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May 14, 2024

『マグダレーナ・ヴィラガ』ニナ・メンケス
浅井美咲

[ cinema ]

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©1986 Nina Menkes ©2024 Arbelos

 『マグダレーナ・ヴィラガ』では、娼婦であるアイダ(ティンカ・メンケス)が仕事をするシーン、すなわち行きずりの男とセックスをするシーンが幾度となく挿入されるが、アイダは男を誘惑するような素振りを一切見せない。男をホテルの一室に招き入れた後、彼らの顔を見ることもなければ自ら服を脱ぐこともなく、いかなる甘い言葉をかけることもない。部屋に入ってすぐに服を脱ぎ出す男、自らの地位の高さを滔々と語る男、ベッドに座り込み彼女の様子を伺う男、男の行動は様々であるが、彼女の姿勢は一貫している。こういった態度は、娼婦を生業にしながら男に完全に魂を明け渡すまいとする抵抗のようにも読み取れる。しかし、アイダが怒りと虚無に満ち、どこか正気を失ってるように見えるのは、体を売るという行為そのものが彼女にとって強烈な苦痛であるからではないか。セックスシーンでは、二人が部屋に入った後カットが切り替わると客である男がアイダに覆いかぶさっていて、キャメラがクロースアップで目の輪郭を際立たせる黒々しいアイラインを引いたアイダの顔を捉える。男の背中越しや、横から捉えられるアイダは往々にして無表情で、天井や壁を見つめながら時が過ぎるのを待っている様子からは『ジャンヌ・ディエルマン』のデルフィーヌ・セリッグが思い出されるだろう。だが、アイダがしばしば苦悶の表情を浮かべるという点を見逃してはならない。例えば、激しく動く客に対してアイダは「ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり」と半ば叫ぶように声を発するものの、動きが緩まることはない。また、顔を執拗に撫で回してくる客の手の動きを制しようとその腕をはたくも、撫で回す手が止まることはない。このように、彼女が出す拒絶のサインはことごとく無視されていくのである。セックスをするということはその構造的に、身体の中に異物を受け入れるということだ(もちろん例外はある)。そして、アイダは痛かろうと苦しかろうと無遠慮に動くことをやめない異物によって自らの内側を侵犯され続ける。そんな彼女の内側には何があるか。アイダが唯一心を開いているクレア(クレア・アギラール)に「あなたの内にあるものは?」と聞かれた時、アイダは「プライベートなもの」だと答えた。続く二人の会話の中では問答のような形で、内側にあるのはあなただけのもの、封印されたもの、私という女であると語られてゆく。封印されているべきプライベートな内奥が乱暴に犯されていくために、彼女が肉体的にだけでなく精神的にも蝕まれていくということを、アイダをクロースアップで映し出すキャメラが描き出す。
 しかし、本作がただアイダの受難を描いた悲惨な物語に留まらないのは、男たちへの怒りが映画に登場する女性たちの中で共有されているからだろうと思う。アイダは殺人の容疑で投獄されるが、彼女が実際に男を刺すシーンは登場しない。代わりに男たちにナイフを向けるのは、数シーンに登場するのみの三番目の妹(ノラ・ベンディッシュ)と、ホテルの支配人の妻(デリア・ハビエル)だ。元より本作は同じシーンの別テイクが何度も繰り返される構成になっていて時間軸が行き交うが故に、彼女たちの殺人が現実なのか、幻影なのかはよくわからない。さらに、背景が一切語られることがない彼女たちの殺人の動機を推し測ることはできないが、それ故に彼女たちの行動は利己的な男性への怒りの表象として映り、私たちに伝播してくる。終盤、脱獄したアイダが「クレア!」と叫びながら、陽が落ちかけた夜の草原を画面の奥の方に向かって走ってゆく様子を、キャメラがロングショットの位置で捉える。走る彼女の像が小さくなりほとんど見えなくなったころ、一発の銃声が鳴り、彼女の動きが止まる。オープニングクレジットの最後に「紅海を渡る物語」だと記されているが、アイダは海を渡れなかったのかもしれない。しかし本作を女性たちの怒りや苦しみを描いていると捉えた時、紅海を渡る使命のようなものを受け渡されているように思える。
 もう一つ、本作を「アイダの物語」でなく「女たちの物語」たらしめているのがアイダと娼婦仲間であろうクレアとの交流である。アイダはクレアに対して愛した過去の男のことや仕事の耐えられなさを吐露するのだが、一体どこなのかもよくわからないプールで語り合うシーンは一際密やかだ。プールサイドに腰掛けて足を水の中に浸し、横に並ぶ二人をキャメラが引きの位置から捉える。まるで『エドワード・ヤンの恋愛時代』のモーリーとチチの語らいを想起させるショットで、二人の会話を覗き見てしまっているような気分になる。アイダは男にいつも尾け回されているように感じるとクレアに言うが、クレアはここにはたどり着かない、絶対に来ないの、と諭すように応える。そんな会話を見ていると、このプールサイドが外界からの──キラキラと光るピンクのドレスを着て盛り場を歩けば「キスをしてくれ」と男から冷やかしが飛ぶ世界からの──隠れ蓑のようにも見えてくる。オープニングシーンにおいて男の荒い吐息が聞こえる背景にゆらゆらと揺れていた炎や、拘置所の教会でアイダが自らを魔女だと宣言した時に彼女の頭に燃え上がった炎を見るに、本作において炎は怒りや錯乱と連結しているであろう。アイダは何度も水を希求する。水とは何なのかという問いを繰り返しながら求め続ける。しかし海はアイダにとって怒りを連想させるものだ。だとしたら、満ちて引いていくこともなく、ただそこに水が溜まり続けるだけであるプールこそ、彼女が「ここにいる」と思える唯一の場所なのだろう。アイダは自分を取り戻すために、クレアと過ごしたあのプールサイドに向かって走ったのかもしれなかった。


【ニナ・メンケスの世界】
『マグダレーナ・ヴィラガ』
『クイーン・オブ・ダイヤモンド』
『ブレインウォッシュ セックス-カメラ-パワー』
5月10日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー