすごく悩んだ部分で、何度も書き直しているので、どの段階でどうだったかはよくわからなくなってます。でも実際演じるのは役者の人たちだから、意見を聞こうと思って。話をしてもなかなか結論が出なかったですね。

ーーとりわけ秋本という人物の行動には、観客としては「なぜそこでそれをする?」となる部分が多いように思うのですが、足立さんは彼を演じる上でそのような箇所の行動の理由を監督に確認されたりしたのでしょうか。

足立 確認しましたっけ?

佐向 根本的なところを確認してくれていました。例えば前半部分では「秋本はあまり笑わないでほしい」と伝えたら、足立さんが意見を言ってくれて、結果笑う演技をすることになった......。

足立 あれ、そうでした?(笑)たしか佐向さんに「笑ってしまう方向で」って言われた記憶があります(笑)。

佐向 笑ってしまうところはあるけど、後半に感情が溢れ出ることになるから、前半はそれとの対比を......、あっわかった「ニヤニヤしてくれ」って言ったんだ。

足立 そうでした。

佐向 なにかされてもニヤニヤ笑っているような感じでお願いしますって言いましたね。対して後半は感情の発露として、すごい笑顔にしてくださいと言ったのかな。

足立 終盤の「いってらっしゃい」の場面に関しては、撮影の何日か前から笑うことにしようと決めましたよね。

佐向 そうなんです。ニューライフデザイン研究所でみんなで手を繋いでいるシーンを撮った時の足立さんが屈託のないすばらしい笑顔で、これは気持ち悪くてとてもいいなと思ってそう決めました(笑)。

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ーー秋本のとらえがたさということで言うと、秋本はひとりではないというか、もうひとりの自分を目撃してしまう場面がありますよね。ニューライフデザイン研究所へと導くように現れる秋本は、あの歩き方の違いだけで「別の」秋本であると納得させられます。

足立 あの歩き方は佐向さんの指示ですね。

佐向 前半と後半でガラッと変えていこうという意図があったので、元の秋本とはちょっと変えてもらいました。初めは谷口と秋本の間でドラマを進めていって、後半は秋本本人により焦点が当たっていく。そこへ導く存在がふたつあって、ひとりは美濃俣有孔であり、もうひとりは自分自身である。ここをきっかけにして、いろんな秋本が分裂するように登場してくる、その序章のようなつもりではいました。

ーーいまの秋本の歩き方についてもそうなんですが、いろいろとらえがたい秋本という男が、足立さんの身体を通じてものすごくくっきりと浮かび上がる細部がある気がするんです。個人的には、冒頭電話をする秋本のアップの、きっちり長方形に揃えられたもみあげとか、ああこういう人間なんだ、すごい演出だなと......。

佐向 演出ではない(笑)。

足立 撮影前に、家から一番近い初めて行く床屋で、きっちりした感じにしてください、と頼んだらああなったんです(笑)。すごく不評でしたね(笑)。

ーーええ、そうだったんですか......。 もうひとつ、秋本の動きについて聞きたいのは、橋本理沙を殴るシーンです。あの払って殴るという一連の動作のキレ自体がすごいと思うんです。単にストーリーとしての意外性じゃない衝撃があの場面にはある。

足立 実際に殴る画を撮るかどうかはかなり悩みましたよね。

佐向 秋本が爆発したところは見せなきゃいけないと思っていたんですが、見せ方をどうするかは悩んでいました。

足立 たしか本番直前に、谷口が秋本を車に乗せるところまでやりますと言われてああいう撮り方になったんですよね。

佐向 そうか、玉置さんが「もし自分が谷口だったら、どうにかしようと車内に連れて行くんじゃないか」と言って、ああなったんですね。
 あそこは、おそらく秋本本人にも怒りの矛先がどこに向かっているのかはわかっていない。理沙との関係だけではなくて、秋本自身が置かれた状況に対する憤りのようなものに見えればいいと思っていました。今まで蓄積してきたものが一気に壊れるような感じで。

足立 話の流れで携帯を壊す必要があったんですよね。それで監督から、携帯を払ってそれから殴るという動作を提案されて。「そこまでの怒りに持っていけますかね?」と確認されたんですが、「いけると思います」と、ああいうかたちになりました。

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ーー秋本の動きということでもうひとつ聞きたいのは、終盤、公園で谷口に突き飛ばされて倒される場面です。あそこで秋本が後ろでんぐり返しというかなり奇妙な方法で起き上がるのは、脚本に書かれていたのでしょうか?

足立 いや、倒れた後の流れは現場の指示です(笑)。

佐向 あそこは、秋本がこれまでパートナーのような関係だった谷口と惜別するシーンで、ひいてはこれまでいた世界にも別れを告げるような場面にしたいと思っていました。その別れは谷口からは拒絶されてしまうという、個人的には切ないシーンです。でもたぶん谷口に拒絶されなければなにかが違ったかというとそうではなくて、受け入れられようが拒絶されようが、秋本は「ヨシ」と言ってまったく新しい世界に向かって走り出す。

足立 でも脚本だと、谷口に拒絶されて倒れて終わりだったと思うんです。秋本が起き上がってヨシって走り出すのは脚本にはなかったですよね。そこで終わってしまうとやっぱり少しもの悲しいシーンになるし、走るところまでやるかどうかで見え方が全然違ってきますよね。佐向さんはどの段階でここまで撮ると決めていたんですか?

佐向 ロケ地が決まった時点ですね。高低差があったり、面白い形状をしている公園なんですが、とにかくこの山を走って越えていかないといけないなと。はじめは引きの画を考えていたんですが、手持ちで追いかけていこうと提案してくれたのは撮影の渡邉(寿岳)さんです。
 そういう意味であのでんぐり返しを足立さんがかなり象徴的に体現してくれた気がしますね。まさしく天と地がひっくり返る。

ーーまさにレボリューションというか。この少し前のシーンで秋本が女装、というか橋本理沙の格好をして現れて、「あれなんでだろう?」と考えてる間に映画はどんどん進んで、そうこうしてる間にこのでんぐり返しでカツラもハイヒールも取れてしまう。

佐向 さきほど話したもうひとりの自分が登場する場面では、秋本本人ではなく橋本理沙が現れるという案もあって、どちらにするかすごく迷ったんです。自分が殺めたと思いこんでいる人が現れて、その人に導かれていくという展開。ただどちらにしても、どこかで自分自身と殺めた人が一体化していくのを見せたいとは思っていました。それで最初は自分自身と会うことにして、後半で殺めた相手と一体化する。そのせいで少しわかりづらくなったかもしれませんが、自分にとってはどちらも同じことというか、直視したくないもののふたつの側面だという気がします。

ーー自分が二重化して、対象に一体化もするんだけれど、同時にカツラや靴が脱げて一体化が壊れていくこともかまわない、というのは秋本という人間にとって重要な要素のような気がします。

佐向 そのまま全部脱いでいって、最後は素っ裸になる案もありました。

足立 最終的に腕が6本くらい生えてるっていう案も。

ーーやはり最後に是非聞いておきたいのは、秋本のダンスのことです。どのようにあのシーンは作られたのでしょう?

足立 佐向さんから言葉でいろいろとイメージを聞いたり、参考となりそうなダンスの動画を見てもらったりしましたね。ただその動画は本当にトップクラスのダンサーの方のものだったので、どこまで参考になったかは微妙ですが(笑)。振り付けをお願いした、たかぎまゆさんは脚本を読んでくださってもいたので、ここはこうしたらいいんじゃないかとか、いろいろ提案してくれました。ただ最終的にはこれで良いのか悪いのかわからなくて、とにかくやってみたという感じです。
 あのシーンは二回撮影しているんですが、一回目に踊ったあと、佐向さんが「感動しました!」って言ってくれて、周りのスタッフにも「ねえ?」って聞いてるんですけど、だれも「うん」って言わない(笑)。「やばいな」と内心思ってましたね(笑)。でももうやるしかない、と。

佐向 たぶんみんなどうとらえていいかわからないっていうのはありましたよね。さっきのカツラが取れたりだとか、このダンスとか、映画の後半でそれまでの流れをひっくり返すようなシーンが連続するので、それがここまでやってきたことを壊すんじゃないかという不安は、足立さんにもスタッフにもあったと思うし、僕自身もありましたね。その最たるものがこのダンスかと。

足立 もしかしたら世界観を壊すかもしれないようなことを、佐向さんは現場で恐れずに選択するという印象があります。例えば、美濃俣が銃声ではなくて、女性の叫び声の方にびっくりするカット。どういう意味にとられるかわからないし難しいじゃないですか。現場ではそうじゃないバージョンも撮っていたんですが、本当にこっちを使うんだ、と(笑)。でも結果的に、作品全体としてこの方が良かったと思います。

佐向 あれは宇野(祥平)さんの表情がめちゃくちゃおもしろかったから。でもこの場面は映画全体にもつながるところもあって、秋本も谷口も本当に処理しなきゃいけないことがあるのに、目の前のことに囚われてばかりいる。そして美濃俣も本当にヤバいことが行われているのに関わらず、そっちじゃなく目の前の女の人の叫びの方に反応しちゃう。それは僕らの日常生活にも同じようなところがありますよね。

ーー世界観が壊れることを恐れないという言葉はこの作品の核心をついているようにも思います。

佐向 スタッフも役者さんも準備をする上で、脚本の段階では流れを作っていかないとと思うんですが、現場ではただ書かれたことの再現になってしまうのもおもしろくない。そこに書かれていないおもしろさを付け加えてくれるのが、スタッフ全員の知恵であり、役者さんの身体や動きなんだと思います。

2022年5月9日 聞き手:結城秀勇 構成:結城秀勇、松田春樹 写真:白浜哲


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©2021『夜を走る』製作委員会

夜を走る
監督・脚本 佐向大 
製作 大杉弘美
撮影 渡邊寿岳
音響 弥栄裕樹
出演 足立智充、玉置玲央、菜葉菜、高橋努、宇野祥平、松重豊
2021/日本/カラー/シネスコ /5.1ch/125分 配給 マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
©2021『夜を走る』製作委員会
5/13(金)よりテアトル新宿、5/27(金)よりユーロスペースほか全国順次公開

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佐向大(さこう・だい)
1971年、神奈川県出身。自主制作のロードムービー『まだ楽園』(2005)が各方面から絶賛され劇場公開を果たす。『休暇』(2008、門井肇監督)、『アブラクサスの祭』(2010、加藤直輝監督)の脚本を手掛け、2010年に『ランニング・オン・エンプティ』で商業映画デビューを果たす。2018年には大杉漣最後の主演作『教誨師』の監督・脚本・原案を務め、大杉に日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞をもたらした。

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足立智充 (あだち・ともみつ)
1979年、静岡県出身。日本大学芸術学部在学中より舞台を中心に活動を始める。2008年に演劇ユニット、チェルフィッチュの「フリータイム」に出演。以後も「三月の5日間」、「スーパープレミアムソフトWバニラリッチ」など同ユニットの作品に参加。主な映画出演作に『お嬢さん』(2016、パク・チャヌク監督)、『きみの鳥はうたえる』(2018、三宅唱監督)、『万引き家族』(2018、是枝裕和監督)、『王国(あるいはその家について)』(2019、草野なつか監督)など。公開待機作に三宅唱監督『ケイコ 目を澄ませて』(2022)がある。