« previous | メイン | next »

September 27, 2022

ヴェネチア国際映画祭「ヴェニスデイズ部門」公式コンペティション作品

『石門(Stonewalling)』ホアン・ジー&大塚竜治監督インタビュー

[ cinema ]

IMG_0636.jpeg主人公の若い女性リンは、英語を学びながら、客室乗務員を養成するための学校に通っている。しかし予期せぬ妊娠が発覚した後、パートナーに中絶したと告げると、反目していたはずの経営難の診療所を営む両親の元へと戻り、未来を模索し始めることになる。ホアン・ジー&大塚竜治監督は、実際に妊娠から出産に至るまでの彼女の10ヶ月を、静謐な演出で捉えていく。表情を変えず、けっして感情を露わにすることがないにも関わらず、私たちは彼女とともに時間を共に生き、その変化に気付かされることとなるだろう。ヴェネチア国際映画祭ヴェニスデイズ部門を皮切りに、今年はトロント国際映画祭、NY映画祭など、アジア映画として大きな躍進を続けているおふたりにその独特の演出の秘密をお聞かせいただいた。

槻舘南菜子


ーーこれまで『卵と石』(2012) 『フーリッシュ・バード』(2016) 、『石門(Stonewalling)』(2022) を通して少女であったヤオ・ホングイの現在までの姿を捉えていますが、どのようにして彼女との共同作業が始まったのでしょうか。最初からひとつのシリーズとして彼女を題材にしていくことを考えていたのでしょうか。

ホングイとは、ジーが『卵と石』を撮影した時に地元から少し離れた農村の中学校で出会いました。当時14歳で、ジーと同じ留守児童だったため親と離れ離れの環境の中で育ったのですが、撮影のために3ヶ月間一緒に暮らすことで信頼を築くことになります。やがて『卵と石』を撮り終えた後に「女性の性問題」をテーマにした3部作を思いつきますが、この時点で彼女を次作にも起用するかは未定でした。ただ、2作目の『フーリッシュ・バード』で5年ぶりに会った時にホングイはすでに高校3年で、将来について悩んでいました。大学に進学して演技を学ぶ道も視野に入れていたのですが、私たちの2作目に参加することに意欲的でしたし、彼女の存在感と魅力は『卵と石』の時から失われていなかった。そのため『フーリッシュ・バード』、それから今回の『石門(Stonewalling)』の主演に選びました。

IMG_0639.jpegーーいくつかのシーンを除くとほとんどのシーンは固定カメラで撮影されていて、切り返しのシーンはまったくなく、後半にクロースアップのシーンがあるのみです。窓のように現実、偶然を取り込んでいるように見え、街中のシーンでは明らかにカメラを意識している人々も映っています。どのようにカメラポジションやフレームを決めているのでしょうか。

今回は「妊娠」が大きなテーマだったこともあり、実際の妊娠期間である10ヶ月間を撮影期間に設け、妊娠から出産までを順に追って撮影しました。10ヶ月という時間の変化の中で日々周囲の出来事や人々への観察を物語に反映させていくために、固定カメラを使ってひとつの視点で追いかけることにしました。カメラポジションは、人物と一定の距離感を保ちながらカット割りによる人物への先入観を省き、客観的に人物を観察できるように選びました。フレーミングも人物の周りに何が起こっているかを見せるために、ルーズに引いて撮影しました。

ーー脚本も共同執筆されています。カメラと同様に現実を取り込んでいく形で撮影中に変えていくのでしょうか。出演者が脚本の執筆に介在することはありますか。 

はい。起用する役者が全員ノンプロのため、撮影の時は脚本を持ち込まず、役者の状況に合わせて内容を変えていきます。そのため脚本で設定した登場人物は、彼らの性格や職業、生活習慣に合わせ再度作り替えます。シーンごとに役者と討論を交わし、実際に彼らの身の回りの起こっていることを取り入れます。台詞も彼らの言葉に変え、撮影しながら物語を再構築していきます。新型コロナウイルスの感染拡大も10ヶ月の撮影期間中に起こったので、物語の中に取り入れました。

ーーフレーム外から聞こえる音がとても印象的でした。花火やアナウンスの音声は、物語に何らかの形で寄与していると思うのですが、その他に工事や車などの騒音が聞こえるシーンなども複数あります。音響について話していただけますか。

私たちは、観客に映画の世界を想像しながら体験してもらいたいという思いがあります。よって、フレーム内の見える部分だけでなく、フレーム外の音も感じながら枠に囚われない世界を感じてもらうため、フレーム外の音を作り込んでいます。映画を見ると同録に聞こえると思いますが、すべての雑音を一から作り込んでいます。

IMG_0640.jpegーー主人公のヤン・ホングイは、台詞も少なく、心理描写もありません。彼女は、固定カメラで長いテイクに耐えうる強い存在感を持っています。どのように演出されたのでしょうか。

ホングイについては、特に演出していません。撮影前に各シーンを説明し、どう演じるかは彼女にまかせます。彼女は日常において、普段から無口で自分の世界の中にいるような独特な存在感があります。それは彼女が幼少の頃から親と離れ離れで周囲の人々と接する時間が少なく、ひとりでいる時間が多かったからなのかもしれません。中国の農村の生活は予想以上に過酷です。忍耐力はそこで身に付いたんだと思います。そのことは、私たちも『卵と石』の時に気付き、彼女の存在感を生かすために彼女のリズムに合わせる演出を心がけてきました。
両親役は、ジーの実際の両親です。普段(撮影時)は、物語の舞台になっている診療所に暮らしながら働いています。撮影期間中に私たちとホングイはそこで10ヶ月間一緒に暮らしたので、家族のような関係を築くことができました。

ーーフレームは勿論ですが、光の演出(室内のライトや窓から漏れる光、ネオン)が細部までとても丁寧に行き届いている印象を受けました。どのように演出されたのでしょうか。

中国において「赤」という色には様々な意味があり、夜のネオンや看板、内装などを通じて生活の中に溢れています。各シーンに合わせて、ある時は中国社会を表現する色として利用したり、ある時は「血」や「生命」などの人物を表現する色として、物語のキーカラーとして赤の色調をベースに光の演出をしています。

ーーおふたりはそれぞれに独立した監督作品がありますが、共同監督する際に、どのような役割分担がなされているのでしょうか。

私たちは夫婦なので日常の中で同じものを見る機会が多いです。お互いの興味も似ていますし、自然と会話の中で日常の中で見つけた「女性」の話にもなります。その中から映画で描く女性像をふたりで見つけ、女性たちにインタビューを行います。そこからジーが主観的に感じたことを大塚が客観的に分析し、物語の視点を見つけながら脚本を書いていきます。撮影現場はジーが役者とのコミュニケーションを担当し、大塚が画面と音づくりを担当しています。

ーー現在の中国のインディペンデント映画の製作状況についてお話いただけますか。

最近の中国のインディペンデント映画については、検閲が厳しくなってきた2012年がひとつの転換期だったんじゃないかと思います。それ以前は、国内の社会問題を取り上げたインディペンデント映画が多く、製作についても商業映画とは一線を画していました。しかし最近では、若い世代が裕福になり、昔ほど国内の社会問題に関心を示さなくなってきているようです。その代わりに海外で映画を学んだりと映画製作の幅が広がっているので、撮影技術のレベルが上がり、バジェットも大きいことから商業映画に近いものが増え、インディペンデント映画との境がなくなってきていると思います。


IMG_0637.jpegホアン・ジー:左
1984年、湖南省生まれ。北京電影学院(2003-2007) の文学科で脚本を学ぶ。大学時代、生まれ故郷である湖南省で撮影したドキュメンタリー『Underground』で監督デビュー。2010年に、短編『The Warmth of Orange Peel』の脚本・監督を務める。2012年、初長編『卵と石』でロッテルダム国際映画祭タイガーアワードを受賞し、2013年、アンドレイ・タルコフスキー国際映画祭グランプリを受賞した。2017年、大塚竜治と共同監督した長編第2作『フーリッシュ・バード』が、ベルリン国際映画祭でジェネレーション14+部門で、国際審査員のスペシャルメンションを獲得した。

大塚竜治(おおつか・りゅうじ):右
1972年、東京生まれ。日本のテレビ番組でドキュメンタリー制作に従事した後、2005年に中国に移住。社会問題をテーマにしたインディペンデント映画を制作する。ホアン・ジー監督の作品は勿論、リウ・ジエ監督『再生の朝に-ある裁判官の選択-』(2009)や、イン・リャン監督『自由行』(2018)などの撮影監督も務めた。2013年、ドキュメンタリー作品『Trace』をホアン・ジーと共同監督。翌年には、初の単独監督作品『Beijing Ants』(2014)を発表する。2015年、ベルリン国際映画祭(Berlinale Talents)に参加し、2017年『フーリッシュ・バード』を共同監督。