« previous | メイン | next »

July 9, 2022

『機動捜査班 東京午前零時』小杉勇
千浦僚

[ cinema ]

 ――何か、小粋でシャープな旧作邦画を観たいと思って、1962年の日活映画『機動捜査班 東京午前零時』というやつを観たんだが、こりゃあ当たりだったね!
 ――レトロかつ勇ましいタイトルじゃないか。そいつはどういうんだい。
 ――うん、この『機動捜査班』は、1961年から1963年までのあいだに13作がつくられたシリーズで、覆面パトカー、無線連絡、科学捜査などを紹介した知る人ぞ知る警察ものの連作映画だそうで、僕の観たのはその8作目の『機動捜査班 東京午前零時』(62年)。
 ――ほう。監督は誰で、出てるのは誰?
 ――監督は小杉勇(こすぎいさむ)で、出演は青山恭二、内田良平、郷鍈治、三原葉子など。青山恭二は、石原裕次郎や小林旭の日活無国籍アクションのような世界では助演にまわる人だけど、その地味さがこっちのトリビアルで渋い世界だとうまくマッチして主演の大宮刑事役、内田、郷、三原葉子は警察側じゃなくって、単発の客演で、暗黒街の一員だったり、ホステスだったり。
 ――おや、小杉勇っていうのは、俳優じゃなかったかい。内田吐夢監督の『限りなき前進』(37年)に出てる......。
 ――そうそう。サイレント期から映画出演し、田坂具隆の『土と兵隊』(39年)なんかにも主演してる俳優の小杉勇は1948年からは監督にも進出して70本の映画を撮るのだが、そのうち13本が『機動捜査班』、あと1960年から61年にかけては『刑事物語』シリーズ10本を撮っている。あと、日活映画の音楽でよく見る小杉太一郎は小杉勇の息子だ。
 ――こういう世界もあるんだねえ。二本立ての裏番組的な、裏「日活」的な。ちょっと説明聞いてると非常にデジャブな感じがあって、ほら、あの東映の刑事もの、あったじゃない......。
 ――おっしゃることはわかるよ。50年代の東映、『警視庁物語』シリーズでしょう。あれは1956年から64年までで24作ある。あれに似通った感じです。これらの作品群のキーパースンは、原案、原作、脚本にクレジットされる長谷川公之(きみゆき)氏だね。実際に警視庁の鑑識課で勤務した経験のあるひとで、その科学捜査のディティールや、そのほか警察の捜査の段取りをドラマに入れて、警察もの刑事もの映画、テレビドラマを変えたひと。テレビドラマ「七人の刑事」もこのひとの仕事だ。『機動捜査班 東京午前零時』では長谷川氏は原作というあつかい、劇中には銃弾が発射されるときにつく旋状痕で犯行に使われた銃を照合する場面が出て来ます。
 ――外堀のウンチクはもう充分埋められた気分だよ。いろいろわかった。で、この映画『~東京午前零時』のお話はどういう具合なんだい。
 ――実質の主役は内田良平だね。内田が演じるのは岩本という名のナイトクラブやバーの業界誌みたいな「社交新報」という新聞をつくる会社の社長。「社交新報」は勝手にそういう店の広告をつくって載せて、広告料寄こせと押しかける暴力カツアゲ誌で、その尖兵となって取り立てにまわるのが郷鍈治演じる戸田。彼らは単にヤクザ、ギャングというより、ちょっとやってることが凝っている、いわばインテリ愚連隊。
 ――三原葉子さんの役どころは。
 ――内田、郷はそのほかにもスケコマシをやってたりするんだが、最初コマそうとしていたのに内田が本気で惚れてしまうホステスの由美役に三原葉子。この三原がなかなかいいんだ。人気ホステスで、男に執着されたり、店どうしの取り合いが起きたりするし、内田に助けられ、かまわれ、惚れられたくだりではちゃんとそれに呼応して純情に見えたり、しかし打算と野心も同時にあって。娯楽映画ですから明瞭な演技をしてるけど、脚本のキャラクター設定が上手くできているから、いい意味で彼女が何を考えているかわからない。サブリミナル悪女として見事。
 ――なんかもう、昭和な感じでよろしいですなあ......。
 ――内田と郷の「社交新報」一味は女の斡旋や密輸の手助けなんかもしてるけど、中間業者的な側面があって、この映画のなかでいちばんの悪のボスというのが田中明夫が演じるクラブ経営者の大原。これが運営してる麻薬密輸の受け渡しを内田が担当したり、惚れた三原をこのボスに寄こせと言われて困ったり。悪の下請けの悲哀ですな。
 ――内田良平は良い役だったり悪い役だったり、どっちもできる、それが混ざり合った悪人のなかの善なる部分とかが出せるのが良いね。彫りの深い、アクの強い、独特な顔してる。
 ――この『機動捜査班』シリーズ出てるのが、堂々主演の加藤泰監督『車夫遊侠伝 喧嘩辰』(64年)以前ですからねえ。ジャンル映画全盛の時代、日活ニューアクション、東映やくざ映画なんかに出まくったわけで、そこでは善玉、悪玉はっきりしてるけど、体感的に内田良平は若干善玉のやくざの役が多かったと思う。あまり主演級ではないから悪役になる可能性もあるけど、主人公の友人で望まないのに義理で悪いほうの配下になって刺しあいになる、とかそういう役が多いような。
 ――長谷川和彦監督『青春の殺人者』(76年)で息子役の水谷豊に刺される父親をやっているけど、あれは内田良平、ぴったりだったなあ。......郷鍈治はどうなのよ。
 ――濃い顔の岩下社長(内田)の部下だから、「社交新報」カツアゲ課の戸田=郷鍈治もガッツリ濃い感じで。この映画のオープニングからもう郷さんですから。ただ、彼らは中盤こじれる。そこからが面白い。郷が斡旋する女に手を出して内田に制裁され、恨みに思い、その内田が三原と付き合ってるのを知って郷がいろいろ策動するんですよ。郷鍈治がいないと本作は動きませんでした。こういう屈折とか裏切りがちょっとノワーリッシュでいい。......でもまあ、本作の実質主役は内田良平です。彼が演じた岩下の孤独とアクションは全部キャメラの横移動で表現される。街を歩く、銃を撃つ、走る、それを捉える撮影が沁みる。ラストの手負いの獣のような追い詰められ方も泣ける。銃弾がミラーボールにかすってそれを回すあたりも是非見てほしい。『~東京午前零時』、なかなかの拾い物ですよ。


「名脇役列伝VI 中原昌也プレゼンツ Age of Go! Eiji!! 郷鍈治の祭り」はシネマヴェーラ渋谷にて2022/07/09〜07/22

  • 『0課の女 赤い手錠』野田幸男 千浦僚