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May 13, 2024

『悪は存在しない』大美賀均インタビュー「森を迂回して」

[ interview ]

早急に建設されようとしているグランピング施設を巡る、地元住民と東京から来た芸能事務所の二人組との討論は、『悪は存在しない』においてもっとも魅力的な場面のひとつである。不透明な計画の粗を地元住民たちは各々の言葉、語り方で的確に詰めていく。そんな場面を見ながら、ではこの映画の監督である濱口竜介は謎多き『悪は存在しない』というプロジェクトをスタッフ、キャストにどのように説明したのだろうか、と気になった。浄化槽をどこに置くのかという問題は、たとえばカメラをどこに置くのかという問題とも重なるし、誰をどの役割でどのくらいの期間拘束するのかという問題はグランピング施設であれ、映画の現場であれ考えざるを得ない。監督の頭の中を覗きたい訳ではなく、如何にして説明し、考えがどの程度共有されていたのかに興味がある。タイトルによってあまりにも大きなテーマを掲げたこの映画に対しては、むしろそのようなテーマを迂回して、現場レベルで何が起こったのかを地道に尋ねていくのが適切ではないだろうか。だからこそ今回は濱口竜介本人ではなく、『悪は存在しない』において一際謎めいた輝きを放つ主人公を演じた大美賀均にお話を伺った。言葉ではなく、アクションによって複雑さを体現する巧という人物はどのように生まれたのだろうか。


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──最初にスタッフとして参加される予定だったと伺いましたが、どの段階でキャストとして出演することが決まったのでしょうか。

大美賀均(以下、大美賀) おそらく2022年の年末、『悪は存在しない』というタイトルがつく前に、濱口監督と撮影の北川喜雄さんと長野に2回シナハンに行ったんですけど、その後東京に帰ってきて具体的なシナリオができたタイミングで言われました。「出る方に興味ありますか?」という感じで。

──脚本を読んだ段階で巧というキャラクターをどのように理解されましたか?

大美賀 ラストの展開も書いてありましたが、巧が何を考えているかは僕もあまり分からなくて。ただ町の人、その土地の人に信用されている人物だというのは分かりました。セリフもそこまでなかったので、言葉で周りの信頼を得るよりは、行動によって周囲とコミュニケーションを取っている人、という印象でした。

──確かに周囲の人物との関係のなかで巧という人物が立ち上がっていくように見ました。他の方よりも先に大美賀さんがキャスティングされたのですか?

大美賀 はっきりと順番は分からないですが、恐らく主役から声をかけていると思います。

──シナハンも行かれているから場所は分かっていらっしゃったと思いますが、どういう俳優と演じていくのかはキャスティングされた時点ではまだ分からなかったと。

大美賀 そうですね。

──巧という人物については現場で演じながら掴んでいった、ということなのでしょうか。

大美賀 いえ、事前に本読みも結構したので、その段階では周りの役もほぼ決まっていたと思います。なので現場に入る前にはある程度人物を把握していたと思います。

──本読みの期間はどのくらいありましたか?

大美賀 数日に分けて、合計10時間以上はありました。

──観客からすると巧は、後で登場する高橋(小坂竜士)にとってそうだったように、分かったような気になれない人物というか、謎が多い人物ですよね。例えばあの土地にはいつからいるのかとか。

大美賀 巧がいつからあの土地にいるかについては、台詞の中で開拓三世と言われています。こういう言葉が実際にあるかは分からないと濱口監督はおっしゃっていましたが。また、撮影中もサブテクストが追加されていきましたが、それが助けになったと思います。区長(田村泰二郎)との関係、巧さんの幼少期の出来事などがサブテクストには書いてありました。

──巧にとって亡くなったと推測できる妻はどういう存在なんでしょうか。

大美賀 巧の妻に関しては、脚本を読んでいる段階でも演じている段階でも亡くなったとは思わなくて、とりあえず不在なんだなと。彼女がどうなったかは濱口監督も言及していなかったし、とくに僕も聞かなかったです。そこはだから正確には分からないですね。とにかくそこからはいなくなったという解釈でやっていました。

──妻は巧の過去を示す数少ない要素だと思います。物語上いなくなってしまった人がいて、残された人がいて、という関係性だと思うんですが、それは演じるうえでどのように関わってきたのでしょうか。

大美賀 自分にとって妻がいなくなったというよりは、自分の娘にとって母親がいなくなったっていうことを考えていたような気がします。私は花(西川玲)くらいの年齢の子どもと接した経験が乏しいので、現場での西川さんとのコミュニケーションにおいても少し距離があったように思います。そういったことをカバー(利用)する上でも母親の不在という設定は有効だったのかなと思います。花への言葉や態度など見ても、父娘の関係はやはり言語的なものではなく、森を歩くシーンに見られるように、精神的に繋がっているはずだと思いながら好意的に解釈していました。
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──花を見ているのは巧しかおらず、だからこそ彼が目を離した途端に花はどこかへ消えてしまう、という物語の軸に母親の不在は関わっているように思います。同時に花の失踪には巧の「忘れすぎですよ」という性格が関係している。

大美賀 病的なまでに忘れん坊ですね。巧がどういうキャラクターなのか、濱口監督から口頭での説明はなかったです。むしろどう思います?みたいな感じで。書くべきことは脚本に書いてありますという印象を受けました。ただ、忘れっぽい、抜けたところがあるみたいなところは自分と大いに親近感があるので、人物理解の助けになったと思います。

──大美賀さん自身に寄せられたんですかね。

大美賀 どうでしょう。そうかも知れません。

──どこかフラットな人物像でもありますよね。説明会の後で東京から来た二人の絵を描いている場面がありますが、多分他の住民だったら、あれだけやりあった人たちの絵をその夜に描かないような気がするんです。

大美賀 面白いですよね。そこは「何か描いている」というのが台本に書いてあって、事前に植物のスケッチの本を濱口監督からもらって、ちょっと練習しておいてくださいって言われていたんです。葉っぱの絵とか、鹿の絵もちょっと描いてみますかと。ただ説明会のシーンの撮影前に、あそこで描く絵は東京から来た二人にしましょうということを言われました。

──あの場面を撮る前に、あの二人の絵を描くのはあり得るだろうと濱口監督は思われたと。

大美賀 そうですね。確かにあのシーンがあることで、何かすごくフラットなというか、嫌な思い出ではまったくない、起きたことをただ描いているようなキャラクターになっていますよね。

──あの絵自体は大美賀さんが描かれたんですか?

大美賀 そうです。

──お上手ですね。よく見ている人だということが分かりますし、あの二人だけではなくて、あの場、そこで出た言葉を、空間ごと捉えているような絵だと思いました。絵の構成自体も大美賀さんが考えられたのですか。

大美賀 あの二人の似顔絵と、あと自然の絵を描いてくださいと濱口監督に言われました。で、自然の絵のリファレンスがあって、尾形光琳の「紅白梅図屏風」を参考にしました。

──説明会のシーンの座り位置はどのように決まったのですか。

大美賀 座り位置は現場においてです。詳細な位置は忘れましたが、やはり巧の位置を決めて、周りに配置していったような気がします。

──巧の動きとしては前の席に座った鳥井雄人さんを止めるというのがありましたよね。

大美賀 そうですね、その関係性だけ確か脚本に書いてありました。あとマイクを渡すとかも書いてあったので、近い位置に配置するんだけど、多分カメラの都合など加味して最終的に決められたはずです。説明会の場面は個人的に山場だと思っていて、あそこを演じられたことで、巧という人物を掴めたかどうかは分からないけど、肩の荷が降りた気がします。

──作品の後半にいくと視点がガラッと変わって東京から来た二人との時間が多くなります。東京パートの現場に大美賀さんは立会われたのですか。

大美賀 いえ、僕はあの場に残って、現地の方々と交流していました。

──高橋と黛(渋谷采郁)は車内のシーンを通してその態度や関係性が変わっていきます。そのことは共演するうえで感じられましたか。

大美賀 高橋の変化には気付きつつ、お二人のセリフにただ反応するという僕自身の意識に変わりはなかったです。映画中は、お二人に限らず、相手の言っている主張を聞こうとする姿勢をどのキャラクターに対しても持っていたような気がします。
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──『悪は存在しない』の面白さのひとつは出演者たちの演技のモードが多様であることだと思います。演技経験が豊富な方と、そうではない方と共演されるときの感覚の違いはどうでしょうか。

大美賀 考える余裕はなかったですね。とにかくコミュニケーションを取ろうというモチベーションで。

──高橋と黛との場面でとても気になる部分があるのですが、うどん屋で、二対一で会話をしているときの巧の視線です。あれはどこを見ているのでしょう。

大美賀 あれは...カメラですね(笑)

──いえ(笑)、そうですよね。ただ少し後で巧が二人にそれぞれ応答するとき、左右に首を傾ける瞬間があるからはじめて気づくのですが、カメラを見るということは、物語上は二人の肩口、虚空なはずですよね。何を見ている設定なのかなと。

大美賀 たしかに。濱口さんには考えがあるのかもしれないけど、僕には分かりません。

──カメラの横にお二人はいらっしゃったんですか。

大美賀 そうですね。なので演じているときには不思議に思ったかもしれません。
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──もう一つ気になるシーンがあります。巧が花のお迎えをまた忘れ、高橋と黛を車に乗せて、学童に向かおうとする場面なんですが、タバコを地面に捨てますよね。あれは決められた動作なのでしょうか。

大美賀 あそこはもっと手前でカットがかかると思っていて、借りものの車だし、火を付けたままはな、ということもあって、演出ではなく咄嗟にやってしまった身ぶりです。本編に残されたということは濱口さんもアリだと思われたんだと思いますが。

──高橋も同じ身ぶりをしますよね。

大美賀 そうですね。僕の、というか巧の身ぶりを高橋が模倣するという演出として生かされた気がします。

──とても印象に残りました。高橋が巧から学ぼうとしているのがよく分かる場面のひとつです。後半の物語がそんな高橋の視点に寄り添うかたちで進められていくからこそ、ラストの展開には驚かされます。高橋に対する巧の暴力を大美賀さんはどのように理解されたのでしょうか。

大美賀 この場面でのことだったかは忘れてしまいましたが、濱口さんに脚本の意図を尋ねたら、どう思います?と返されたので、これは監督に聞くことではないのだなと思い、それから深く考えずに、流れに身を任せていました。この場面もそうです。
 ただ、あの場で巧は高橋より花のことを信用しているはずなわけで、花と鹿の間に起こること、花にとってきっと大切になるだろう時間を邪魔しないでほしいと考えていたのではと、今にしてみれば思います。自分も何もしたくないし、知らん人にも何もしてほしくない。

──でもあの最終的な行動まで行きますかね。

大美賀 普通はしないかもしれません(笑) 濱口さんは起こることに対して何故かは分からないけど書いていて腑に落ちたんです、とおっしゃっていて。確かに今は分からないかもしれないけど、時間が経てば分かるかもしれないと思いながら僕は演じていました。

2024年4月3日、渋谷 取材・構成:浅井美咲、梅本健司


■大美賀均(おおみか ひとし)
1988年生まれ。桑沢デザイン研究所卒。助監督として大森立嗣監督『日日是好日』、エドモンド・ヨウ監督『ムーンライト・シャドウ』等に参加、濱口竜介監督『偶然と想像』では制作を担当。2023年、自身の初監督中編『義父養父』が公開。
■『悪は存在しない』
4月26日からBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、K2ほか全国順次公開 
出演:大美賀均、西川玲
小坂竜士、渋谷采郁、菊池葉月、三浦博之、鳥井雄人
山村崇子、長尾卓磨 宮田佳典 田村泰二郎
監督・脚本:濱口竜介
音楽:石橋英子
製作:NEOPA/fictive
プロデューサー::高田聡
撮影:北川喜雄
録音・整音:松野泉
美術:布部雅人
編集:濱口竜介、山崎梓
企画:石橋英子、濱口竜介
エグゼクティブプロデューサー:原田将、徳山勝巳
配給:Incline
2023年/106分/日本/カラー/1.66:1/5.1ch
【公式サイト】 https://aku.incline.life/

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