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September 16, 2026

『星の時 4K』スザーナ・アマラウ
浅井美咲

[ cinema ]

hoshinotoki02.jpg 星と星をつないで星座を見出すことのないまま、ただ散らばった星ひとつひとつを眺めている。マカベーア(マルセリア・カルタッショ)のものの慈しみ方とはこんな感じだ。ラジオ時計から聞こえてくるトリビアが好きで、夜な夜なノートにその内容を書き留めている。「ハエは飛ぶ昆虫の中で最も軽い虫の1つです。もし真っすぐ飛んだら世界一周するのに28日かかる」......聞き流してしまいそうなとりとめもない雑学ばかり。また、赤いネイルポリッシュを手の爪に塗るのを好むけれど、いつも剥がれかけだ。人はそれを見て見窄らしいと思うかもしれないけれど、でも彼女は完璧に美しい手元なんて必要なく、爪に少し赤色が乗っているだけで幸せなのだ。完璧なコーディネートなんていらない。
 好きなトリビアやスタイルを心に刻み生きているマカベーアだが、本作において彼女に影響を与える存在として挙げられるのが、働き始めた職場の同僚であるグロリア(タマラ・タシュマン)だ。豊満な肉体を持ち華麗な男性遍歴を持つ彼女は、マカベーアが処女であると知ると自らの恋愛経験を赤裸々に話してみせ、それ以来、マカベーアは恋愛に憧れを抱くようになる。しかし、期待しては落胆しての連続だ。日曜日の地下鉄に乗るのが好きなマカベーアはホームに降りると、駅員の男性が自分に目を向けていることに気がつく。彼女は少し微笑みを浮かべながら彼にちらちらと視線をやる。駅員が彼女に近づいて恋が始まるかと思いきや、彼が告げたのは落下の危険があるから黄色い線から外に出るなという注意であった。また、別のシーンで、マカベーアはカフェでホットドッグを食べていた時に、向かいに座っているサングラスをかけた男性がこちらをずっと向いていることに気づく。しかし彼は白杖を持っていて、マカベーアを見つめていたわけではなかった。このようにマカベーアの中で生まれたときめきはデートをするとか、付き合うとか、何らかの関係に発展することはなかったわけだが、初めて恋愛的な関係を築くことになるのがオリンピコ(ジョゼ・ドゥモン)だ。公園に出かけたマカベーアは、肖像写真の撮影をしてもらっているオリンピコに目をやる。するとこれまでの男性とは違い、彼も口元に微笑みを浮かべながら見つめ返してくる。直後でマカベーアがオリンピコとカメラの間に割って入ってしまい叱責されるのは、明らかに彼が優しい男性ではないことの証左なのだが、そんなことはあまり重要なことではない。だって、好意が含まれた視線を返してくれるなんて嬉しいに決まっているのだから。
 しかし映画終盤、ロザリアにオリンピコを奪われ、占い師マダム・カルロータ(フェルナンダ・モンテネグロ)のもとを訪れたマカベーアは、占いによって自らの出自を次々と言い当てられ「メルセデスに乗った、金髪に青い目を持った白人と結婚するだろう」と予言を受ける。占い師の鼓舞するような調子のいい言葉を聞きながら、だんだんと笑みが溢れてゆくマカベーア。もはや興奮しすぎて笑みを止められないと言ったような彼女の表情からは、これから自分に訪れる素敵な出会いに胸を膨らませているのが見てとれる。そして占い師の言葉の端々には、イメージ映像のように金髪に青い目を持った白人男性を映したカットが挟まれる(この名前も明かされない男性がわざとらしくカメラ目線で笑顔を浮かべたりするから、妙に力が抜けてしまう)。占いの館を出た後、新しく買った水色のワンピースを着て浮き足立つマカベーアと、メルセデスを運転する男性がクロス・カッティングで映される。そして、マカベーアが車道へと一歩踏みだすと身体が宙に舞い、走り去るメルセデスの後ろ姿を映す画が挟まれた後に、口から血を流して路上に横たわるマカベーアが捉えられる。しかし、映画は動かなくなった彼女を映して終わるわけではない。メルセデスを降りて走る男性を正面から捉えた後、髪とワンピースを靡かせながら走るマカベーアを正面から捉えた躍動感あふれるカットで終わるのだ。さらに、走るマカベーアがこの上ない笑顔を浮かべているから、このラストを一体どう受け止めたらいいのだろう、としばらく呆然とした。このシーンが彼女が遠のく意識の中で見た走馬灯のようなものなのか、それとも監督であるスザーナ・アマラウのせめてもの願いか、定かではない。でもラストの颯爽と走るマカベーアの喜びに満ちたような表情には、溢れんばかりのときめきやきらめきが見てとれる。マカベーアはいつも、欲しいと思ったものは本当に手に入るのか、そんな不安の影が入り込む隙もないほど、自らの中で生まれたときめきに胸を踊らせている。何か関係性が生まれたり、決定的な事象が起こる前に、ひとりでにぐるぐると膨らむ思いそのものが、ラジオ時計で流れてくるトリビアや剥がれかけの赤いネイルと同じように彼女の胸で輝いているのだ。素敵な相手と結ばれることができるのか、有名な人間になれるのか、大金持ちになれるのか......ロザリアやオリンピコがマカベーアに語りかける未来予想図は、このときめきの前では色褪せては見えないだろうか。スザーナ・アマラウがラストに据えたこのシーンは、マカベーアの内にある迸るようなときめきを描きだしたという点であまりにも素晴らしい。

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