『万事快調〈オール・グリーンズ〉』児山隆
金在源
[ cinema ]
埼玉県熊谷市を代表するヒップホップクルーの舐達麻は自身のストリートライフについて叙情的にラップするスタイルが特徴的だ。彼らの楽曲『BUDS MONTAGE』に登場するBADSAIKUSHのリリック「毎日毎日スモークするマリファナ/俺が育ててる/俺と仲間たちで育ててる」は、強烈なパンチラインとして多くのリスナーの記憶に刻まれた。本作の主人公、朴秀美(南沙良)が同じ目的を共有する仲間たちと大麻を栽培し、金を稼ぐ姿を見ると、このリリックが自然と頭の中に浮かんだ観客も少なくないだろう。
茨城県那珂郡東海村で生きる朴秀美、矢口美流紅(出口夏希)、岩隈真子(吉田美月喜)は生まれ育った地元から抜け出すことを考えている。彼女たちを取り巻くのは、田舎の閉塞感としがらみ、家父長制、男性主義社会だ。さらにその背後には、3.11以降の原発問題やコロナ禍がもたらした社会の歪みが深く横たわっている。そんな鬱屈した日常を過ごしている三人は、深夜の交差点で夫を殺した女性が子どもを抱いたまま車に轢かれる現場を目撃する。このまま地元で生き続けた未来の自分を、その女性の結末と重ね合わせたとき、彼女たちの「ここから逃れたい」という願いは、確かな決意へと変わっていく。秀美は偶然手に入れた大麻の種子を育て、売り捌いて金を稼ぐ計画を二人に提案する。三人は「オールグリーンズ」を結成し、学校の屋上に残されていたビニールハウスで大麻ビジネスをはじめる。
だが、地元から離れるためにはじめたにもかかわらず、大金を手にするほど彼女たちはかえって町を離れられなくなっていく。社会の闇に足を踏み入れることで、彼女たちを取り巻く抑圧構造は、より直接的で暴力的な形へと変わっていく。女性であることを理由に暴力を行使する者、脅迫する者、報酬を支払わない者。彼女たちは、社会からの脱出や自分らしく生きることを志すどころか、命の危険と隣り合わせの状況に置かれていく。
自分らしく生きることを許さないこの社会の中で、自分らしさを手放さないためには何が必要なのだろうか。作中、朴秀美には三つの呼び名が与えられている。学校や家庭で用いる「ぼくひでみ」という名前、祖母が韓国読みで呼ぶ「パク・スミ」、そして彼女自身が選び取ったMCネーム「ニューロマンサー」である。「朴秀美」という名前は彼女がコリアンルーツを持つ存在であることを示している。作中、直接的な説明はされないが、祖母との会話の中でその背景がかすかに見えてくる。祖母は秀美を「スミ」と呼び、彼女もそれを拒む様子はない。むしろ、家族の中で最も心を許している相手が祖母であるようにも描かれている。そこには、日本社会の中で生きる「ぼくひでみ」と家族の歴史を受け継ぐ「パク・スミ」との間で揺れ動く複雑な自己意識がうかがえる。
さらに彼女はラッパーとして自らに「ニューロマンサー」という名を与えている。これはウィリアム・ギブソンのSF小説『ニューロマンサー』に由来している。同作が、管理社会の中でAIと人間の境界が揺らぐ世界を描き、「人間を人間たらしめるものは何か」を問いかけた作品であることを踏まえると、日本社会において同化しているようで同化できない自分の存在の曖昧さを秀美は重ねているように捉えることができる。
「ぼくひでみ」と「パク・スミ」、そして「ニューロマンサー」。三つの名前の間を行き来する彼女の姿は、思春期特有のアイデンティティの揺らぎというだけでは語りきれない。そこには、歴史の文脈の中で自らの存在を問い続け、自分は何者なのかと苦悩する一人の人間の切実な姿が描かれているのである。そして、その延長線上に、物語の終盤での秀美の決断がある。
大麻を売って金を稼いでも、この社会の抑圧や暴力から逃れられないことを悟った秀美は、これまで仲間たちと大麻を育ててきたビニールハウスに火を放つ。燃え上がる炎は、単にこの社会構造の中で生き延びるためではなく、彼女たちを縛りつけるこの社会の枠組みそのものを破壊する意志の象徴として描かれる。爆音とともに火が広がり、大麻草の煙が卒業式の最中だった学校を覆っていく。名前を呼ばれ、社会に送り出されるはずの門出は混乱と笑顔が入り混じる異様な光景に変化する。その瞬間、真子は諦めかけていた漫画の執筆を決意し、屋上から飛び降りてきた秀美は学校の外に向かって駆け出していく。社会の「正しさ」が崩れ去ると同時に、彼女たちは自らの手で未来を創造していく力を得る。走り去っていく秀美の背中に向かって美流紅が「行け!朴秀美!」と叫ぶ。その声を背に、「ぼくひでみ」と「パク・スミ」、そして「ニューロマンサー」という三つの名前を抱えて揺れ動いていた秀美は、初めて自分自身として、自分の人生を自分の足で走り出したのだった。