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March 25, 2023

『うつろいの時をまとう』三宅流
池田百花

[ cinema , design ]

phonto 2.jpg 曙光。夜明けに太陽の光が差し込むその一瞬、夜の終わりと朝の始まりが重なる。かつて平安時代の人々は、この光景に見られるような異なる色の布を重ね合わせてその配色を楽しんでいたという。そして現代の日本のファッションブランドmatohu(まとふ)を追ったドキュメンタリーである今作の冒頭では、この「かさね色目」と呼ばれる色づかいから着想を得て生み出されたコレクションのひとつ「かさね」が紹介される。そこで異なる色の布の重なりによって季節が表現され、ブランドのデザイナーである堀畑さんと関口さんがそれに名前をつけて言葉にしていく様子にカメラが向けられているように、この映画の試みは、物理的に目に映る衣服をより美しく描き出すというよりむしろ、衣服に込められた哲学や、そこから想起される言葉など、目に見えない側面を浮かび上がらせるところにある。実際、衣服と言葉とのつながりについても、堀畑さんがドイツ哲学、関口さんが法律と、どちらも言葉の世界で専門的に学んだ経験を持つことと関係していることが、映画を通して明らかになる。堀畑さんは、生きることとは何かという問いを探求するためにドイツ哲学を専攻していたと語っているが、後に彼が観念から手仕事の世界へと移り、その探求がより直接的に身体と結びついたかたちで推し進められていくところも興味深い。
 この作品が、ひとつのファッションブランドを取り上げながら、何よりも言葉について考えさせる映画であることは、上に挙げた「かさね」をはじめ、これまでコレクションに付けられた名前のいくつかが、映画を構成する各章のタイトルとなっていることからも伺える。日本の伝統的な文化や美意識に根差したコレクションのうち、たとえば、「無地の美」や「ふきよせ」では、日本的な美と言えば最初に思い浮かべられるような質素な美に光が当たっている。まず、「無地の美」の背景には、古い陶器に見られる染みなどを景色と捉え、そこに無限性を見出してきた日本人の考え方があるそうだ。デザイナーのふたりは実際に街に出て、コンクリートの道路にできたひび割れなど、意図せず偶然生まれた模様をカメラに撮り集め、そこから作品制作のためのアイデアを得る。こうして、何もないかのように見えるところにこそ物事の広がりを読み取ろうとする感性が受け継がれ、それが新たな視点と相まって展開されていく。そしてボロやつぎはぎのコレクションに付けられた「ふきよせ」という名前もまた、このように彼らが街で見つけた落ち葉の吹き寄せる様子から来ている。
 ところで、通りに広がる風景を切り取ってカメラに収める堀畑さんと関口さんの姿は、いわゆる落穂拾いをする人のイメージを想起させないだろうか。彼らの視点には、季節のうつろいの中で連綿と続く日常に寄り添った生活人たちと共通する部分があるように感じられるのだ。このイメージは、「ふきよせ」に際して作品を準備するふたりの姿にも当てはまる。彼らは、使っているうちに破れてしまった部分に別の布が当てられた衣服をアトリエの机に並べ、人々の生活の必然性から生まれた布の配置に無作為の美を見出すのだが、布があてがわれた部分に手を当て、そこから生命のエネルギーのようなものを感じ取ると言う時の表情にもやはり、生を紡ぐ人々への温かさがあるように見える。一方、同様のエネルギーが、日本の質素な美とは対照をなす華美な装飾文化に焦点を当てた「かざり」に見出されることも面白い。そもそも、「髪刺し(かざし)」を語源に持ち、一輪の花を髪に刺すところから来ているこの言葉は、花の命やその生命の不思議さを刺すことも意味するらしい。花の命が短いように、一見華美な装飾にもうつろいゆく生命の儚さが宿っているところにこそ、matohuに通底する美の一端をたどることができる。
 そのため、matohuの衣服そのもの以上に、デザイナーたちがそれらに投影しようとした思想に迫るこの映画を見終わった時、私たちのものの見方にも何かしら変化が生まれていることだろう。常ならぬもの、ひいてはうつろいゆくものをじっと見つめる視線がこのブランドに一貫してあるとすれば、それは、刻一刻と過ぎ去っていくファッションの流れとは一線を画すだけでなく、とりわけ、四季のある風土でうつろい続ける季節の中に身を置く者たちにとっての美を再確認させてくれる。matohuの衣服は、人々が、うつろう生の儚さと常に隣り合わせにいる宿命にありながら、あらゆるものが生きているからこそうつろうことに気づかせてくれるのだ。だから「うつろいの時をまとう」ことは、有限な生を受け入れつつ、それでもそこに宿る美を見つめていたいという一種の声明のようなものを表すのではないか。そうして私たちは、語りえないものを語り続け、言葉を、時をまとって日々を生きていく。曙の空に光る色の重なりを見つける度に、きっとそのことを思い出す。

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