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May 27, 2022

第75回カンヌ国際映画祭報告(4)
槻舘南菜子

[ cinema ]

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アルノー・デプレシャン『Frére et Soeur (Brother and Sister) 』
 公式コンペティション部門にノミネートされた、フランス人監督による今年のフランス映画はかなり低調だ。『クリスマス・ストーリー』の系譜である「憎悪」の主題の延長線ともされたアルノー・デプレシャン『Frére et Soeur (Brother and Sister) 』は、分かり易い言葉と振る舞いにそれらが集約されており、彼の映画の持つ巧みな言葉の応酬も複雑さもない。が、それを彼の新境地とみなすのは憚れると言わざるを得ない。


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ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ『Les Amandiers (Forever Young)』
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ『Les Amandiers (Forever Young)』は、彼女自身の青春時代をインスピレーションに、80年代、パトリス・シェローが教鞭をとったナンテールのアマンディエ劇場を舞台としている。若手俳優たちのエネルギーであり、テデスキのオルターエゴを演じる主演女優ナディア・テレスツィンスキーの演技に見るべきところはあるが、ドラッグ、HIV、同性愛へと目配せすること以上に、クリエーションに焦点を当てるべきだったのではないかと疑問が残る。また、彼女特有の自己嘲笑的な面がなく、単に美しく、あまりにも予測可能で感傷的な終わりは、凡庸だ。


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クレール・ドゥニ『Stars at Noon』

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デヴィッド・クローネンバーグ『Crimes of the Future』
そして、久々のコンペティション入りを果たしたクレール・ドゥニ『Stars at Noon』は絶望的な仕上がりとなっている。デニス・ジョンソン原作の映画化であり、アメリカ中部を舞台にした女性ジャーナリストとビジネスマンの恋愛を描き、アルコールの摂取とセックスシーンが多くを占めるが、官能性も欲望も感じられず、アントニオーニ的な不毛さもない。デヴィッド・クローネンバーグの『Crimes of the Future』は物語を極端に抽象化しながらも、彼の多くの作品を想起させ、ほとんど作品を巡る自伝かのようだったが、クレール・ドゥニ作品は単に空虚そのものだ。


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セルジュ・ボゾン『Don Juan』
 そんな中、昨年新設されたカンヌプレミア部門にノミネートされたセルジュ・ボゾン『Don Juan』は、驚くべき演出の映画であり、彼自身のこれまでの作品を更新する作品だ。初長編『友情』がカンヌの独立部門L'Acid部門で上映されて以来、『フランス』と『ティップ・トップ ふたりは最高』がカンヌ監督週間部門にノミネート、そして今回の『Don Juan』によってついに初の公式部門入りを果たした。今作ではこれまでのジャンル的な作風を離れ、シンプルなラブストーリーに挑んでいる。次から次へと女性遍歴を重ねるのではなく、一人の女性に取り憑かれた男こそが、セルジュ・ボゾン版「ドン・ジュアン」だ。タハール・ラヒムが俳優を演じることの自己言及性は勿論だが、ファーストシーンで鏡の前でブツブツと呟きながら首を傾げる姿は、トリュフォーのドワネルシリーズにおけるジャン=ピエール・レオーを思わせ、ラヒムがボゾン自身のオルターエゴにも見えてくる。一方でヴィルジニー・エフィラは、カメレオンのように複数の女性を演じ、彼女を前にしたラヒム演じるロランは関係を持つことに失敗し、絶望する。反ナチュラリズムなボゾンの作風が最も強く表れているのは、これまでの『モッズ』は勿論、『フランス』も同様に音楽を巡ってであった。しかし『Don Juan』において、歌はファンタジーを生み出すのでも、集団的になるものでもない。登場人物の間の会話のように親密な意味を持ち、ふたりの振る舞いからは想像できない、目に見えない感情として現在形の中で歌は陰鬱に語り始められる。これまでのミュージカル映画の歴史と一線を画し、音、光、カメラの動き、俳優へのディレクションなど、その徹頭徹尾を演出に捧げられたこの作品がコンペティション部門にノミネートされなかったことは、今年のカンヌにおいて最もスキャンダルなのではないだろうか。

カンヌ国際映画祭公式サイト

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